(3)全治一週間で退学

 俺たちは、お互いに自転車を取りに行ってから、思い当たる場所を片っ端から探し回った。この街は海に近く坂が多いから、俺たちは何度も坂を上ったり下りたりした。


 でも、結局、ウサギは見つからなかった。


 唯一気になったのは、丘の上の公園のそばの駐車場だ。

 天井がへこんだ車の周りに立ち入り禁止のテープが貼られていた。車の周りにはガラスや木の枝が散乱している。


「何か重いものが、上から落ちたような……」


 リアルがそう言った。

 確かに、車の真上に覆いかぶさっている木の枝が折れている。落ちてきた物が木の枝を折って車に衝突した、そんな風に見える。


 俺は想像してみた。


 ウサギは一人でリアルの家を出て、歩いて十五分くらいのこの場所に来た。そして、ここで魔王と戦った。そして何かの魔法で車を破壊した? 

 わからない。単なる創造に過ぎない。ウサギの魔法ではなく、魔王の攻撃かもしれない。 もし。ウサギが魔法を使ったのだとしたら、おそらくその後はぐったりして、しばらく動けなかったはずだ。

 駐車場のわきにベンチがある。そこでしばらく休んでから違う場所に移動した……。どこへ? わからない。

 何もわからないまま、夜が更けた。

 捜索は打ち切りだ。

 俺もリアルもへとへとになって、家路についた。


 

◆◆◆



 ――次の日、俺たちは浮かない顔でいつも通り学校に登校した。


「リアルちゃん! 元気!?」


 席に着くなり小野寺がリアルに絡む。いつもは愛想のいいリアルも今日は元気がない。


「え、ああ、うん……」


 小野寺が怪訝な顔をしてこっちを向く。

 俺は人差し指を口の前に立てて見せた。それで小野寺は何かを悟って、すごすごと自分の席に帰っていった。


 全校集会まであと一週間だ。

 ウサギがもしそれまでに戻らなかったら、予言は叶わない。


 そうなったら、いま信じかけている人は、そっぽを向いてしまうだろう。そうなれば魔王がやってきた時、俺たちは何の抵抗もできずに支配される……。


 でも、そもそもウサギが死んでしまっていたら、魔王も来ないかもしれないが……。


 冬の抜けるような青空を見ていると、何もかもが夢のように思える。

 ぼんやり空を眺めていると、再び小野寺がやってきた。


「ユウ!」


 何やら真面目な顔をしている。


「なんだよ真面目な顔して……」

「俺はいつも真面目だろうが」


 そう言いながら、小野寺が教室の入り口をあごで示した。

 そこにいたのは、担任の山岡だ。



◆◆◆



 山岡が時折ハンカチで額を拭きながら、俺の前を歩いてゆく。

 背丈は俺とそれほど変わらないし、体重は山岡の方があるだろうに、背中が小さく見える。この人も色々と苦労しているのだろう。


 黙ってついてゆくと、徒指導室にたどりついた。この前来たときはリアルと二人だったが、今日は一人だ。俺は少しだけ緊張した。


 山岡は、入りなさい、とだけ言ってさっさといなくなってしまった。面倒なことは極力避ける方針なのだ。

 どうせリアルについて何か聞かれるのだろう。俺は高をくくってドアを開けた。


 そこには。


 副校長、鈴原がいた。


「どうぞ」


 直々に話を聞こうっていうのか……。


 ピンクの金属フレームのなかのレンズは白く光って表情が見えない。

 背筋が凍る思いがする。余計なことは言わないようにしよう。


 俺は鈴原と目を合わせないようにして、パイプ椅子に座った。


「一年二組、愛菱ユウさん」

「はい」

「先日、体育館で――」


 その件か。

 あれはお月見愛好家がたまたま集まっただけで――。俺は言い訳を心の中で確認した。


「教師に暴行したそうですね」

「え?」


 俺は思わず鈴原の顔を見た。


「体育の春日先生から訴えが上がっています」

「え!? えっと?」


 俺はあからさまにうろたえた。

 むしろ暴行を加えられたのは俺の方だ。いや、俺が先に羽交い絞めにしたから俺が悪いのか? ん? 羽交い絞めは暴行なの?


「診断によると先生は全治一週間の怪我を負ったそうです」


 いやいや! それはない! 羽交い絞めはしたが、ケガなんてしていない!

 そう訴えようと思ったが、俺の口はぱくぱくとするばかりで、声が出ない。鈴原の細い目がまっすぐ俺を捉える。蛇のようだ。

 一対一で対峙すると、圧迫感がすごい。リアルはよくこんなのを相手にできる。


 リアル……。そうか、これはリアルの手だ。診断を、捏造する。

 これはつまりリアルに対する宣戦布告だ。俺を通してリアルに宣戦布告しているのだ!


「先生方と協議した結果、あなたを退学とします」


 え?

 退学?


 俺は馬鹿みたいに口をぽかんと開けて、鈴原を見つめた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る