第4話 奇跡

(1)追い詰める者

 放課後。西校舎四階。

 階段を登り切ったところに、踊り場がある。俺とウサギはそこに隠れて、一つ下の階の踊り場を監視している。


 そこにはリアルと吉村先輩がいた。リアルは朝のうちから吉村先輩の靴箱に手紙を入れ、放課後この場所に来るように指定していたのだ。

 この位置だと、吉村先輩に気付かれず会話が聞こえる。三対一だと身構えてしまうから、とリアルは言った。


「吉村君、今君はとてもつらい境遇にいる。お父さんは病気で、お母さんは無職。君は何かバイトをしているの?」

「してる。けど、そんなのじゃ全然足りない。学校だってあるし」


 話は始まっている。吉村先輩はうつむいたままだ。


「そして犯罪にまで手を染めそうになった」


 リアルがズバリと言う。吉村先輩は両手拳を握りしめ泣きそうになっている。事実だから何も言い返せない。

 追い込むなぁ……。警察に捕まったほうが楽だったかもしれない。


「あ、あんたの目的は何なんだよ……! 俺を強請って、これ以上何を取ろうってんだよ」


 あーあ。そりゃ、そんな風に感じてしまう気持ちもわからなくない。

 リアルは落ち着いている。しずかに、そして力強く言った。


「そんなんじゃないよ。君を助けに来たんだ」

「え?」


 吉村先輩は顔を上げた。目元がキラリと光る。もう泣いている。可愛そうに。


「神様にお祈りすれば、君のお父さんの病気は治る」


 吉村は目を大きく見開き、そしてあきれたような顔をした。


「ば、バカにして……!」


 普通の反応だと思う。俺でもそう言うと思う。


「待って。バカにするのが目的なら、こんな話しない。そう思わない?」


 迫真の演技。意志の強そうな目がまっすぐに吉村を見つめている。

 吉村は一瞬ぐらついた。それが遠目にもわかった。でも。 


「そ、そうか思い出した、あんたは教室で騒ぎを起こした生徒だな! 宗教の信者だとかなんとか」


 それはリアルの話ではなく、正確にはウサギの話だ。でも、もう二年生にまで話は広がっているのか……。


「私はただの信者じゃない。私は神官。神に仕える者。太陽と月の教の神官、磯部リアル」

「神、官……?」

「今の君を救ってくれるのは医者じゃない。それができるのは神様だけなんだよ」


 顔を上げた吉村先輩の顔はやや明るかった……いや、違う。あきらめたような、自嘲しているような。そんな表情だ。


「いや、悪かったよ。あなたの宗教を非難する気はない。きっと親切で言ってくれているんだろう。でも、無理なんだ。だって……俺の父親の病気、末期なんだ」


 末期。ということは、相当重いのだろう。俺は勝手にもう少し軽い病気をイメージしていた。


「まっき、ってなんですか?」


 ウサギが小さな声で俺に尋ねる。


「病気のことはよくわからないけど、末期って言うからにはもう病状がかなり進んでいて、助からない確率が高いってことだと思う。そんな重い病気、魔法で治せるの?」

「ええ。傷でも病気でも、同じことです。病気の強さによりますが、末期といっても体が真っ二つになっているよりダメージは浅いですよね?」


 あの時は苦労しました。とウサギは遠くを見つめながら事も無げに言う。

 真っ二つ……。魔物との戦闘って過酷なんだ……。


「何も心配はいらないよ。神は、信じる者を救ってくれる」

「そんな、信じられない」

「そうでしょう。簡単な事じゃないんだ。信じることは。だから価値があるんだ」

「……」

「ただ何もしないでいるよりは悪くはないと思うけど」


 リアルは巧みに誘導する。吉村はしばらく考え、言った。


「……どうすればいい?」


 やった! 俺とウサギは、無言で腕を天に掲げて顔を見合わせた。吉村先輩は、やっぱり相当切羽詰まっているのだ。普通の状態なら受け入れられなかったかもしれない。その意味では不幸な人を狙ったのは大正解だ。

 リアルはまだ真剣な顔を崩していないが、口角が少し上がっている。


「では、教えてあげましょう、我が太陽と月の教えについて」


 それからリアルは、一通りの太陽と月の教の説明と、祈りの方法を説明した。



◆◆◆



「待ってください。このまま進んでもたどり着けません!」


 ウサギは先行する五人に後ろから声を掛けた。

 天井から下がっているシャンデリアの怪しげな光がパーティの顔を青く照らしている。吐く息が白い。


「どういうことだ!?」


 ドワーフが問う。


「私たちは先ほどからかなりの時間歩いていますが、全く景色が変わりません。多分、この部屋は空間がゆがめられています。見たことも無い魔法です。このままではここに閉じ込められ、飢えて死ぬのが先か、凍えるのが先か、どちらかしかありません」


 ウサギは焦っていた。この魔法を破れるとしたら、神官である自分だけだ。もう一人の魔法使いは呪いと攻撃魔法のスペシャリストで、空間魔法は専門外なのだ。


「ちっ。魔王は私たちが無為に時間を過ごしている様子を見て楽しんでいるのか」


 女剣士が悪態をつく。

 廊下に置いてきたリューカも気になるが、自分達も安心できる状況ではない。ウサギは、いくつかの魔法を試してみることにした。

 幸い、周りに魔物はいないので時間はある。

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