(6)Welcome to the 太陽と月の教

 停学明けの俺たちを待っていたのは吉村先輩だった。

 吉村先輩は、休み時間に俺たち一年の教室を訪ねてきた。たまたま教室の入口にいた小野寺が取り次ぐ。


「リアルちゃん、お客さん」

「ありがとう」


 リアルは立ち上がると、俺たちを促した。


「行くよ」

「え? リアルを呼んでいるんでしょ?」

「たぶん、一緒に聞いておいた方がいい」

「何の話?」

「知らないけど、だいたい予想はつく」


 俺とウサギは顔を見合わせた。

 全く訳が分からないが、断る理由もないから俺もウサギもリアルについて行く。

 リアルはつかつかと歩いて行って、当然のように吉村先輩に言った。


「いいでしょ? この二人もついて行って。二人も太陽と月の教だから」

「え! そうだったのですか」


 なぜか吉村先輩は俺たちに敬語になる。


「ちゃんと紹介していなかったね。この子も私と同じ神官で、妹のウサギ。こちらは神官見習いのユウ」


 吉村先輩が目を丸くして、よろしくお願いします! と深々と頭を下げる。

 あー。これは完全に信者だ。

 こちらも一応、それらしく静々と頭を下げる。


 それから俺たちは吉村先輩について歩いた。どこに向かっているかわからなかったが、道すがら話す吉村先輩は別人のようだった。あれから数週間が経つが、すっかり明るくなって最初に会ったときの暗さはどこにもなかった。


 話によると。お父さんは完全に回復し、元の会社で働きはじめたそうだ。自然と母親のストレスも減り、ケンカのない元の明るい家庭に戻ったそうだ。それ以来、吉村先輩は太陽と月の教の教えを守り、朝晩の祈りを欠かしていないという。信心深いことだ。


 そんな話を聞いている間に、西校舎の空き教室に着いた。


 理科実験室。


 そこには二人の女子が待っていた。

 一人はいちばん黒板に近い教師用の黒いテーブルに座り、もう一人は立っている。テーブルに座っている方は、顔が小さく、少し釣り目で頭の後ろで髪を止めており、腕を組んで、なんだか怒ったような顔で俺たちを見ている。もう一人は小柄で肌が白く、そばかす顔に不自然なほど真っ黒な髪……。こっちの人はどこかで見たことがあるような気がする。


「この子が本当に願いを叶えてくれるの?」


 釣り目の方が不躾に言った。願いをかなえてくれる?

 リアルは伏し目がちで口角を少し上げ、涼しい顔をしている。俺にはわかる、この顔は、イラっとしたときの表情だ。


「いや、そう言うことじゃないんだよ。説明したじゃないか。この子の言うとおりに、神を信じて祈れば……」


 吉村先輩がとりつくろう。

 釣り目が吉村先輩の言葉を遮って言った。


「いや、だから神ってなに? そういうのいいから! 願いをかなえてくれればいいだけなんだよ!」


 吉村先輩は困った顔をして、リアルの方を向く。

 そばかす黒髪の方はさっきから下を向いて黙っている。


「磯部さん、この子達はクラスメイトなんだ。ごめん、ちょっと口が悪くてさ」

「口が悪いって何?!」


 釣り目がいきりたつ。

 吉村先輩は無視して話をつづけた。いつものことなんだろう。


「実は、困っているのはこっちの子なんだ」


 吉村先輩は、黙ってうつむいている方の子を指し示した。

 釣り目先輩が続ける。


「この子、田沢っていうんだけど。アメリカのクオーターだから元々茶色い髪なのに、鈴原に黒く染めさせらたんだ。それ以来、ショックで学校に来れなくなっちゃったんだ。今日は引っ張って連れてきたんだけど。あー、私は木崎。この子の友達」


 髪を黒く、で俺は思い出した。

 田沢先輩は年末の検査の時、俺たちの前で指導を受けた生徒だ。鈴原に明日までに髪を染めて来いと言われ、青い顔をして俺たちの横を通り抜けていった人だ。確かに、その時は少し茶色い髪をしていた気がする。


「私としては、鈴原をぶっ飛ばして退学でもいいんだけど」


 木崎先輩が随分と物騒なことを言う。どうも激しめの性格らしい。

 黙っていた田沢先輩が口を開いた。


「だ、だめだよ、麗華ちゃん。嫌だよ、麗華ちゃんが私のせいで退学になったら。私は……。この学校には私みたいに困っている子が沢山いると思う。何人も髪染めさせられた子を知っているし、私物を没収されたり……。だから、私は校長先生にちゃんと言った方がいいと思うんだ。だから、嫌だけど学校に来たんだよ」

「いや、無理でしょ。校長なんか頼りにならないよ」


 木崎先輩がバッサリと言い切った。

 校長。がっしりしていて、脂っぽい感じで、話が長い。いつも茶色いスーツを着ているイメージだ。悪い人ではなさそうだけど、木崎先輩の言う通り、あの副校長に勝てるとは思えない。


「悪いけど田沢さん、ぼくも無理だと思う。副校長はこの学校の支配者だ。誰に頼んだって無理だよ。だからこうして、磯部さんに相談に来たんだ」


 吉村先輩がまとめた。

 木崎先輩が机から降りて、リアルに詰め寄る。


「ねえ、あんた、本当に奇跡を起こせるの?」

「木崎さん。私は奇跡を起こせるわけじゃない」

「え? なあんだ。どういうことなのよ、吉村! 話が違うじゃない!」


 木崎先輩は、吉村先輩に向き直って詰め寄る。


「いや、ぼくはそこまで言ってないよ、僕にはたまたま奇跡が起きたから、相談してみようって言っただけで……。ねえ磯部さん」


 リアルは黙って前に進み出でて、まっすぐ木崎先輩を見据えた。今度は木崎先輩がたじろぐ。


「な、なに!?」

「私は神に仕える神官だけど、奇跡を起こすのが仕事じゃない。奇跡が起こるかはあなた次第。神を信じ、祈れば、もしかしたら神は助けて下さるかもしれない」

「そんな……。そんな気休めみたいなことやってられない!」


 悔しそうな木崎先輩に、田沢先輩が懇願する。


「麗華ちゃん、だから、やっぱり先生に相談しよう? そのために私、学校に来たんだから……」

「磯部さん……」


 吉村先輩がリアルに助けを求める。


「知らないよ。私は強制しない。信仰なんか強制したって意味ない。それにね、我が太陽と月の教は便利屋じゃない。だから、話は終わり。さよなら」


 行こう、と言ってリアルは、踵を返すと、俺とウサギの肩をポンと叩き、さっさと出口の方に向かった。放っておいていいのかよ、困っているじゃないか……。


「ま、待って!」


 声を上げたのは、被害にあった田沢先輩ではなく、木崎先輩だ。


「わ、悪かったよ、何でもする! 助けてよ、お願いだよ」


 さっきまでのツンツンしていた態度は一変していた。木崎先輩は、その態度とは裏腹に、友達思いの優しい性格なのだろう。

 リアルは木崎先輩に背を向けたまま、ニヤリと笑った。吉村先輩が訪ねてきたときから、こうなることをリアルは予想していたのかもしれない。だから、俺たちを連れてきたのだ。この光景を見せるために。


「いいでしょう」


 リアルはそう言うと、手を広げて振り返った。


「ようこそ、太陽と月の教へ」

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