(2)魔王の姿
長い杖を目の前に構えると、呪文を唱え、そして解き放つ。
ウサギを中心に一瞬にして光が広がり、暗い部屋が真っ白になった。エルフは顔を背け、ドワーフは目を覆った。
――しかし、変化はそれだけであった。しばらくすると先程となんら変わらない静寂が訪れる。ウサギはすぐに次の呪文を唱え始めた。難しいのは元より覚悟の上だ。パーティのメンバーはその様子を見守るしかなかった。
しかし、何度目かの魔法を使ったところで、ウサギはガクッと膝をついた。
「大丈夫か!?」
パーティが駆け寄る。
実際、ウサギの魔力はほとんど底をつきかけた。ただでさえ、空間魔法は多くの魔力を消費する。ウサギは杖を支えにし、肩で息をしている。
「ウサギ、使え」
エルフが懐から薬の瓶を差し出す。魔力を回復させるエルフの薬だ。
だが、琥珀色の液体は瓶の半分しか入っていない。
「いいえ。それは最後の戦いに残しておきたいのです。なに、少し休めば、回復します」
魔力の回復方法は、体力のそれと大差ない。よく食べ、良く休むことだ。本来ならば一日二日すれば魔力は回復する。急速に回復したい場合にはエルフの薬を使うのだ。
出口の見えない状況だが、幸い、時間はある。消耗を避けて自然回復を待つのが得策というものだ。
もう一回。ウサギは息を整え、意を決すと、もう一度呪文を唱え始めた。
淡い光がウサギを包みはじめる。
そして、閃光が走る。
あっ。
――気づくとウサギは一人真っ白な空間にいた。
「み、みなさん?」
ウサギはあたりを見回す。
そこはどこまでも白く、上も下も、右も左もなかった。
次元の間にでも迷い込んでしまったのだろうか。ウサギはごくりと唾を飲んだ。
「ようこそ、神官様」
突然の声に、ウサギはぎゅっと杖を握り、体を強張らせた。
「なに、そなたと話してみたかったのじゃ。そなたの世界で最も強い魔力を持つ者よ」
振り返ると、そこには小さな女の子が立っていた。
きらびやかな真っ赤なドレスの上に、漆黒の鎧をまとっている。頭には羊のような大きな角が二本。
「あ、あなたは……魔王?」
魔王を追って旅をしてきたが、実際の所、誰一人その姿を見た者はなかった。
旅の途中、魔王の姿に関する様々な噂を聞いた。天を突くような大男だと言う者もいれば、冷たい瞳を持つ華奢な男だと言う者もあったし、翼の生えた妙齢の女という話もあった。
だが、まさかこんな小さな女の子の姿だとは。ウサギは驚きを隠せなかった。
無論、魔族の外見などあてにならない。魔法で姿などはいくらでも変えられる。
「そう、そなたらはわらわを魔王と呼ぶ。わらわの部下たちは、単に王と呼ぶ」
ウサギははっとした。魔界に住む王は、その住民からすれば単に王なのだろう。
「そなたらにとっては災難であったな。我々が突然やってきて、侵攻をはじめた」
「災難……。他人事のように言うのですね。あなたが来たおかげで、私の世界は大変な苦難を受けています。村々は魔物に襲われ、軍はその数を半減させました」
「失礼。その様なつもりで言ったのではない。つまり、わらわも好き好んで戦いを始めたわけではないと言いたかったのだ」
「どういうことですか?」
ウサギは眉間にしわを寄せた。
魔王はしずかに続けた。
「わらわの世界は、滅びかけておる。星の寿命というもののようだ。近い将来に、跡形もなく、一人も残らず消え去る運命にある」
ウサギは、今の今まで魔物がなぜ襲ってくるのか考えたことはなかった。わずかに同情の気持ちが芽生える。
「それは残念なことです。しかし……だからと言って、私たちの世界をお渡しすることはできません。私たちは、私の世界を守らなければなりません」
「正論じゃ。わらわとて、同じ立場であれば同じことをするじゃろう」
この王は何を言わんとしているのだろうか。ウサギは困惑した。
「そなた、噂通り、中々の魔法の使い手であるな。わらわの自慢の部下をことごとく破っただけのことはある。人間にしておくのはもったいない」
魔王は笑った。
「何を?」
「そう警戒するな。この時空にはそなたとわらわのただ二人のみ。何を隠そう、わらわが最も得意とするのは空間の魔法でな。この世界と魔界をつなぎ、全人口を移住させようとしているのだから」
ウサギはその魔法のスケールに戦慄した。確かに、別の場所、別の時間にある空間どうしをつなげるなどと言う芸当は、人間の魔法使いがどんなに頑張ってもできることではない。それは現時点で最強の魔法使いであるウサギとて例外ではない。
この魔王は私に実力の差を見せつけようと、そして戦意を削ごうと思っているのだろうか。
「いやなに、わらわの世界は切迫した状況ではあるが、正直なところ移住先はどこでも良いのだ。この世界はそなたのような強力な魔法使いがいる。そなたを殺そうとも、他にもわらわに歯向かう多くの者がいるだろう。もし、そのようなもの……魔法のない世界があれば、わらわはもっと簡単にその世界を支配することができるであろう」
魔王はウサギを見据えて、笑顔で言った。人間の犬歯の位置に、発達した牙のような歯が見える。
「そなたらは、中々に手強い」
「え?」
「だから――」
そこで、唐突に夢は終わり、目が覚めた。
ウサギはリアルの部屋のベットの上にいた。額にはじわりと汗。もぞもぞと上体を起こす。窓からは冬の柔らかな光が差し込んでいる。
外は静かで、部屋はひんやりとしている。
「記憶だ……」
ウサギはつぶやいた。
この世界に来たときに、直前の記憶がすっぽりと抜け落ちていたのだが、徐々に夢という形で再生されている、ウサギはそう思った。
ウサギは、胸元からネックレスを取り出すと、ぎゅっと握ってからフタを開けた。
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