(4)魔法の力
「あいつは今、絵に描いたような不幸の中にいる。負のオーラもバンバン出ている」
確かに見るからに不幸だけど……。
「あいつを太陽と月の教が救うんだ。そうすれば間違いなく信者になる」
「つまりそ、それって不幸につけ込むみたいなことなんじゃ……」
「そう」
「お前なあ……」
「それが何か?」
リアルは心底不思議そうな顔をする。この人は人を平気で殴ったり、人の不幸に平気でつけ込んだり……。どこか大事なものが欠落している感がある。
「カルト教団やあやしい宗教も同じ手口を使う。なぜだと思う?」
「ええ……。わかんないよそんなの」
「効果があるからだよ。誰も知らない宗教をすすめようって時、正攻法で入信してください! なんて言って入ると思う?」
「……いや」
「でしょ? マイナーな教団がこの方法を使うのは、効果があるからなんだ」
「理屈はわかるよ、だけどなんか人の弱みにつけ込むのは……」
「じゃあ、何? 医者は病気の人につけ込んでいるから卑怯なの?」
リアルはあきれた、みたいなジェスチャーをして、俺に冷たい視線を送る。論理的ではあるから何も言い返せない。俺は思わずウサギに助けを求めた。
「う、ウサギ! こういうのってどうなの? その、太陽と月の教的に」
「困っている人を救うのは私達の役目ですが……」
ウサギも迷っているようだ。
「ということで! ウサギ! 頼むね!」
ウサギの反応を無視してリアルはウサギの肩を抱く。ウサギは縮こまり、怪訝な顔でリアルの顔を覗き込んでいる。
「私たちは、奇跡を起こすんだ」
「奇跡?」
「そう!」
奇跡って、なんだ?
「世界の宗教にはよく奇跡の描写が登場する。宗教の創始者が病気の人を治したり、食料を与えたり、勝てっこない戦争に勝たせたり、絶体絶命の危機から脱出させたり。水の上を歩いたり、死んだ人を蘇らせたり、どう考えても事実ではなさそうなことまで書いてあるんだけど、全部本当に起こった事実として経典に載ってる。世界中の宗教は、そうやって奇跡を起こしながら信者を増やしていったんだ」
リアルは、そこで一旦言葉を切って続けた。
「そして、今、私たちは奇跡を起こすことができる」
「それってつまり……」
俺はようやくリアルの言いたいことに気づいた。
「魔法で、あいつのお父さんの病気を治す!」
やっぱり!
「できるでしょ?」
リアルはウサギに問う。ウサギは困ったような顔をして、少し考えてから言った。
「……治すことは、できます。ですが、魔法はそういうものではありません。私たちが魔法を使うのは、神聖な目的がある場合だけです。皆の病気や怪我を直していたのではキリがありません。私たちの世界にも医者がいて、病気を治すのは医者の役目です。それに――」
「それに?」
「それに。それは魔法の力であって、つまり何というか、本当の奇跡ではないじゃないですか。太陽と月の教にも奇跡の記述はありますよ、でも……」
「固いこと言わない!」
リアルはウサギの方をばんと叩いた。そして空を見上げて言う。空には雲が一つもない。真っ青な空だ。
「彼が一生懸命に祈った結果、奇跡が起こってお父さんの病気が治るんだ。そうしたら、彼は絶対に太陽と月の教を信じる」
俺は、リアルの性格をだいたい知っている。大抵の場合は、面白いから、それだけがこの天才の行動原理だ。面白いから校庭に石灰で巨大なバツ印を描き、面白いから朝礼のマイクに細工をして教師に変な声を出させる。面白いから髪を染め、面白いから教師に反抗する。
でも、今回は何か違う気がする。リアルは、何をやろうとしているんだ?
