(4)半年後


「緊急事態だよ!」


 珍しくリアルのテンションが高い。

 リアルはそそくさと俺を家に招じ入れると、俺をソファーに座らせ、素早くコーヒーを出した。慌てていてもいつもの行動をするのがリアルらしい。育ちの良さがにじみ出ているというかなんというか。

 逆に、ウサギは恐ろしくテンションが低い。この前から元気がなかったが、もう元気とかそういうレベルではなく、血の気が引いて真っ青だ。


「ウサギが何でこの世界に来たかわかったんだ。ねえ、ウサギ」

「はい……。みなさん……申し訳ございません!」

「へ……?」


 なぜウサギが謝るのか、俺には全く意味が分からなかった。

 ウサギは、真っ青な唇を少しずつ動かして、話し始めた。


「私はこの世界に来たとき、直前の記憶を失っていました。でも、全て思い出したのです。私たちが魔王討伐の旅に出ていたのは前にもお話しました。長い旅の終わりに、私達は魔王の間までたどり着いた、問題はその後です。私は……私は、魔王とは闘ってなんかいませんでした」

「どうして?」


 ウサギは床に敷いたクッションの上に正座で座り、膝の上でぎゅっと両手を握っている。


「私たち全員が、それぞれ異なる異世界に飛ばされたからです。私はこの世界に、他の者は違う世界に。どこに行ったのかはわかりません。生きているのか死んでしまったのかさえも!」


 それってつまり、仲間とはぐれ、生死もわからないってことか……。

 もう同じ話を聞いているはずのリアルも眉間にしわを寄せている。


「魔王は私を異世界に飛ばす前にこう言いました」


 ウサギは、魔王の言葉を繰り返した。


「そなた、それから、そなたの仲間を、皆別々の次元に送ろう。どこにたどり着くかは、わらわにもわからぬ。大半は次元の狭間に落ち、死ぬだろう。だが、誰かが偶然良い世界に落ちる。わらわはお前たちの命をたどり、良い世界に落ちた者を追う。そして、我が世界の住人をそこに送り込む」

「送り込む!?」


 リアルが横から答える。


「その魔王ってやつはね。自分の世界が滅びようとしているから、ウサギの世界を侵略してていたんだ。で、ウサギやその仲間がなかなか手強いから、もっと簡単に侵略できる世界を探すことにしたってこと」

「そなたらは道だ、と」

「道……?」

「そう、道。例えばこういうことです。真っ暗闇の中、紐をつけて何人かを違う方向に歩かせます。誰かは行き止まりで止まり、誰かは落とし穴に落ちて死にます。でも、誰かが闇の向こうにある綺麗な花畑にたどり着きます。その紐をたどれば、紐の持ち主は安全に花畑にたどり着くことができるのです」

「な、なるほど……」

「見つけた花畑は、魔族でも住みやすく、住民が魔王に歯向かう力を持たない世界でした」

「その花畑って……」

「はい、残念ながら、この世界が選ばれたようです」


 俺もリアルも黙り込むしかなかった。


「魔王が、この世界に来るってこと?」

「……」


 ウサギは答える代わりに、傍らから金色の砂時計を取り出した。

 いたるところに彫刻が施され、柱の部分にドラゴンが巻きついている。紫色の輝く砂がゆっくりと落ちている。普通の砂時計より大きく、ペットボトルくらいの大きさがある。


「魔王は意識だけをこの世界の住人に移して、私の前に現れました。そして、これを私に渡しました。この砂が落ちるころ、私はその世界に現れる。魔王はそう言いました」


 魔王が、この世界に。見てみたい気もするが、本来は今より遥かに強いウサギがこれほど恐れる相手だ。きっと、とんでもなく強いのだろう。警察とか軍隊より強いんだろうか? 魔法と科学、どっちが強いのだろう?


「科学は簡単には魔法に勝てないよ」

「え?」


 なぜかリアルが俺の心を読んだように答えた。


「私も気になってウサギに聞いた。銃や砲弾は物理攻撃と同じ。物理攻撃はいくらでも魔法で無効化できる。ミサイルみたいなおおげさな兵器はそもそも当たらないって」

「そ、そうなのか……」

「はい。結局、魔王とは対決していませんが、おそらく、魔王に対抗できるのは魔法だけです」


 ウサギが悲痛な顔で言う。


「魔王がこの世界に来たら、まず最初に世界中に魔物を放つでしょう。その数、数万。魔物は無差別に破壊と殺戮を行い、世界の人口は半分に減るでしょう」

「ど、どうしてそんなことがわかるの?」

「簡単なこと。私たちの世界がそうなったらです」


 何という説得力。魔法使いもいただろうに、ウサギの世界の住人は半分になってしまったのか……。魔法使いがいないこちらの世界はどんなことになってしまうのだろう。


「は、半分……」

「私が、災厄を連れてきてしまったのです。……ごめんなさい! 無関係なあなたたちの世界を危険にさらしてしまって……!」

「……あと、半年ってところね」


 リアルは砂時計を電気に透かして眺めたり、ひっくり返したりしている。


「リアル! ちょっと! それひっくり返したらダメなヤツじゃ!」

「あのさぁ。私がそんなへますると思う?」

「え?」


 リアルが砂時計をつまんでこちらに差し出す。

 よく見ると、逆さの砂時計から、上向きに砂が流れている。


「この砂時計には魔王の魔法がかかっています」


 ウサギが解説する。魔法の砂時計。そういうことか……。


「昨日から観察してるんだ。すごいんだよ、この砂時計。このペースだと、あと半年くらいで全部落ちる」

「魔王は世界をつなぐ穴を徐々に大きくしている最中です。魔王の魔力と魔法の規模を考えても、半年というのはかなり信憑性が高いと思います」


 私なら十年かかります。とウサギは付け加えた。


「つ、つまり、半年後、世界はほとんど滅びるってこと!?」

「まあ、何もしなかったらそうなるね」


 リアルは相変わらず砂時計をいじりながら言う。

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