(6)太陽と月の教
「太陽と月にはそれぞれ役割があります。太陽は昼間を照らして植物を育て、植物を小さな動物が食べ、大きな動物が小さな動物を食べる。太陽は命をつなぎます。月は夜を照らし、生き物に安らぎを与え、命を育みます。どちらにも大切な役割があり、どちらが優れているという類のものではありません。同じように、私たちにはそれぞれ役割があります」
流れるような説明。ウサギの声は清らかで心に響く。さすが本職の神官だ。パジャマのふりふりの揺れさえも、神聖なものに映る。
「だから私たちは、生まれながらに役割を持っています。その役割を果たすため、短い人間の一生の中で、互いに尊重し、自由に生きることが許されています。すべきことは、働き、学び、祈ること。してはならないのが、嫉妬、差別、欲望に溺れること、自制心を失うこと」
なるほど。素直に聞くとなかなか良いことを言っているように聞こえる。宗教と聞くと反射的に反発してしまうけど、本来は悪いものではないのだし、偏見は捨てなければならないのかもしれない。
「私たちの神は太陽と月です。世界を作った男女の神は、空に昇り、月と太陽になって私たちを見守っています。だから私たちは正午と夜中の十二時に太陽と月に向かって祈りを捧げるのです」
そしてウサギはひざまずいて腕を羽のように広げる。しばらくの静寂の後、ウサギは頭を上げた。
「人間は太陽と月の間を白い鳥に乗ってめぐっています。その様子を模したのがこの祈りの姿勢です」
奇妙なポーズも、理由がわかれば納得ができる。やっぱり鳥の姿だったのか。
リアルがぱちぱちと拍手する。
「いいねぇ、ウサギ。太陽と月の教。いい!」
「まあ、なんかいいよな」
俺もリアルに同調する。
「君、わかってないでしょ?」
「え? いや、何となくいいなと……」
リアルが何故か俺を責める。俺は感想を述べただけなのに。まあ、わかっているかと問われると自信はないけど……。
「しょうがないなぁ。太陽と月の教はね――」
そう言うとリアルは、自分だって今日初めて知った太陽と月の教の解説をはじめた。
リアルによると太陽と月の教は、自然宗教に分類されるそうだ。自然宗教というのは、自然を崇める原始的な宗教のことを言うらしい。
科学の発展していない時代には、雷や嵐といった天候の変化や天体の運行は、神の力の現れだと捉えられた。豊作を神に感謝し、干ばつの時は祈った。
「ギリシャ神話のゼウスは雷の神様。日本のアマテラスは太陽の神様。エジプトのラーも太陽神。世界中に自然を人格化した神がいる」
そう言われて俺は雷の鳴る嵐の日を思い出した。雷は広い空を一瞬で白く染め、大きな音は窓を震わせる。俺たちは雷は強烈な静電気だと知っているが、科学を知らなければ雷が神の怒りだと言われたら信じてしまうかもしれない。
「太陽と月の教は自然宗教として生まれ、発展して生死感と結びついたんだと思う。ほら、エジプト神話では夜は死後の国で、昼は生の国。その間をボートに乗って人間は行き来する。太陽と月の間をめぐる白い鳥と似ているでしょ」
でしょ、といわれてもエジプトについて知っていることはピラミッドとスフィンクスくらいで神話なんて知らない。でも博学なリアルが言うのだから正しいのだろう。
「シンプルなものは万人に受ける」
「まあそりゃそうだ。何て言うか、ご飯やパンは誰でも食べる」
我ながら卑近な例しか出てこない。でもそういうことだよな?
「バカっぽいけどなかなか的を得てる」
一言余計だろ。
リアルはうんと頷いた。そしてウサギに向き直って言った。
「ウサギの宗教が難しいものだったらどうしようかと思ったんだ。何とかの民しか受け入れないとか、厳しい修行を必要とするとか、あれを食べちゃダメ、これがダメとか。禁止事項が沢山るわけじゃなかった」
「ええ、太陽と月の教は誰でも歓迎します」
「つまり、それって布教しやすいってことだよ」
そう。布教。ウサギが今朝の事件のあと心に誓ったのは、この学校、この世界に太陽と月の教を布教することだった。リアルに布教しやすいとお墨付きをもらって、ウサギは嬉しそうに微笑む。
「この国には信仰の自由があると教科書に書いてありました。憲法二十条、信教の自由は、何人に対してもこれを保障する。すばらしい国です」
「ウサギ、よく覚えてるな」
俺は驚いて言った。だって日本人の俺だって憲法の条文までは暗記していない。
「ウサギはこの土日で、うちにあった小学校から高校の教科書までを順番にずーと読んで、だいたいのことは理解しちゃったんだ。主席神官様ってのは偉いよ」
昨日今日読んだ憲法を暗記しているくらいだから、一通りのことは理解してしまったに違いない。二人ともレベル高い……。自分の無能が情けなくなってきた。
「でもさ、ウサギ、どうやって布教する気?」
「ええ。やはりこうして一人一人に丁寧にお話をして……」
「ダメダメ! そんなんじゃ!」
「へ?」
突然の全否定にウサギは目を丸くしている。
「私たちの国には確かに信仰の自由がある。だから信仰がある人も沢山いるけど、それよりも多くの人が宗教を信じていない。それどころか、ちょっと気持ち悪いと思っている人もいる」
「そ、そうなのですか! ユウもそうですか?」
「――う、うん。ごめん、でもそれが普通の感覚だと思う」
俺だって墓参りに行くし、神社に行けば賽銭のひとつくらい投げる。クリスマスも祝うし初詣でも行く。だけど、心から信じているかといえば全然そんなことはない。むしろ、何となく宗教は怖いというイメージを持っている。
家に勧誘に来る暗い顔をした人。街でチラシを配っている笑顔の人。教団を自称する集団が起こした犯罪。そんな記憶を積み重ねているからかもしれない。
「だから、正攻法じゃ日が暮れちゃうよ。それどころか永遠に不可能!」
「不可能!」
うーん、とウサギは唸って倒れそうになりながら、やっとのことで留まった。
「だから! 作戦は私に任せて! 私も布教する!」
「え? え! ええ、かまいませんが!」
ウサギは困惑している。俺だってそうだ。
「え、リアルが布教? なんで?」
リアルは、決まってるでしょと前置きをしてから、満面の笑みで宣言した。
「面白そうだから!」
この人は……。
リアルの行動原理は基本的に面白いかどうかだ。面白ければ何でもやるし、つまらなそうならどうやってもやらない。校則がいい例だ。
しかし俺は気付いた。リアルの口の端が上がっている。
この顔は、何かを企んでいる顔――。
「おっと、君。関係ないみたいな顔してるけど、一緒にやるんだからね。こうなると思って一緒に聞いてもらったんだから」
「ええ……」
もうこうなったら止められない。仕方ない、乗りかかった船だ。
「まずは、信者第一号を探そう!」
それからリアルはしばらくの間、休み時間は決まってどこかに出かけた。放課後もその活動は続き、俺はよく一人で帰った。
そんなことをしていると、あっという間に今年が終わった。
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