ウサギは少し考え込んでいたが、ようやく顔を上げた。
「わかりました、やってみましょう」
え? ウサギ、いいのかよ。
「私の魔法は、神から授かったもの。だから、私の力は神の力ともいえます。神の力を苦しんでいる彼のために使うことに何も悪いことはない……と思います」
やりましょう、とウサギはもう一度言った。自分に言い聞かせてるように。
◆◆◆
「一、二の三で飛び出すぞ。最後の部屋はここを出て右に進んだ突き当りにある。魔物にはかまうな、消耗を避けろ! 全員でたどり着くんだ!」
リューカは、他のメンバーに向かって言った。
パーティはウサギに加え、剣士のリューカと女剣士、エルフが二人と魔法使いが一人、それにドワーフが一人。一同、緊張した面持ちで武器を構え、重い木の扉を前にしている。
「ふはは! さあ行こうぜ、これが最後の戦いだ!」
静寂を破ったのはドワーフだ。鼻息荒く、大声を出す。
「最後まで下品なこと! 最後の間にたどり着いたとき、欠けているとしたらそこのドワーフでしょうね」
エルフがドワーフを煽る。
「いや、欠けるならお前だ」
「何を」
「ちょっと、こんな時まで何やってんのよ」
二人のやり取りを、女剣士がたしなめる。
「ぷ……はは!」
魔法使いが噴き出すと、他のメンバーにも笑みがこぼれた。一気に緊張がほぐれた。そして、お決まりのやり取りもこれが最後かもしれない、全員がそう思った。
機は熟した。リューカは腹に力を込めて言った。
「行くぞ! 一、二……」
三の声と共に、ウサギが魔法を放つ。扉が吹き飛び七人は一斉に飛び出した。
吹き飛んだ扉と壁の間に魔物が挟まれている他、廊下には何匹かの魔物。人間より一回りほど大きい、戦士タイプ、ドラゴンを引き連れている魔物の姿もある。
魔物からしてみれば、ウサギの一行は爆発と共に突然廊下に現れたように見えたはずだ。混乱する魔物の間をすり抜けて、一行は廊下を駆け抜ける。
漆黒の石畳を蹴り、廊下の両側に並ぶまがまがしい彫像の数々を通り過ぎる。
そして、一行はついに扉まであと一歩のところにまで到達した。
リューカが扉に手を伸ばす。
だが次の瞬間、リューカは宙を舞った。
扉横の壁のくぼみで待ち伏せていたドラゴンから襲撃を受けたのだ。
ドラゴンはリューカの右腕に噛みつき、そのまま顔を振り上げた。リューカは苦悶の表情を見せたまま、振り回されている。
「リューカ様!」
ウサギが悲鳴を上げる。
「行け! 俺にかまうな! 魔王は! そこだ!」
ドラゴンを横目に、女剣士が扉を開け放つ。
ドワーフとエルフがウサギの両脇を抱え、そのまま最後の部屋に踏み込む。続いて他の者も雪崩れ込む。しんがりの魔法使いが部屋に入ると、待ち構えていたドワーフとエルフが重い扉を閉めた。
魔法使いが扉に封印の魔法をかける。
静寂。
「リューカさまああぁぁぁ!」
一瞬の出来事であった。
リューカを救出している暇はなかった。かといって再び扉を開け放てば、ドラゴンをはじめ、他の魔物が襲ってくるだろう。この段階での消耗は死を意味する。一行にできるのは、リューカが切り抜けてくれることを祈ることしかない。
そのことはウサギも理解している。だから。ただ。あきらめるしかないのだ。
ウサギの嗚咽と、他の者の荒い息だけが、広い部屋に響く。
吐く息が白い。
その部屋は異常に寒かった。暗くて天井は見えないが、あやしい青い光を灯した燭台が天井からいくつも吊り下げられている。奥は見えず、外からは想像もつかないほどに広い。
何らかの魔法で空間がゆがめられているようだとウサギは直感した。
「ようこそ」
突然、部屋に不気味な声が響いた。
「さあ、もっと近くに。勇敢な戦士たちよ。わらわに、その顔をよく見せておくれ」
「ま、魔王か……!」
女剣士が素早く体勢を立て直し、剣と盾を構えてじりじりと進む。
ウサギも、涙をぬぐって、進む。
リューカ様、どうか……ご無事で。
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