(2)走り出す

 一月末日。全校集会の日だ。

 空は抜けるような青空。風は少なく、太陽が出ていて比較的暖かい。

 結局、ウサギは現れなかった。

 だから、三人で作戦会議は行えなかった。


 仕方なく俺とリアルは二人で作戦会議をした。今回は信者各員も作戦に盛り込まれている。俺は学校の外に待機し、ウサギを待つ。各員は駅、通学路に待機し、チラシを配って呼びかけを行う。チラシは俺たちと同じく退学になった漫研部長作で、印刷は内通者である部員が行った。

 今度の大見出しは『天罰が下る』で、危険だから全校集会には参加するなという内容が書かれている。


 もはや俺たちは教師の目を気にする必要もないから、怖いものもなく、朝から積極的にチラシを配ってゆく。


 結局、小野寺には朝礼に出席してもらうことにした。俺は校内の様子を知ることができないから、逐一報告してもらえば安心だ。

 小野寺によると、すでに登校が始まり、チラシを持った多くの生徒が登校しているとのことだ。今のところ教師側に動きはない。


『登校人数は?』

『まだわからないけど……うちのクラスは休んでいるやつも多い。他のクラスも同じみたいだ』


 よし。やはり事前に噂を流しておいてよかった。

 予言を信じて避難した人もいるだろう。そうでなくても、万が一のことを考えて休んだ人もいるはずだ。そんな人も、後から予言が本当だったと聞けば信じる可能性は高い。


『俺は朝礼に出席していいんだよな。大丈夫だよな?』

『うん、その時が来たらリアルが知らせてくれる。そしたら逃げろ』

『頼むぜ、リアルちゃん』

『リアルは?』

『もう来てる。いつも通りだ、外を眺めている。かわいいなぁ。そろそろ体育館に移動の時間だ』


 あと十分、八時四十分から集会が始まる。

 この間の反省から、合図は明確にしてある。リアルからの着信があったらGOだ。もし何らかの理由でスマホの操作ができなかった場合も想定して、着信がなくても九時になったら実行する事になっている。

 ウサギ、あとはウサギだ。


「もし来なかったら……?」


 昨日の夜、電話でリアルに聞いた。


「もし、はない。あの子は必ず来る」


 そう答えると思った。断言されては何も言えない。それは半ばリアルの願望なのではないのか? とは言えない。


『はじまるぞ』


 小野寺からメッセージが来る。

 リアル、どうする? いつまで待つんだ?



◆◆◆



 全校朝礼の出席者は七割。事前の告知が功をなしていた。

 多くの者は、なぜ人が少ないかの理由を知っていたから、辺りをきょろきょろと見回し、安全かどうかを確認している。数人で固まって注意されている女生徒もいる。その光景を見て、事前情報がない者も耳をそばだてたり、人に聞いたりして異様な雰囲気の原因を探ろうとしている。


 不安と緊張が体育館を満たしている。


 でもまだ多い……。リアルはぎゅっと目を閉じた。

 この人数を信じさせる演技が必要だ。自分にできるだろうか。いや、演技では不足だ。自分も心底信じなければ、人を信じさせることはできない。


「ママ……」


 リアルは小さくつぶやいた。ママ、私に力を――。


 校長の挨拶が始まる。

 退屈ないつもの話。正月の駅伝の話。何とか大学の何とか選手が立派に走った。君たちも頑張れ。これから大学の入試シーズンだ。もう一息だ、頑張れ。頑張れ、頑張れ。


 私たちはもう、頑張ってもどうにもならないことがあることを知っている。頑張っても学校は変えられない。頑張っても社会は変えられない。スマートフォンをのぞけば、大人が嘘をついていることは簡単にわかる。だから、私たちは神に頼るしかない。そのための神は私が作る。リアルはそう思った。


 リアルは徐々に自分の中の熱が高まるのを感じていた。この熱量が充分になったとき、リアルの言葉は真実になるのだ。


 校長の話が終わった。次は副校長だ。

 リアルはすっと列を離れ、ゆっくりとステージに向かって歩いた。マイクを奪って、語りかけるのだ。


 まだ教師には気づかれていない。


 リアルが近くを通ると生徒がざわつく。


 あのピンク色の髪が動いたということは、ついにその時が来たのだ。噂を聞き、チラシを見た生徒の誰もがそう思った。


 一人の女生徒は、ひぃっと短く叫んで、その場にへたり込んだ。

 別の男子生徒は、恐怖のあまり、じりじりと後退りして、転げるように体育館の出口を目指した。その生徒が他の生徒にぶつかり、はじかれた生徒が地面に倒れる。周りの女生徒が悲鳴を上げ、悲鳴を聞いた生徒が、また一人逃げ出す。動揺が広がる。


 いいぞ。その様子を横目で見ながら、リアルはまっすぐにステージを目指す。

 視界の端に教師が並走しているのが見えた。体育館の周りを進んで、ステージに出る前に取り押さえる気だ。


 リアルは、一気に加速した。きゅっと床とシューズが擦れる音がする。

 走って、走って、生徒の列の間を駆け抜ける。


「ふは!」


 息がはずむ。

 教師がリアルを指さし、何事か叫んで走ってくるのが見える。

 リアルの目線の先には、鈴原。


 気づいている。ステージから、あの蛇のような目がリアルを見下している。


 生徒の列を抜けると、ステージまではほんの二、三メートルだ。左右から教師がリアルを捉えようと迫る。

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