(2)異世界の家族
私が、私が何とかしなくては。
ウサギは一人、丘の上の公園にやって来た。
空は澄んでいて、一面に星が見える。海の方に向かって広がる街の明かり、それもまた星のようだ。上下に星空。こんな風景はウサギの世界にはなかった。
「きれい……」
美しい世界。
リアルは、好きだ。ユウも。二人とも行き場のない私を受け入れてくれた。家族のように接してくれた。その二人が罪を犯そうとしている。
欺くことは、悪いことだ。リアルやユウに罪を背負わせてはいけない。ウサギはぐるぐるとそんな事を考えていた。
ウサギは一つ息をつくと、ゆっくりと呪文を唱え始めた。
幸い魔法は少しだが回復した。リアルのおかげだ。
いま、魔王の空間はこちらの世界に徐々に近づいているはずだ。もしかしたら、魔王へ到達できるかもしれない。
呪文は異世界の言葉の中でも最も古い言語でできている。
長い時間の中で、言葉が魔力を持ち、それを操ることで魔法を引き出すのだ。
ウサギの体がぼんやりと発光し、浮き上がる。そして空へと吸い込まれる。
どこまで昇っただろう。
ある瞬間を境に、暗闇は消え、ウサギは再び魔王が作る真っ白な世界にたどり着いた。空間の異変を感じて、魔王が魔王の空間とこちらの空間をの中間にある異空間に招じ入れたのだ。
やった……! 受け入れてくれた! ウサギは魔法がうまくいった嬉しさと、魔王と対峙する恐怖と不安で震えた。
そして魔王が、現れる。
「ほう、何かと思って来てみれば。ウサギ。どうした? やられる前にやるということか? 妙案じゃ」
魔王は笑っている。その口元に鋭い牙が見える。
小さな女の子の姿は何度見ても慣れない。ウサギは杖を握りしめる。今のウサギの魔力では魔王には到底勝つことができない。それは魔王も、ウサギもわかっている。
「魔王、あなたに聞きたいことがあって来ました。あなたは、他の世界を滅ぼしても何も思わないのですか?」
「何かと思えば。そんなことはない。命を一つ奪う度に胸が痛む。だから、わらわは黒い服を着ている。喪の服だ」
魔王は悲しそうな目で自らの衣服を眺める。
「じゃあどうして……。あなたは自分の行動を正しいと思っていない」
「正しい……わらわもよくそんなことを考える。少し前には、ここに側近がおってな。わらわが迷うと、こう答えてくれた。王よ、何をしても批判する者はいる。正解など存在しないのです。あなたが正しいと思ったらなさい、そうでなければやめなさい」
ウサギはその言葉にはっとする。
「わらわも、この言葉を聞く度、そなたのようにはっとしたものだ。その側近はな。わらわを小さい時から見てくれていた魔物だ。強くて、優しかった。お前たちの言葉では、家族、というのだろう」
「その魔物は今どこに」
魔王は悲しそうに微笑む。
ウサギは気付く、そうか、その魔物は、私たちが滅ぼした無数の魔物の中の一人……。
「そたらから見れば、わらわは間違っている。しかし、わらわの世界から見ればわらわは正しい。皆、わらわを讃えるだろう。必要なのは善悪ではない、決断と……そして責任だ。わらわは、わらわの世界の住人を守る。例えそれで幾千の誹りを受けても」
世界を統べる者の悩み。その重みにウサギはくらくらした。そして、リアルが心配になった。
リアルは自分がやろうとしていることがわかっているのだろうか? その重圧に耐えられるのだろうか。
幸せな世界を実現したら、リアルは讃えられる。失敗すれば非難される。いや。幸せな世界を実現したからと言って、万人から讃えられることはない。かつて、ウサギの王国では偉大な王が一人の狂人に殺されたことがある。それと同じだ。万人が納得する正解はないのだ。
答えはわかりきっている。
リアルはきっと、魔王と同じく非難と称賛を受け入れる。リアルはそういう子だ。
問題は私だ。私は、どうしたい? 私は……。
私は、リアルにそんな事させたくない!
ウサギは呪文を唱え始めた。魔王がウサギを見据える。
「そなた、魔力が随分と低下しているな。理由はだいたい想像がつく。その程度の魔法でわらわに勝てるとでも思っているのか」
「思っていない」
「?」
「あなたは、私は道だといった。私は今ここにいる。……私が死ねば、道は断たれる!」
ウサギは魔法の言葉を短く解き放つ。周囲の光が凝縮する。
慌てる魔王の顔が見える。
私の勝ちね。
大変だわ、さよならを言うのを忘れてた。
さよなら。リアル。ユウ。私の、異世界の……家族。
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