第6話 布教

(1)体育館に天罰を

「ウサギ、この人たちに牛の話を教えてあげて」


 リアルは急にウサギに話を振った。


「え、ええ、もちろん!」


 ウサギは少し驚いたようだが、すぐさま神官の顔になった。これが本職の技というものか。

 ウサギはゆったりとした動きで両手を広げ、普段の声とは違う歌うような美しい声で話しはじめた。


「私たちの神、太陽と月は八日と八夜の間に沢山の神を生み、全ての生き物を生みました。八百八十八日が過ぎるころには、豊かな自然の中で多くの種族が暮らすようになっていました。ある時、一匹の牛が神に悩みを打ち明けました。私の体はどうしてこんなに大きいのかと。私の体は動くに重たく、日は強く差す、と」


 上級生三人は、うっとりとウサギの話を聞いている。たしかに、ウサギの声は、ただ聞いているだけで心地よい。


「太陽の神は言いました。確かにお前の体は大きい。その体は重いものを運ぶことができる。畑を耕すことができる。何を悲しむことがあろうか。同じく、月の神は言いました。確かにお前の体は大きい。小さな動物のために日陰を作ることができる。乳は人を飢えから救う。何を悲しむことがあろうか」

「宗教ではこんな日常生活の悩みへの回答を、物語や教えとして伝えるんだよ」


 めずらしく、隣のリアルが小声で俺に解説してくれる。


「全部の逸話を聞いたの?」

「ほとんどね」


 リアルのことだから、そのほとんどを暗記しているのだろう。


「このお話の伝えるところは明確です。私たちが持って生まれたものには、意味があります。もし、それを否定する者がいたら、その者は創造主、つまり神の意に背くことを意味します」


 なかなかいいことを言うなぁ。

 ウサギは前に太陽と月の役割の話をしてくれた。太陽は育て、月は安らぎを与える、というようにそれぞれ役割があるという話だったが、牛の話はそれを具体的な悩みに当てはめているのだろう。俺は単純に感心した。


「ステップが埋まった」


 隣で急にリアルがつぶやく。


「ステップ?」

「前にロードマップ見せたでしょ? その途中のステップが、今埋まった」


 ロードマップはリアルが紙に書いた世界の破滅までの階段を描いた絵だ。あの時もステップがどうのと言っていた。

 リアルは上級生に向かって、ウサギの話を引き継いで続けた。


「つまりね。あの教師たち、特に鈴原は神の意に背いているということなの。神の意に背く者には、罰が与えられるんだ」


 ウサギが一瞬怪訝な表情でリアルの方を向いた。

 リアルはかまわず続ける。

 

 罰? 罰ってことは……。


「神に祈るのです。神のご加護があらんことを」


 リアルが手を組んで指を天に向け、祈りを捧げる。俺もウサギもつられて祈りの形を作った。それを見た吉村先輩も同調し、他の二人も吉村先輩を真似て、ぎこちなく祈った。

 それからリアルはあらためて太陽と月の教の説明をして、毎日の祈りの方法を教えた。


◆◆◆



 上級生三人が理科実験室を出てゆくと、ウサギは神妙な顔で切り出した。


「罰を、与えるのですか? 魔法で」

「よくわかったね」

「あの教師たちの言動は、責められてしかるべきものです。しかし、罰ということは……危害を加えるということですか」


 ウサギは静かに攻めるように言った。 


 副校長やその他教師に罰を、つまり魔法を使って攻撃を加える。リアルは丸腰の人間に攻撃魔法を使うつもりなのだ。


 それが信者を集めるステップだというのだろうか……。

 

 魔力が落ちた今のウサギの魔法でも、吉村先輩は五メートルは吹っ飛んだ。あの時は俺が危険に晒されていたからある意味仕方なかったが、今回は狙って攻撃するのだ。

 流石のウサギも躊躇しているように見える。回復と攻撃ではわけが違う。


「君たち。何をそんな深刻な顔をしているのだね」


 リアルが芝居がかって言う。


「何をって……。ウサギの攻撃魔法で教師をやっつけるっていうんじゃ誰でも戸惑うよ。それって、リアルが言っていた暴力と同じじゃないか」


 俺はあの煙草男の話を思い出していた。

 煙草男を止める方法は二つ。信仰か、暴力だとリアルは言った。


「あのさぁ。この私が、そんな安易なプランを立てると思う?」

「……違うの?」

「わざわざ直接罰を与える必要はない。そうだな……体育館を爆破しよう!」

「た、体育館を、爆破……?」

 

 リアルはハンバーガーを食べに行こう、と同じ感じで言った。訳が分からない。なんで体育館を爆破するんだ?


「いい? 鈴原は私たち生徒を無意味に迫害している。これは神に背く行為だから、神は罰を下す。でも、神は愚かな行為をやめるチャンスをくれる。警告を発してくれるんだ」

「それが……体育館爆破……」

「何を爆破してもいいんだけど、小さすぎたら迫力ないし、体育館なら校舎よりは直しやすそうでしょ?」

「爆破は……私がやるんですよね」

「正解!」


 リアルが極めて明るく言った。明るく言えばいいってもんじゃない。


「そうすれば、沢山の人が信者になってくれる……」


 ウサギが自分に言い聞かせるようにつぶやいた。ウサギはきっとやるつもりだ。この人もまた、リアルと同じく手段を選ばない。


「私は、予言する。理不尽に学校を支配する者がいる。その愚かな行為をやめなければ、罰が下るし、悪行を続ければ、世界は滅びる」


 ああ、そう結びつけるのか……。俺は感心してしまった。


「り、リアル、お前って……」

「天才でしょ?」


 そう、俺が言いたかったのは天才だ……。


 偶然を繋ぎ合わせて必然のように組み立てる。この先何が起こっても、リアルは必然を演出するのだろう。


「さあ、そうと決まれば……。そうね、漫研に行こう」

「漫研?」


 また突拍子もない場所が登場した。一体、漫研と世界の終わりと何の関係があるのだろうか?

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