(2)太陽と月
三人は、再び学校の屋上に戻った。
真っ青な空に浮かぶ黒い大穴が、今までのことが夢ではなかったことを証明している。
愛菱ユウは屋上の床に大の字に転がり、リアルとウサギはベンチに座っている。
三人は、ぼーっと空を眺めた。とりあえず、世界を守った。当面の間、世界の安全は保証されたのだ。
「ねえ、リアル」
「ん?」
ユウは尋ねた。
「どうしてリアルは、世界を支配しようなんて思ったの?」
リアルは、少し考えてから答える。
「そんなの簡単。私ならできると思ったから。私が支配したほうがもっといい世界になる」
「そんなこと、考えたこともない」
「だからボンクラなんだよ」
「うるさいな。どうやって育ったらそんなこと考えるようになるんだよ」
「別に。普通だよ」
「そういえば俺、ウサギの家族のこと聞いたことないんだよ」
「何も面白いことはないって」
「リアル、私も聞きたい」
ウサギも参加する。
「……つまらないよ?」
「別に。知りたいだけです。リアルのこと」
「俺も」
「しょうがないな。でも、約束してよ。聞いても友達でいるって」
「当たり前だろ」
「当然です」
「私のママは女優なんだ」
「はじめて聞いた!」
「はじめて言ったもん。名前を言えばきっと知ってる。けど言わない」
「別にいいよ」
「リアルの美人はお母さん譲りなんですね」
「まあね。私、小さい頃は手の付けられない我がままだった。パパも忙しかったし、ママはもっと忙しかった。だからママもパパもいつも家にいなくて、お手伝いさんが家にいた。欲しいものはすべて与えられ、気に入らないことがあれば暴れた。私は世界の中心だった」
「今とあまり変わらないのでは……」
「うるさいよ。誰もが私の言うことを聞いた。誰も私を注意してくれなかった。物事の善し悪しを教えてくれなかった……。だから私は善悪の区別がつかない、って訳じゃない」
「違うんかーい」
「安いドラマならそういう話になるんだと思う。実際の所、因果なんて関係ないから」
「何そのパワーワード」
「別に環境は関係なくて、私は生まれながらに自由。生まれながらに、人類のことを想ってる」
「そんな人いるんだ」
「ここにいる。ある時、気づいたんだ。小学校のある日、ママが主演した映画の舞台挨拶があった。普段は仕事場には連れてってもらえないんだけど、その日はたまたま連れてってもらえた。私のお誕生日だったから。今考えると、単に私の誕生日に仕事が入ってしまった埋め合わせだったのかもしれないけど、私はうれしかった」
「うん」
「私は舞台の袖からママを見ていた。映画館には人が沢山いて、ライトがまぶしくて。ママが歩くだけで、頷くだけで、手を振るだけで、みんなキャーキャー言って。その時気づいたんだ」
「何に?」
「みんな、何かに夢中になりたいんだって」
「夢中に……」
「何かを信じていたいんだよ。私は自分のアイデアが正しいかどうか、朝から晩まで図書館に入り浸って、人間に関する全部の本を読んだ。私の直感は確信に変わった。みんなが同じものに夢中になれば、平和な世界になるって」
「それが宗教……」
「そう。なぜなら、人間はそうやって社会をつくってきたからなんだ。猿達は、共通の何かを信じて、団結し、ここまで進化してきた。集団行動ができる、それが人間と猿の違い。ちょうどいいことに、私には、ママみたいな人を魅了できる力が備わっている。パパの頭脳も。だから、私が世界を指揮すれば、もっと住みよい世界になる」
「パパ?」
「パパは弁護士で医者でトライアスロンの選手で政治家」
「ヤバいねそれ」
「名前は言わないでおくね」
「ああ、急に思い出した。小学校の時、河に大量の花を捨ててる女の子を見つけたんだ。俺はそれを見て、思わず注意した」
「それが、リアルなんですね?」
「捨てたんじゃなくて流したの。綺麗だなって思って。土手中の花を摘んで、流してたの」
「そう、リアルが綺麗だなって思ってたのは知らなかったから、花を捨てたらダメだよ、って俺は言ったんだ」
「私は心の底から驚いた。知らない同い年位の男の子に注意されたんだ。ママにも、パパにも注意されたことないのに」
「それで、リアルはふくれてどこかに行ってしまった」
「だって、どうすればいいかわからなかったんだよ」
「それが俺とリアルがはじめて会ったときのこと」
そう、だからリアルはいつもユウと一緒にいる。そうしたら自分がどこにいるかわかるから。ウサギはそう思った。
「あれ? 何の話……してたんだっけ?」
ユウが大きなあくびをしながら言った。
五月の暖かな太陽が降り注ぐ。温かい風が、眠気を運んでくる。昼寝には丁度いい気温だ。さっきまでの緊張が、心地よい疲労に変わる。
「わかりません。私も……眠くなってきました」
ウサギも目をこすり、ベンチに横になる。ユウも寝転がったまま、ゆっくりと目を閉じる。
リアルは立ち上がった。立ち上がって大穴が開いた空を見上げた。
面白い。面白い世界。王様、待っててね。私が世界を支配したら、色々教えてもらいたい。友達になってもらおう。
さあ、いそがしくなるぞ。
昼間なのに月が良く見える。
ありがとう、神様、私の夢、叶うかもしれない――。
磯部リアルの瞳には、太陽と、月が映っていた。
異世界宗教布教計画 柏崎うみ @umikashiwazaki
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