(2)チラシ配りの才能がない


 一度火が付けば、燃え広がるのは簡単。リアルは以前そう言った。

 俺はあらためてその言葉を思い出していた。

 俺達三人は、印刷室で次々と吐き出される無数のチラシを眺めていた。


「漫研は会報誌を印刷するでしょ? だからコピー機が使い放題なわけ。しかも、マンガっていう、紙メディア最強の伝達方法が使える」

「いやぁ。最強だなんて」


 照れるメガネの漫研部部長は二年の利根川と言った。短髪に黒ぶちのメガネ、制服はタイト、革靴は磨かれている。一般的な漫画研究部のイメージとは異なり、随分スタイリッシュな風貌をしている。

 漫画の腕前もかなりのもので、高校生にして出版社に出入りしているということだ。


 そんな腕利きの彼はあっさりとリアルに買収された。


「君たちの漫画が少なくとも全校生徒に見られる。そして、どれだけ内容を理解してもらえるか、実力が試されている! もちろん、私は君たちにはできると思っている。だから、美術部でも文芸部でもない、漫画研究部にやってきた。なぜなら、漫画が二次元最強だから」


 それが殺し文句だった。

 漫画研究部は普段、月一で会報誌を図書室に設置するのが活動なのだそうだ。部数は二十部刷ってその月に品切れれば御の字、大抵は二、三部余ってしまうらしい。俺だってその会報誌のことは知らなかったくらいだから、その程度の認知度なのだ。


 どんなにひどいクオリティなのかと試しに見せてもらったが、絵はうまい人が多いし、話も面白く、それほど悪くないように見えた。もっと知ってもらえれば、もっと読んでもらえる素質はある。彼らもそう思っているからこそ、今回協力してくれることになったのだ。


 俺は刷り上がったチラシを一枚手に取った。A四サイズ一ページで裏面の下の方には、『制作:漫画研究部』と大きく書かれている。


「ふおおおおあぁぁぁ!」


 さっきからコピー機に張り付いているウサギは、次々に刷り上がるチラシに興奮している。

 学校の印刷機は、コンビニのコピー機とは違う。大量にプリントをするためのもので、ガッションガッションと大きな音を響かせて、次々とチラシを吐き出す。


「ユウ! すごいです! こんなに美しい版画が! こんなに早く! 私たちの世界では、こう、一枚一枚手で……! これがコピー機! 知識としては知っていましたが、実物を見るのは初めてです!」


 ウサギの世界では印刷技術は発達していないようだ。りんご飴の時といい、ウサギは珍しいものが好きらしい。

 利根川先輩がウサギを見て不可解な顔をしている。

 だけど、説明するのも面倒なのでこの際無視することにする。


 最近ウサギは元気がなかったから、俺は少しホッとしながら手にしたチラシをひっくり返す。表面には巨大で恐ろしい何かが、画面手前に向かって手を伸ばしている絵が描かれている。その手の先には怯える少年少女が描かれていて、でかでかと、世界の終わりは近づいている、と書かれている。

 絵はうまいしインパクトはあるが、正直なところ怪しさMAXの胡散臭いチラシである。 リアル、こんなのでいいのか?


「最高! こんなの信じる人いる?」

「え?!」


 リアルは我慢の限界に達したらしく、声を出して笑った。自分が指示して作らせたのに何を言っているんだこの人は。しかも、このチラシでは信じないと言っている。

 利根川先輩が顔を青くしてリアルに訴える。


「あ、あの……」

「ああ! いいの! 発注通り! 完璧! 完璧だよ部長!」

「か、完璧……」


 利根川先輩はリアルにおだてられて、ホクホク顔となった。普段、よほど肩身が狭いのだろうな。


「よし! 決行は明日の朝だ! みんなよろしく!」

 

 リアルは満面の笑みで、一方的に宣言した。激しく嫌な予感がするのは俺だけだろうか……。



◆◆◆



「リアル……。これはない」


 俺はリアルに不満を表明した。

 俺たちは寒空の下、校門が開くのを待っている。

  

 朝の七時半。空は薄暗く、空気は冷たい。

 校門は八時に開き、授業が始まるのは八時半だ。なんでこんなに早い時間に学校に来なければならないのだろうか。


 それから、この格好だ。

 ウサギは頭より二回りは大きい白っぽい丸い球体をかぶり、俺はギザギザしたオレンジ色のとげの数が多いヒトデのような物をかぶっている。

 でも、リアルはいつも通りだ。


「なんでリアルだけ普通の格好なんだよ!」

「私がそんなふざけた格好していたら、だれも私の言うこと聞いてくれないでしょ。君たちはチラシ配り。私は監督」

「今ふざけた格好って言ったぞ!」

「似合ってるよ、太陽と、月。昨日徹夜で作ったんだから」


 ああ、これ、太陽と月なのか。俺は今頃気づいた。デザインはともかく、つくりは立派だ。リアルは手先が器用だなぁ……って感心している場合ではない。


「てか監督ってなんだよ!」

「監督は監督だよ。大事な仕事なんだからね」


 嫌な予感は的中した。

 納得など到底できなかったが、いまさらどうしようもない。

 俺たちはこれからこの格好でチラシを配るのだ。


「これは予言の第一弾。まずは撒き餌ってところね。浅く広く餌を撒いて、引っ掛かる人を集める。大事なステップだからね! 心して!」


 リアルはそう言った。

 ウサギは恥ずかしさのあまり、しゃがみこんで顔を覆い肩を震わせている。泣いているのだろうか。


「これも布教のため、これも布教のため……」


 ……電柱に向かってぶつぶつ何か言っている。羞恥心を使命感でカバーしようとしているようだ。


「さあ、お客様が来たよ!」


 リアルが声を上げる。

 朝練に来たのか、大きなスポーツバッグと、長手の荷物を持った野球部らしき坊主頭の男子二人組が向こうから歩いてくる。

 しかし、彼らは俺たちを見ると、明らかに遠回りに校門に入ろうとする。


「行け! ウサギ!」


 リアルが指示すると、さっきまで縮こまっていたウサギがはじけるように加速し、野球部の眼前に躍り出た。実戦経験者は切り替えが早い。


「世界は間もなく滅びます!」


 ウサギが迫る。

 野球部は至近距離のウサギにたじろぎつつ、迫力に負けてチラシを受け取る。そしてそそくさと学校に入っていった。


「次! ユウ!」


 俺もやけくそになり、やってきた女生徒にチラシを差し出す。


「あ、あの」


 あっさりと俺をかわす女子。……くっそ!


「ボンクラ!」


 すかさずリアルの檄が飛ぶ。わかってるよ!

 なるべく気持ちを込めて……。最初の一声はウサギを見習って世界が滅びます、にしてみよう。俺は自分なりに考え、鬼気迫る感じで次の生徒にアタックした。

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