(3)許可はとっていません!
「世界が滅びます!」
「ひ!」
銀ぶちメガネのおとなしそうな女生徒は悲鳴と共に走り去った。……俺、才能ないかも。リアルは手のひらで顔を覆って天を仰いでいる。
「り、リアル! 次リアルやってみてよ!」
俺は半ばやけくそで言ったが、リアルはつかつかと俺に近づいてきて、チラシの束をぱっとつかむと、前から来た男子生徒の一群に突撃した。
そして、少し話した後、一人にあっさりと束ごと渡した。
「クラスで配ってくれるって」
「……」
一体どんなマジックを使ったかわからないが、目的は達成した。この人はどうなっているんだ。
そんなこんなで時間はあっという間に過ぎ、空は明るくなり、徐々に登校する生徒が多くなってきた。
ウサギは次々とチラシを渡してゆく中、俺はまだ一枚も配っていない。ただの一枚もだ。
リアルは俺たちの後ろで腕を組んで監督している。
教師も生徒と一緒にちらほらと登校してくるが、リアルの顔を見るなり目をそらして通り過ぎてゆく。だれも積極的にこの面倒な女の子に関わりたくないのだ。
「あ、磯部さん!」
吉村先輩だ。
「何してるんです? 何かお手伝いしますか?」
「ほんと? 嬉しい! チラシ配ってくれる?」
リアルは吉村にそれだけ言うとチラシの束を渡した。
「世界が滅びる……大変だ……」
吉村先輩はチラシを見て青い顔でつぶやく。この人はもう完全に何も疑わなくなっている。
「おはようございます!」
吉村先輩はすぐさまチラシ配りに参加した。さわやかに声を掛けられたら、無視する方が後ろめたくなるというものだ。吉村先輩もまた次々とチラシを配ってゆく。元々明るく朗らかな人なのだろうな。
しかし。
そうすると益々俺の無能さが際立つ。
丁度その時、ニコニコしながら漫研部長がやってきた。
「どうですか、調子は?」
のんきなものだ。
「はい」
リアルは笑顔でチラシを渡して、暗に参加を促がした。
「え! 僕が?」
と言いながらも漫研部長もおとなしそうな生徒を狙って配布数を稼ぐ。
そうか、ウサギは信仰心、リアルはよくわからない天才的な策、吉村先輩はさわやかさ、漫研は得意なターゲットといったように、皆自分なりの方法や相手を選んで配っている。
俺も負けてはいられない。俺の得意なもの……それは誠実さだ。
「世界が、もうすぐ滅びます」
俺は精一杯の誠実さでチラシを渡した。
「お、おう……!」
男子生徒がかなり引き気味だったが、一応チラシを受け取った。やった!
「ユウ君、それ逆効果。渡せばいいってもんじゃないよ!」
「……」
リアルは厳しい。
それから吉村先輩に続き、例の信者候補の先輩女子二人がやってきて手伝いだした。
総勢六名でのチラシ配り。こちらの人数が増えると、怪しさが減るのか、チラシを受け取る人も多くなる。その場でチラシを読む者、友人と内容について話し出す者、俺たちに話しかける者。
校門前はかなり賑やかになってきた。
これはいけるぞ、そう思ったその時だ。
「お前ら! 何している!」
いつの間に登校したのか、体育教師の春日が校舎の方から血相を変えてやってくる。
その形相を見て、一般の生徒たちは慌てて散り散りになる。残るは俺たち三人と上級生四人だ。
「またお前らか。学校で勝手にチラシ配りをするな! 許可を取ったのか!」
よく見ると手にチラシを握りしめている。
リアルが腕組みを解いてニヤリと笑って、春日に向かって一歩進む。
そうか、俺はようやく理解した。これが監督の仕事だ。
「許可はとってません」
え! 頼むよ監督! それしか仕事がないんだから……!
春日も、あっさりと非を認めたリアルに一瞬戸惑いを見せたが、すぐに巻き返す。
「なら!」
「ここは学校ではありません」
リアルは自分の足元を指さす。春日はその指の先に目線を遣る。
リアルも俺たちも、学校の敷地の外に立っていた。
「……!」
春日は言葉もない。
それ以上何も言えず、捨て台詞も思いつかなかったようで、真っ赤な顔で鼻息荒く振り返ると、すれ違った生徒にスカートが長いだの、ボタンが開いているだのと八つ当たりしながら去っていった。
見事だ。リアルは見事に監督の仕事を完遂した。仲間たちは軽く歓声を上げ、圧倒的に頼りになる我らが神官を称えた。
こうして俺たちは授業が始まるまで、存分にチラシを配ることができた。
◆◆◆
多目的室では教師一同がそろって、臨時の会議が開かれていた。部屋の周囲をぐるりと囲むようにテーブルが並べられ、教師が等間隔で座っている中で、唯一、春日だけが立っている。
「という状態でして……」
春日はその大柄な体格からは想像もつかないような弱々しい声で報告した。
ばん!
大きな音が、しんとした部屋に響く。
他の教師たちは皆下を向いている。
「学校の敷地でなくても、公道を勝手に使用してはいけないと、なぜ言わなかったのですか」
「はい……」
春日はとうの昔に自分の非を認め謝罪している。
しかし副校長鈴原は全く糾弾を緩めない。
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