第10話 太陽と月
(1)世界を賭けた契約
「いいえ、王様。今の名は磯部ウサギです」
魔王はじっとウサギを見て微笑んだ。
「磯部ウサギ。……この間とは別人のようじゃ。なかなか良い面構えになった」
これが、魔王……。その姿は想像とだいぶ違う。背も小さく、顔立ちも幼い。小学生にしか見えないが、しかし話し方は想像通りの威厳がある。
「はじめまして。王様」
リアルが進み出でて、スカートの端を持ち上げてお姫様のような挨拶をした。なかなか堂に入っている。どこで覚えたんだ?
「私は、磯部リアル。今日は私が謁見を乞いました。お時間を頂戴し、光栄に存じます」
「ほう、そなたが望んだのか」
立派にしゃべるなぁ。そう、リアルが望んだのだ。魔王との対談を。
あれはリアルの家で魔王の侵入を防ぐ方法をあれこれ考えているときだ――。
リアルが腕組みをして考えこんでいる間、俺がウサギの話を聞いていた。
「問題は空間魔法です。今の私の魔力でも、魔王が半年かけて創り出した空間魔法を打ち消すことはできません。私が完全な状態でもできるかどうか」
「そうなんだ……。じゃあどうしたら?」
「空間がつながった後、まず魔王は魔物を放つはずです。先住民を根絶やしにするために」
「先住民って、俺たちのことか……」
「ええ。しかし、魔物の数は随分減っているはず」
「ウサギたちが倒したから?」
「そう。それに、強力なものも、もう少ない。だからそれを逐次倒します」
「倒すって、それなら可能なの? どのくらいいるの?」
「まあ、数万は……」
「えっ? そんなに? ウサギ一人で?」
「……」
ウサギが回復してきたとはいえ、厳しい状況であることに変りはないようだ。
ずっと黙っていたリアルが口を開いたかと思うと、突然、無茶苦茶なことを言った。
「私、魔王と話したい」
「ええ!?」
俺とウサギは顔を見合わせた。
「話してどうするの……?」
「侵略をやめてもらう」
「え?……いやいや! そんなの無理でしょ」
はい、わかりました、なんて言うわけがない。だったら最初から侵略なんてしない。
「だって。話したことあるの? ねえウサギ」
「話したことはありますが、そういう話は……い、いいえ。交渉なんて考えたこともありませんでした……」
今度はウサギが考え込む番だった。指を口元にあて、真剣な表情で宙をにらんでいる。俺はウサギの答えを固唾をのんで待つしかなかった。
そして、ウサギはゆっくりと話しだした。
「魔王はまずこの世界に入口をつくります。入口がほぼ完成し二つの世界が近づいている時が唯一のチャンスです。私の空間魔法で魔王の空間に侵入します。魔王が受け入れてくれれば、その機会を得ることができるでしょう。前回はうまくいきました」
「つまり、部屋をノックして、入れてくれるかどうかってこと?」
「はい」
「受け入れてくれなければ?」
「入ることはできません」
「いや、ありえないでしょ、魔王だよ?」
その時、俺はプランのあり得なさに、正直あきれてしまった。
しかし、信じられないことに魔王はウサギの打診に応じた。その結果、俺たちは今、この次元の狭間とでもいうべき真っ白な空間にいる。
俺は自らのボンクラをまた証明する羽目になってしまった。
「王様。世界を統べるってのはどんな感じですか?」
リアルがインタビューのように聞く。そんな無駄話してる場合なのか……?
魔王は少し考えて、リアルのお遊びに応えてくれた。意外といい人なのかもしれない。
「……楽しいことばかりではない。だが、住む者が幸せに暮らす姿を見るのは嬉しいものだ」
「時には残酷な決断も必要ですか?」
「無論。今、この瞬間も私は残酷な決断をしている」
残酷な決断。俺たちの世界を侵略することを指しているのだろうか。
「その決断は正しいですか?」
「正しい? 正しい決断などというものはない。あるのは、責任だけだ」
「よかった。私もそう思っていました」
なんだ、この二人。息が合うというか、同じレベルの者同士の高度な会話というか。
「リアルよ、そなたは知らぬかもしれんが、今、我々の世界は滅びようとしている」
「存じ上げております。ウサギに聞きました」
「わかってくれとは言わない。そなたらが世界を守ろうとするように、私もまた世界を守ろうとする。……さあ、話は終わりかな?」
「いいえ。王様。まだです」
リアルは魔王をまっすぐに見据えた。
「王様、侵略する必要はありません。私は、私の世界はあなた方を受け入れます」
え?
ウサギも魔王も、もちろん俺も、耳を疑った。
受け入れる?
「私達の世界の一部を、あなた方に開放します。そこで暮らせばいいでしょ? どのくらいの面積が必要ですか?」
魔王はしばらく驚いたような顔をしてから、笑い出した。
「ふふふふ、はははは! 面白い娘だ」
犬歯の位置に、牙が見える。
いや、リアル……どういうこと?
「私たち魔族を受け入れてくれる、と。さすれば争いは起こらぬ。道理じゃ。しかし、そなたが許すとて、他の者はどうか。そなたの国の王は? 民は? 我らの気性は荒く、どこに行っても鼻つまみ者ぞ」
そ、そうだよ。リアルだけの問題じゃない。
でも、ウサギも俺も、二人のやり取りを見守るしかない。
「それに。そなたは何者じゃ。何の権利を以て言う?」
リアルは口の端を挙げて、ニヤリとして言った。
「私は、この世界を統べる者にございます」
いや、とリアルは続ける。
「間もなく統べる予定の者」
少しの沈黙。
リアル? 世界を統べる? ただの女子高生が、はったりもいいところだ。まさか魔王様、受け入れないよね? 俺はどっちの応援をしているのかわからないような心境に陥った。
魔王が口を開く。
「そうか。して、どのくらいじゃ。長くは待てぬぞ」
「それほどにはかかりません」
沈黙。
今度は魔王がニヤリとした。
「わかった、そなたを信じよう」
え? え? わ、わ!
「うわわああああ!」
俺とウサギは喜びのあまり抱き合った。
「しかし、この空の大穴はそのままにさせてもらう。骨を折った大穴じゃ。これがないと、いざ、という時に困るのでな」
信じられない。こんなことってあるだろうか。
魔王は首を巡らせて言った。
「誰が証人になる? そなたと私だけでは契約とは言えんだろう。無論、ウサギとて第三者とは言えん」
皆の視線が俺に集まる。えっと。俺しかいない。
「じゃ、じゃあ俺が」
魔王が目を見張る。
「ほう、この男……」
ん? 顔に何かついてる?
魔王はウサギを見る。ウサギはきょとんとしている。
「そうか。面白い。良いだろう。そなたが証人となれ」
「は、はい! ま……いや、王様」
「契約成立ね」
リアルは嬉しそうに笑った。
かくして、契約は成立し、世界の危機は未然に防がれたのである。
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