(2)裁判官は罪を裁く専門家、警察は罪人を捕まえる人、神官は
羽鳥神社はこのあたりでは一番大きな神社で、お祭りの時や正月には参道が屋台で埋まり、にぎやかになる。晴れ着姿の人や、明るいダウンコートを着た人たちや子どもたちが、好きなように食べたり飲んだりしている。空はぽかんと青く、いかにも正月って感じだ。ただ、時折吹く風は心底冷たい。
さっきまで温かい部屋でぬくぬくしていたのに。俺はリアルに半ば強制的に呼び出され、この寒空の下にやってきた。
しかし、鳥居のあたりに来てくれと言った当の本人が、いない。
きょろきょろしていると、向こうの方にピンク色の塊が見えた。
「おーい!」
リアルが向こうで手を振っている。
俺は人混みをかき分けながら近づいた。
ピンクだ。
リアルはピンク色の着物を着て、ピンクの下駄をはいていた。頭からつま先まで全身ピンクである。そしてそのやや後ろにはウサギが赤い模様の真っ白な着物を着ている。それこそウサギの尻尾のようなふわふわしたファーに顔をうずめている。
紅白……めでたそうな人たちだ。案の定、道行く外国人に声を掛けられ、記念写真を撮ったりしている。一体何をやっているんだ。
「君らちょっと目立ちすぎなんじゃないの?」
「なにか? 華やかでいいでしょう? お正月くらい。あら、君は地味ね」
「うっさいよ」
俺は急に呼び出されたからほぼ着の身着のままだ。部屋着にダッフルコートを羽織ってマフラーを巻いている。
「で、何の用なの?」
「え? 初詣だよ」
「え?」
てっきり布教活動とか何か重要な用事があるのかと思っていた。
「楽しいです! 初詣。私の世界にはこのような習慣はありませんでした。こんな食べ物も! 見て下さい! 宝石みたい! これが食べられるんですよ、うふふふふふ」
ウサギは目を輝かせて、りんご飴を光にかざしたり手元で眺めたりしている。よく見るとリアルもピンク色の綿菓子を持っている……完全に楽しんでるだけじゃないか。
「用事がないなら帰るよ、寒いし」
「まあまあ、せっかく来たんだからお参りでもしてきなさいよ、これからの布教活動の成功を祈って」
「他の神様に宗教の成功を祈るってどういうことなんだよ……」
「あ、やきそば!」
リアルはやきそばの屋台に惹かれて行ってしまった。全然俺の話は完全スルーです。
リアルは袋を二つぶら下げて戻ってきて、あっちで食べよう、と言ってさっさと先を行く。
俺たちは、にぎわう参道を抜けて、静かな社の裏手のほうに歩いた。裏手は松の林のようになっており、子どもたちが木の間を縫って走り回っている。
「そういや、信者第一号は見つかったのか?」
「うんにゃ」
リアルはやきそばの袋と綿あめの袋をぶら下げて、他人事みたいに言った。
「もう作戦は考えてあるんだ。後は役者を探すのみ。でも、なかなかいないものね、絵に描いたような不幸な人って」
「不幸な人? リアル……いったい何を探してるんだ?」
「まあ見てなさいって」
この人は、何を考えているんだろう。
「わああぁぁっ! だれかぁ!」
その時、参道の方から叫び声が聞こえた。この位置からは社の陰になって参道は見えない。
「ど、泥棒だ!」
泥棒?
