(6)最後の砂が落ちるとき

 でもリアルは逃げない。逃げずに、鈴原の前にひざまずいて、祈った。


「鈴原先生、神は見捨てません」

「磯部……リアル……?」


 鈴原は目を見開いてリアルを見つめる。


「行きましょう。ここは危ない」


 リアルが鈴原の手を取った。

 その時、オレンジの光が俺の視界を遮って、目の前に落ちた。


「あっ!」


 轟音。


 俺は爆風に吹き飛ばされ、床にたたきつけられた。


「うう……」


 ……意識はある。体は動くだろうか。俺はゆっくり指を動かす。


 動いた。


 手も、腕も、反応する。たぶん、骨は大丈夫だ。

 俺は体を無理やり起こして、立ち上がった。そこら中が痛い。

 破片や埃がキラキラと舞っている。辺り一面真っ白だ。


 さっきまで俺がいたところに大穴が開いている。もう一メートルずれていたら、直撃していただろう。

 向こうに、リアルが鈴原に覆いかぶさって倒れているのが見える。背中が真っ白だ。


「あ、ああ……」


 リアル、死んでしまったのか?

 そう思った次の瞬間、リアルはゆっくりと起き上がった。


「大丈夫、私に隕石は当たらない。私は――」


 私は神に守られている。


 光の束の中で、リアルは天を仰ぐ。

 この人は……。この人は自分が神になる気なのだろうか。

 

 その後、俺はリアルと鈴原を連れて、すぐさま体育館を離れた。直後に、特大の隕石が落ちて、体育館どころか、隣にあるプールまで破壊した。

 すっかり体育館が破壊された後、ウサギのところに行くと、のんきな神官様は丘の上でくるんと丸まって、気持ち良さそうにすやすやと眠っていた。



◆◆◆



 紫色の砂が、もうすぐ尽きようとしている。

 あれから五か月が経った。


 あの後、ウサギは泣きじゃくってリアルに謝った。聞けば、呪文を唱え始めたあたりから記憶がないという。やはり魔法というものは精神と深く結びついているようだ。急に回復した魔力に、精神がついて行かなかったのかもしれない。リアルはそんなウサギを撫でまわして許した。


 太陽と月の教は半ば校教になった。

 鈴原は心を入れ替えたことによって校長に許され、その地位にとどまり、太陽と月の教を広めてくれるようになった。


 ウサギは週に一回、全校放送で教えを説いた。

 もちろん、心から信じる者、形だけの者、ファッションとして身につける者、信じない者、様々いたが、信者の数は一気に増えた。ただ、全員があの事故から命を救ってくれた予言者リアルに感謝していた。

 信者の増加に伴って、ウサギの魔力はかなり高まった。随分と自信も取り戻したようだった。  


「正しいかどうか、そんなのわかるわけない。歴史が証明してくれるのを待つしかない」


 リアルはそう言った。目的のために手段は選ばないことも、時には必要なのかもしれない。

 俺たち三人は、学校の屋上から空を見上げていた。抜けるような青空。この空に間もなく、魔界の門が開く。


「いよいよね」

「はい」


 ウサギの持っている砂時計の最後の一粒が、落ちた。

 俺たちの頭上、空の一点が黒く染まる。

 魔王がウサギをたどって来ているのだろう。

 黒は見る間に大きくになり、頭上を覆った。深い、深い黒。まるで空に穴が開いたようだ。

 ウサギは白のローブを着ている。リアルはいつものパーカースタイル、俺はなんとなく正装の方がいいかと思い、制服を着ている。


「休日に制服って! 学校好きか」


 と、リアルにはからかわれた。


 学校好きは他にもたくさんいて、グラウンドには大勢の生徒や家族、教師が固唾をのんで見守っている。今日が破滅のその日だということは、もう充分に周知されていた。


「行きます」


 ウサギは告げると、呪文を唱え始めた。ローブがはためき周りの空気が凝縮する。


「ねえ、ところで俺って行く必要ある?」


 俺は念のためリアルに尋ねた。


「ある!」


 リアルが断言する。


「だよね……」

「三人で、行きましょう?」


 詠唱を終えたウサギが俺に優しく微笑む。もう逃げられないわ、これ。

 ウサギは閉じていた手を開き、抱えていた光を解き放った。魔法を見ることはこれまで何回かあったが、自分がかかるのは初めてだ。


 ふと、地面が消えたような感覚に陥り、周り一面光で真っ白になる。上下の間隔がなくなってめまいがする。全身の毛が逆立つ。


「ひ、ひえっ!」


 思わずなさけない悲鳴が口から漏れる。

 気づくと、足元には俺たちの学校が見える。見上げる生徒たち。ウサギの隕石によるクレーター。補修中の校舎とプール。

 さらに高度は上がり、街が一望できるようになる。リアルのマンション、駅前のスーパー、駐輪場、学校、俺の家。


 そのまま昇ってゆくと唐突に真っ白な空間の中に三人が立っていた。

 いや、四人。俺たちの他に誰かいる。


 黒い服を着た、小さな女の子。

 大きな角を生やしたその女の子が誰か、俺も知っている。


「また会ったな。メンリアルモ・ウサギ・ワラコメッシローアン」


 魔王。

 俺たちは、異世界と世界がつながる前に、魔王に話をしに来たのだ。

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