(2)パンツの英雄
確かに校則には下着は白と書いてある。だけど実質無意味な校則だと思っていたし、さすがにそれで追及されたという話も知らない。だって確かめようがないではないか。
「何言ってんの?」
リアルが見下したような顔で春日を見ている。しかし、春日は威圧的な姿勢を崩さない。
「見たきゃ見れば?」
学校でそんなことが許されるのか? さすがにやり過ぎだ。俺は怒りで震えた。しかし、どうすれば……。
春日の手がリアルのスカートに伸びる。
その時、唐突にウサギが口を開いた。
「リアルに指一本触れてみなさい。あなたの命はない」
凛とした声が響き渡る。
春日は目を見開く。よく見ると、脂汗をかいている。
魔物との戦いで実際に命のやり取りをしてきたであろうその声には、鬼気迫るものがあった。ウサギの瞳の奥に真っ赤な光がわずかに生まれ、周りの空気が震えている。口の中で何かをつぶやいている。
きっと呪文だ! ウサギの言葉は脅しじゃない! 俺の中の野生の勘が告げている! あの魔法が当たれば春日は死ぬ! 春日はムカつくが、殺してしまったら大変なことになる! 俺はとっさに春日とリアルの間に割って入った。
そして、ズボンを下ろした。
「先生! すみません! 俺! 柄パンツでした! 今気づきました!」
事実、俺のパンツはネコチャンがプリントされている。
春日も抜いた刀の収め先を探していたようで、俺の提案をあっさり受け入れた。
「なに! そうか! おまえ! ダメじゃないか! 明日から白にしろ!」
「はい……! さあ行こうリアル、ウサギ! あ、先生この生徒は転校生です!」
「お、おう!」
おう! じゃないよまったく! ウサギは人を殺しそうな顔をしているし、リアルは無表情のままだ。俺は……まさかネコチャンを公衆の面前で披露するとは思わなかった。
俺はリアルとウサギの手を引っ張ってなんとかその場を脱した。
前庭を過ぎ、アーケードをくぐって校舎に入る。
「ぷっ!」
リアルが唐突に噴き出し、笑い出した。
「……リアル、何ですかあの教師は。私ははらわたが煮えくり返りました。あれほどの侮辱があるでしょうか」
「いや、あの体育教師はやらされているんだよ。黒幕は鈴原。後ろに立ってたいやな女」
「ああ、あの……!」
「副校長なんだよ、この学校の」
「……」
ウサギは胸の前で両手をぎゅっと握り、険しい顔をしている。
「鈴原は私を目の敵にしているんだ。校則破りまくるから」
下駄箱で靴を履き替える。リアルが自分の靴を履きながら、リュックサックからスリッパを出してウサギに渡す。
「内履き。今日購買で買うから。それまでスリッパにしてね」
しかし、ウサギはスリッパを握りしめ、宙を見つめている。
「リアル、この学校が特殊なんですか? それとも、こちらの世界ではあんな侮辱がまかり通るんですか?」
「まあ、うちの学校は特殊だけど……あるよね。パワハラ、セクハラ、いじめに差別、そんなのは山ほど。ウサギの世界にはないの?」
「無くはないですが……私たちはみな同じ神を信仰していますから」
「そっか」
リアルは関心なさそうな顔でかかとを靴に押し込んでいる。
「リアル、ユウ。私、この世界でやるべきことができました」
いつの間にかウサギは俺たちの方を見ている。
玄関を冬のひんやりとした空気が満たしていた。
◆◆◆
転校生ウサギは無事クラスに迎えられた。
席は一番後ろ、俺とリアルの間だ。この席になるようにリアルが裏工作をしたに違いない。
朝の騒動はあっという間にクラス中に広がっていた。転校初日に体育教師に見事な啖呵を切ったリアルの双子の妹ということで、ウサギはすぐに注目の的になった。
「ねえ! ウサギちゃんの国はどんなところだったの?」
休み時間、おしゃべりな女子が囲む。
ウサギはこの間まで留学していたという設定になっている。
「私の国ですか。山々に囲まれた自然豊かな国でした。雪を冠した山々、清らかな清流、花が咲き誇り、高原の風が吹く。美しいところでした。名はありゅーとれるむ・ろらこれむ……」
そこまで言ってウサギはハッと両手で口元を抑えた。
女子たちは聞き慣れない発音に豆鉄砲を食らったよな顔をしている。すかさずリアルがフォローに入る。
「この子、海外が長いからたまに現地語が出ちゃうんだよね」
わぁ、と女子たちは羨望の眼差しでウサギを見る。ウサギは赤くなって縮こまる。
「かわいい~!」
小動物をかわいがる感じなのだろうか。女子の感覚はわからない。
「でもさ、磯部さんに妹がいたなんて初耳だよ」
一人がリアルに鋭い質問を投げかける。俺はボロが出ないか気が気じゃない。
「そうだよねぇ。私もこの前まで知らなかったんだよ。先週、両親から知らされてさ」
そんな設定あるか。
「へえ!」
「私のお母さんが海外で出産して、そのまま、向こうに住んでる親戚が育ててたんだって」
よくもまあ、ペラペラと嘘が出てくるものだ。しかしリアルの話しは妙に説得力があるから困る。演技力があるというかなんというか。
「嘘をつくには自分が信じ込むことだね」
そういえば、以前さらっとそんなことを言っていた。
「よー! 朝はご活躍だったみたいだな」
小学校からの友人、小野寺が俺に話しかけてくる。くるっとした癖っ毛で、いかにも明るそうな大きな目と大きな口。見た目通りの能天気な性格。
小野寺は隣の空いている椅子に背もたれを抱えて座る。
「磯部姉妹を救ったパンツの英雄だ」
「や、やめろよ、なんだよパンツの英雄って……」
「涙ぐましいねぇ、愛するリアルちゃんのために体を張るその心意気」
「お前なあ。リアルは家が近いだけであって……」
「リアルちゃんはなあ、お前にしか心を開かないんだぞ」
「そ、そうかぁ?」
まあ、そういう所はある。リアルは明るく社交的だけど、基本的には単独行動だ。でも俺とはよく昼飯も食べるし一緒に帰る。理由はわからない。
「俺が誘ったって、うまく流されちゃうんだから」
そう言って小野寺はリアルに手を振る。女子たちとしゃべっていたリアルは、小野寺に気づいて笑顔で手を振り返す。このコミュ力。
「かまってくれてるじゃん」
「いや、ここまでだよ。これ以上は無理」
小野寺はがっくりと肩を落とす。
「リアルのどこがいいんだ?」
「あのミステリアスな感じがいいんじゃないか。光と影を両方持っているというか。まるで太陽と月が同居しているようだ。わかってねえなぁ」
「何上手いこと言ってんだよ」
ふうん……。リアルは楽しそうにクラスメイト達としゃべっている。まあ文句なしの美人だし才女だけど。でもなあ……。
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