「泥棒なんて珍しいね」
「泥棒……!」
リアルは暢気なことを言っているが、いつもほわほわしているウサギが、見たこともない険しい顔をしている。思わず俺は尋ねた。
「どうしたの、ウサギ? 怖い顔して……」
「すみません、私の出る幕ではないと思いながらも……犯罪者を捕え、罰を与えるのは私たちの世界では神官の役目なので、気になってしまって」
「へえ!」
リアルが身を乗り出す。
「それってつまり、裁判官とか警察の仕事も、神官がするってこと?」
「さいばんかん? けいさつ?」
ウサギは一瞬不思議そうな顔をしたが、すぐに思い至った。
「ああ! 教科書に書いてありましたね。裁判官は罪を裁く専門家、警察は罪人を捕まえる人ですね」
「そうか! ウサギの世界には該当する職業がないんだ」
リアルが感心する。
「そう、それらは全て神官の役目です。犯罪とは、神に背く行為。背いたものには厳罰あるのみ。だから私たち神官は攻撃魔法も使えるのです」
俺たちが他人事のようにそんな話をしていると、社の陰から何人かの人が叫びながら飛び出してきた。それを追うように、一人の男が飛びがしてくる。
黒のジャンパーにジーンズ。マスクをしているので顔は全部わからないが、体型や身のこなしからそんなに年を取っているようには見えない。むしろ若く見える。左手には小さな緑色の金庫、右手に……包丁を持っている。
あれが泥棒か。本物の泥棒なんて初めて見た。泥棒って、思ったより泥棒らしい格好をしているんだな――。あまりに現実離れした光景に、俺の思考は完全に止まっていた。
その男は俺たちを見つけると、こちらに進路を変えた。
え? 何でこっちに?
男が走り込んでくる。俺との距離はあっという間に短くなる。
男と目が合った。遠目で見るより若い。もしかして同い年位かもしれない。早く逃げなければ。そうか、俺を人質にでもするつもりだな? 逃げなければ。体が、動かない。逃げ……られない!
男はもう目と鼻の先だ。男の左手が伸びる。右手には包丁が光るーー。
その時、オレンジ色の閃光が俺の横をかすめ、一直線に男の腹部に到達した。男の体はくの字に曲がって宙を舞い、弧を描いて飛んで行く。そして向こうの大きな松の木の中腹に激突し、どさりと落ち、それから動かなくなった。
俺はゆっくりと振り返る。
そこには、右の手をまっすぐに男の方へかざしたウサギがいた。瞳の奥にオレンジ色の鈍い光が見える。ああ、これ、魔法だ。攻撃魔法。
しかし、ウサギの目は宙を泳ぎ、へなへなと地面にへたり込んだ。魔力を消費したからだろうか? 魔法のことはよく知らないが、そんなに消耗が激しいのだろうか……?
周囲にはまだ人が少なく、一連の出来事を目撃した何人かがそわそわと遠巻きに囲んでいる。
「ユウ、ウサギを連れて来て。ここを脱出するよ」
「え?」
突然そう言うと、リアルは俺の横を過ぎ、つかつかと歩いてゆく。松の木の根元でぐったりしている男の胸ぐらをつかんで立ち上がらせると、頬に平手打ちをして、ひきずるようにして神社の裏手にある門から出て行った。
え? リアル? 何してんの……? もしかして知り合い?
周りの人たちは何が起こったかわからず、リアルと男の行方を目で追うばかりだ。俺も同じで、リアルの行く先を目で追う事しかできない。
社の陰からぞろぞろとガラの悪い集団が現れると、辺りをきょろきょろと見回っている。集団の一人、赤いシャツを着たサングラスにパンチパーマの男が、ライフルを持っている。ライフル!?
冬だというのにアロハシャツを着た大柄の男は、エプロンを着けてお玉を振りかざしている。金髪にピアス、どくろTシャツのおばちゃんは金魚すくいのポイを両手に持っている。どうも屋台をやっている人達らしい。
ライフルはよく見ると射的の銃だった。
「あ!」
アロハシャツの男が松の木の根元に落ちている金庫を見つけて、駆けつけ、拾い上げた。そしてそのまま近くにいた女の人と何やら話をしている。
その女の人がこちらを指さす。
このとき、遅ればせながらようやくリアルの言った意味がわかった。これが脱出か!
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