(4)パワハラ会議
「それに。校外であろうとも、我が校の生徒は我が校の生徒としての自覚を持った行動が求められます」
「しかし、チラシを配っていただけで……」
「だけ? 何ですかこの内容は。まるでカルト教団のようです」
鈴原は生徒から取り上げたチラシをひらりと持ち上げた。
しまった。
春日は発言を悔いた。この人には何も言ってはいけない。かといって、黙っていても終わらない。ひたすら、一問一答に集中し、耐えるしかないのだ。
地位を利用して反論を封じ、その上で執拗に糾弾する。暴力など使わなくても、権力さえあれば人を屈服させることができる。それが鈴原のやり方だった。
見かねた校長が口をはさむ。
「副校長、待ってください。校則違反の可能性があるのはその生徒であって、春日先生が悪いわけではない」
「そうです。しかし、生徒を正しく導くのが私たち教師の使命です。春日先生はその職務を怠った」
「まあ、まあ。そう波を荒立てず……」
校長は問題をあいまいにし、厄介な問題を先送りにしたかった。
この緊急会議とて、春日の報告を受けた鈴原が是非にと言うことで招集したのだ。
会議を行いさえすれば気が済むだろうと踏んだのが甘かった。校長は自分の浅薄を後悔した。
「もし、当該生徒を正しく導けないのであれば」
鈴原はそこで言葉を切って、全体をゆっくり見回しながら言った。
「その生徒には辞めていただくしかありません。そう思いませんか? みなさん」
鼻から目的はそこだったのだ。校長はそう思った。鈴原は厳しい校則の海を自由に泳ぐ磯部リアルが気に入らないのだ。
「ですから、私はまず校則の追加を提案します。第一条二項、我が校の生徒は我が校の生徒としての誇りと自覚を持ち、とありますが、この後に、これに反する者は処罰の対象とする、という条項を付け加えましょう」
バカな。校長は思った。
基準が曖昧過ぎる。それでは学校の思い通りにならない生徒はすべて処罰することができるではないか。
「鈴原君、それはいささか横暴では……」
「いえ、あの生徒は校則を盾にしてきます。こちらもそれなりの準備を整えなければ」
「しかし校則というものは――」
広い多目的室に校長と副校長が言い合う声だけが響く。
ずらりと座る教師は、誰一人反応しない。余計なことを一言でも言おうものならば、鈴原の執拗な反撃を受ける。鈴原に目をつけられたら、この会議中だけではなく、その先の学校生活にも支障をきたす可能性すらある。
「埒があきません。校則の変更は全教師の三分の二の賛成で可決されます。校長の許可はいらない。判断をみなさんに委ねましょう」
「しかし」
「多数決を取ります。この条項追加に反対の先生は手を挙げてください」
鈴原はわざと反対の者は、と問うた。
反対を表明することは鈴原に盾着くということだ。
鈴原は涼しい顔で議場を見回した。結果はわかっているのだ。
――思惑通り、誰一人手を挙げる者はいない。
「では、全会一致で可決といたします。山田先生、このことを校内に掲示してください。生徒手帳の刷り直しは新学期でよいでしょう」
鈴原は顔色一つ変えず、傍らの教師に指示をした。
これで、これであの不愉快な生徒を、正当な手続きで退学に追い込むことができる。
鈴原はメガネの奥の細い眼をさらに細くした。
「ふひ!」
鈴原は自分でも気づかず、思わず声を漏らした。
その声が鈴原の声だと、誰もがわかったが誰も何も言えないでいた。
じょきん。
また、あの音がする。
髪の毛がぱらぱらと落ちる。何ともいやな音だ。
私は、絶対にこんな教師にはならない。
ふと、鈴原の頭に忌々しい記憶が浮かんだが、すぐに消えた。
◆◆◆
校門と校舎の間にはアーチ状の天井を持ったアーケードがある。
校舎と同じく赤レンガ造りで歴史を感じさせるが、照明が少なく薄暗い。
そんな中で一ヶ所だけやたらと明るい箇所がある。掲示板だ。
ガラスケースの中の掲示物が左右の蛍光灯で照らしだされている。ここに成績優秀者や、何かの受賞者、それから退学処分や、停学者も貼りだされるのだ。
一月後半、寒さはますます厳しく、生徒は皆コートを着てマフラーを巻いて掲示板の前に群がっている。よほどの事があったのだろう、これだけ群がるのは珍しい。
人が多くて掲示板に近づけない。俺は背伸びをして掲示板をのぞき込んでみたが、遠くて良く見えない……。
ふと、誰かが俺の肩を叩いた。
小野寺だ。
「見たかよ? 校則が追加されたんだと。学校にふさわしくない者は処罰の対象とする、ってさ」
「え……それマジか」
俺たちだってバカじゃない。それが意味することは誰にでもわかる。学校側が気に入らない生徒なら誰でも処罰できるようになったってことだ。
「はは。来たね」
いつの間にかリアルとウサギが近くにいた。
リアルは少年のように頭の後ろで腕を組み、楽しそうに言う。ウサギはリアルの隣で心配そうな顔をしている。
俺は小声でリアルに話しかけた。
「リアル、これお前を罰するための校則じゃないのか。昨日チラシを配ったから……」
「きっとそうね。ほんと、腹が立つ」
俺はリアルに同調する。
「チラシを配ったくらいで――」
「違う違う、そこじゃない。腹が立つのは私が退学を恐れているって思われてること」
「へ?」
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