第7話 愚者
(1)正しいのか正しくないのか
魔王は冷たく暗い玉座の間の、どこまでも続く高い天井を見上げていた。
魔王。
そう呼ばれることにも、もう慣れてしまった。
この世界の者からすれば自分達は別の世界からの侵略者だ。しかし魔王は自分の世界では王として生まれ、世界を導いてきた。視点が変われば評価はがらりと変わる。世界中の王がこのギャップに直面し、あるものは押しつぶされ、あるものは考えないようにし、あるものは開き直る。
「私はどうだろうか」
魔王は虚空につぶやいた。
闇に覆われ滅びゆく自分が統治する世界を前に、王がすべきことは一つ、住人が暮らすことができる新しい場所を探すことしかない。
もし、その場所に先住の民がいたとしたら、それを排除するのは仕方のないことだ。
「私は正しいのだろうか」
魔王は再びつぶやく。しかし、それを聞く従者はもういない。
あのウサギという魔法使いのパーティが、あらかたの部下を倒してしまったからだ。
この世界にあれほどの魔力を持った者がいるとは計算外だった。とは言え、いま失った多くは戦闘員で、まだ非戦闘員が残っている。守るべきものは多い。
「さて……」
魔王は玉座からゆっくりと立ち上がると、手を差し出し、手のひらを天井に向けた。
光が閃くと、何もない空間に金色の装飾が施された砂時計が現れる。
紫色に輝く砂が、さらさらと落ちてゆく。魔王はその砂の落ちる様子を眺めてから、さらにその先の空間を見遣った。
そこには、巨大な黒い光の塊が浮かんでいた。黒い光は一定の形を保ちつつ、ぐねぐねと境界を変えながら揺れ、時折稲妻のような閃光がその中を走る。
魔王は神経を集中させ、黒の塊をじっと見つめた。
わずかに黒が脈動し、幾筋かの閃光が走る。
窓のない部屋に風が起こる。魔王が肩にかけたマントがはためき、真紅の裏地が垣間見える。
「私は……!」
魔王が、指先に力を込めると、黒い塊がおおきく膨れ上がり、魔王を飲み込んだ。
◆◆◆
俺は学校帰り、作戦会議のためにリアルの家に寄った。
リアルはローテーブルに突っ伏して、金の砂時計の紫の砂が落ちてゆく様子を眺めている。
「やっぱり、最初の計算はあってそうだね」
この砂が落ちるまで半年というのがリアルの見解だ。最初にウサギが砂時計を持ってきてからもうすぐ一か月が経とうとしているから、残りはあと五か月だ。
「あんまりゆっくりもしてられない。体育館爆破は一月末くらいにしよう。ちょうど全校集会があるし……」
待て待て! 全校集会の時だって?
「そんなときに爆破したら、みんな巻き込まれちゃうじゃないか!」
「何言ってんの。全員避難させるんだよ。予言でね。この体育館は間もなく爆発します、だから逃げてって。その上で爆破すれば、全校生徒が証人になる」
いや、そんなにうまくいくか?
「つまり、予言を信じたら助かるけど、信じなかったら……巻き込まれると」
「大丈夫! 私が信じさせる!」
リアルは胸を張って言う。え、ええ……。
「あ、あの!」
「わあ! びっくりした!」
今まで黙っていたウサギが突然声を上げた。
「やっぱり私……迷っています」
ウサギはコーヒーカップを手で包み、うつむいてクッションに座っている。
……そりゃ迷うよ。なんせ体育館を爆破するのはウサギ自身なんだ。
「リアル、ユウ、私、わからなくなってしまいました。私は、正しいことをしているのでしょうか……」
わからない。俺には到底答えられない。
「ごめんなさい、リアル……。この行為は、人を欺くことにはなりませんか?」
「真面目だなあ! ウサギ。確かに自作自演だよ? でも、急激に信者を増やすためには少しの嘘は仕方ない」
リアルは極めて明るく答えた。この人の考えはシンプルだ。リアルは目的のために手段は選ばない。
「先日の奇跡で私たちは人を欺いてしまいました。奇跡は私の魔法であって、本物ではない。太陽と月の教でも、人を欺くことは罪だと教えます」
正論だ。身もフタもないが正論には違いない。
最初はリアルの勢いに乗っかって俺も夢中でやった。でも、本当に正しかったのかと問われれば疑問が残る。ウサギも同じだろう。
「もし、体育館を爆破して怪我人や、死人が出たら?」
「出ないように頑張る」
「それでも出たら?」
「まあ……残念だけど、仕方ない。せっかくだから活用して、殉教者として奉る」
え? リアル? ウサギがひっと短く悲鳴を上げた。
おい、流石にその回答は普通じゃないぞ、リアル。リアルが普通じゃないのは知っているが、許されるラインというものがある。俺は気になってリアルにある質問をすることを思いついた。
「リアル……ちょっと聞いておきたいことがある。ペンと紙ある?」
「ん? 何、急に?」
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