(3)夜の集会

 俺はぶらぶらと夜の住宅街を歩いた。家々には明かりが灯り、ふと今までの常識破りの出来事が夢だったように思えた。


 異世界から神官が現れて、魔法を見たり、宗教活動をしたり、先生に逆らったり。何というか、俺は今まで誰かに言われるがまま、正しいと思われる道を選んで歩いてきた。だけど、それだけじゃない世界を経験した。

 この道を、進んでも良いのだろうか。リアルを手伝っていていいのだろうか。俺だって迷うよ、ウサギ。


 ポケットの中のスマホがメールが届いたことを知らせる。

 知らないアドレスからだ。


『世界が滅ぶというのは本当なんですか?』


「何だ……?」


 俺は立ち止まって、思わず声を出した。

 メールにはそれだけが記載されており、名前も書いていないし、メアドも登録がない。

 わけがわからない。どうやって俺のアドレスを知ったのだろう?


 不審に思っていると、迷惑メールフォルダにさらに三通の未読メールがあることに気付いた。


『世界が滅ぶと聞きました。ぼくにできることは何でしょうか? できる事があればやりたいと思います。二年三組高田』


『こんにちは。三年一組の広瀬といいます。怖いです。どうしたらいいのですか? 広瀬』


『世界が滅ぶとか嘘でしょ?w』


 俺のメールアドレスがどこかに漏れているとしか思えない。迷惑メールの日付は昨日だ。全く気づかなかった。


 世界が滅ぶって内容だから、太陽と月の教関係だ。

 相談できるのはリアルしかいない。俺はリアルにメッセージを送った。

 さっきの件があるから、すぐに返事は来ないかもしれない。しかし、ぴろん、とすぐに間抜けな音がした。


「あれ? 言ってなかったっけ? チラシの裏に問い合わせはこちらって載せてといたから」


 こいつ! いつの間に!


「何て?」


 俺は全てのメールをリアルに転送した。


「いいじゃん!」


 メッセージと共ににっこにこのスタンプが送られてくる。もう完全復活しているようだ。


「何て返せばいい?」 

「明日の放課後、体育館に集まるように言って。吉村とその仲間にも」


 吉村先輩の連絡先は知らないから、明日教室に直接行こう。

 迷っている暇はなさそうだ。もう、賽は投げられているのだ。



◆◆◆



 次の日、ウサギは学校を休んだ。まだ悩んでいるようだ。しばらくそっとしておくしかない、とリアルは言った。

 自分の席に座り、ふと隣を見ると、当然だけどウサギがいない。

 たった一か月の付き合いだが、色んなことがあったせいかウサギがクラスにいないのは何だか不思議な感じがした。リアルはどうなのだろう。

 空を見上げる横顔はいつもと変わらない。


 あの後、さらに二件のメールが入った。合計で五件。吉村先輩とその仲間を合わせて八名。なかなかの人数だ。


 俺とリアルは放課後、体育間に向かった。

 そこに集まっていたのは、思っていたよりももっと多くの生徒だった。


「一、二、三……二十人!」

「声を掛け合ってくれたみたいだね。いいじゃない。よし、打ち合わせ通りに」

「OK」


 俺は入口で止まり、リアルは体育館の中に進んだ。

 がらんとした体育館はひんやりと冷たく、真っ白い照明がさらに寒々と見せている。


「よく集まってくれました」


 リアルは歩きながら、手を広げ話し始めた。リアルも場数を踏んで、だいぶそれらしくなってきた。

 俺は、体育館内の様子を見つつ、廊下を見張ることになっている。この段階で教師にしょっ引かれるのはまずい。


 集まった二十人はなんともバラエティに富んでいた。

 前髪が長く、よく表情が見えない小柄な女子、細身で前歯が目立つ、目がクリっとした男子、優等生風のメガネ男子。何の共通点もない集団が広い体育館にぽつんと集まっている図は、ある種異様だ。


「磯部さん……いや、神官様、今日はどんなお話なのでしょう」


 吉村先輩が率先して盛り上げてくれる。便利なやつだなぁ。


 しんかん? すご……。えーなにそれ。新顔の女子二人組が、そんなことを言い合って笑っているもいる。冷やかしに来たのだろうか。


「ありがとう、吉村。今日は、チラシに書いた内容について話します」


 リアルはかまわず進める。


 チラシ、と言っただけで悲鳴が声が上がった。前髪が長い女子だ。あのチラシで本気にする人もいるんだ。まあ、確かに謎の怖さがあるのかもしれない。冷やかし二人組はじゃれてクスクス笑っている。


「私は先日、神託を受けました。神託とは、神からのメッセージです。この学校は神の意に反する者に支配されています。だから、ちょうど一月の終わりの全校集会の時、何らかの災厄に見舞われるでしょう」

「何らかの?!」

 

 吉村先輩が芝居がかって大げさに問う。打ち合わせしたかのような良いリアクションだ。


「そう。何が起こるかまではわかりません。しかし、この体育館。ここが危険だというのです。奇しくもその日、この場所で全校集会が行われる予定です。ですから、このことをまずは神の声に耳を傾ける人にだけお伝えしたかったのです。いいですか。その日、体育館に近づいてはいけません」


 リアルは淀みなく言った。

 その声はまっすぐで力があり、反論も疑問の余地もなかった。リアルの話し方はウサギとはまた違った説得力がある。

 笑っていた二人も、いつの間にか真顔になっている。場所と時間を指定されて現実味が増したからかもしれないし、笑っていたのは恐怖を隠していたのかもしれない。その他は、おおむね青ざめている。

 

「避ける方法はないのですか?」

「愚かなるものが心を改めるしか方法はありません」


 しん、とする一同。

 冷やかし女子二人組はこそこそと話し合いを始めた。


「学校を支配する愚かなるもの……?」

「校長?」

「校長は愚かだけど、支配はしてないんじゃない?」

「本当だ。じゃあ……」

「副校長だ!」


 それを聞いて釣り目の木崎先輩に、黒髪の田沢先輩が話しかける。


「麗華ちゃん! 副校長に天罰が下るってことは……これって私たちの祈りが通じたってこと!?」

「……そうかも!」


 木崎先輩がリアルに尋ねる。


「ねえ、磯部さん、私たち、あれから一応ちゃんと祈ってるんだ。だから、祈りが通じて、副校長に罰が下るの?」


 罰。

 その言葉を聞いて一同はざわつく。

 信仰している人にとっては、確かにそう読み取れる。この二人も、もうすっかり信者のようだ。


「全ては神の意によるものです。私たちにできるのは、祈ることだけ」

「そ、そうか! そうだよね」


 木崎先輩は納得したようだ。

 リアルは遠くを見て手を合わせ、指を天に向け、祈りのポーズをとった。

 皆、リアルの視線の先を追った。

 窓枠に収まった細い月が見える。冬の夜は早い。吉村先輩、木崎先輩、田沢先輩は、慣れた祈りのポーズをとる。他の者も場の雰囲気に飲まれ、見様見真似で手を組んだり合わせたりしようとしている。皆、祈ったことなどないからぎこちない。


 だけど。


 俺は身震いした。


 リアルは演技かもしれない。

 でも他の人は演技ではない。心底信じている人、まだ疑っている人、両方いるが、彼らが祈る先には、人知の及ばない何かが存在している。そう思って祈っている。


「お前ら、何やってんだ?」


 太い声に振り返ると、いつの間にか俺の背後に体育教師の春日が立って、ぽかんと体育館を眺めていた。 

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