第2話 学校 

(1)リアル VS 体育教師春日

 俺たち三人は検査の列の最後尾に並んだ。

 校門の前には会議机が置かれ、向こう側に教師が並んでいる。腕を組んで一様に難しそうな顔をしている。

 生徒たちは順番にカバンの中身を見せ、その場で一回りする。教師達はその様子を偉そうにチェックするのだ。


「そんな!」


 突然、女子生徒の悲鳴のような声が聞こえた。

 列から顔を出して前方の様子を伺うと、どうやら教師と女生徒が言い合いをしているようだ。女生徒は会議机の前に立つ体育教師、春日に向かって抗議をしている。春日は短髪で色黒、目はぎょろっとしており眉毛は濃い。赤いジャージが筋肉で盛り上がっている。


「この前は良いって言ったじゃないですか! この髪の毛は私の生まれつきです!」


 女生徒はそばかす顔でハーフっぽい顔立ち、小柄で肌が白い。知っている顔ではなく、学年もクラスもわからない。髪を染めているのではないか、と疑いをかけられているみたいだ。確かにその子の髪色は茶色がかっている。でも、不自然ではなく、本人の言う通り地毛のように見える。


「いや、ダメだ。ダメなものはダメだ」


 春日は高圧的に言う。その割に目は泳いでいるんですが。


「どうしてですか!」


 女生徒は引き下がらない。

 彼女のことは知りもしないが、嘘をついているようには見えない。

 春日は返答に詰まって、口をつぐんで横を向いてしまっている。春日の後ろに並んでいる教師たちも、そっぽを向いている。なんだこれ……?


「あなた。診断書は?」


 沈黙を破り、女生徒でもない春日でもない、女性の低い声が響く。

 女生徒の後ろに、いつのまにか副校長が立っていた。

 その声の裏には、高圧的な響きが感じられる。

 鈴原裕子。過去にいくつかの学校の改革を成し遂げたということで、鳴り物入りで海原高校にやってきた副校長だ。

 鈴原が力を入れているのが、校則違反の厳しい取り締まりだ。それによって生徒の質が向上し、成績が上がり進学率が上がる、というのが鈴原の説だった。

 真っ黒な髪を几帳面に真ん中で分けて後ろで結び、白のブラウスに地味な色のパンツスーツ。顔には完璧ともいえる人工的な笑顔をぴったりと貼り付け、うすいピンク色の金属フレームの眼鏡のその奥には、細く鋭い目が隠れている。


「診断書?」

「どうして今までこの生徒に伝えていなかったのですか?」


 鈴原は女生徒をまっすぐ見たまま、春日に向かって言った。春日は直立不動のまま口をパクパクしている。教師たちも鈴原に逆らえないのだろう、やらされている感がすごい。

 それから鈴原は女生徒に向かって諭すように言った。


「診断書というのは、あなたの頭髪が地毛だという証明書よ」

「あ、ありません、そんなの……。だって地毛だし」


 静かな威圧感に、女生徒は先程よりもだいぶトーンダウンしている。


「明日までに染めてきなさい。今日は、帰ってよろしい」

「え?」

 

 鈴原は言い切ると、踵を返し、少し距離を取った元の位置で腕を組んだ。まだ登校時間なのに帰れとは……!


「なんですか? あれ?」


 その様子を見ていたウサギが眉をしかめる。初見なら誰でもそう思う。


「いや、まあ。こんな学校なんだよ……」


 俺はウサギに曖昧な回答しか返すことができなかった。俺たちは従うしかないのだ。他の教師たちは下を向いてしまっている。無論、列に並んでいる生徒も同じだ。リアルは飄々とした顔でその様子を見ている。

 女生徒は青い顔をして、無言で俺たちの横を通り過ぎて行った。

 また一人、鈴原の被害者が増えた。俺たちは、頭髪や服装に持ち物、どこに文句をつけられるか、毎日ビクビクしながら学校生活を送っているのだ。

 前に並んでいた何人かが検査を通り抜け、俺の番になった。

 何も違反していないとはいえ、検査となると緊張してしまうのが人間というものだ。

 我ながらぎこちない手つきでバッグを開け、潔白を証明する。髪の毛は黒だし、派手な髪型でもない。寝ぐせも抑えてある。ブレザーの前は絞め、学校指定のダッフルコートを着ているしマフラーも黒だ。

 俺はその場でくるりと回った。


「よし」


 春日が偉そうにOKを出す。何がよし、だ。さっきまで鈴原にビクビクしていたくせに。

 しかし問題はリアルとその次のウサギだ。


「まて! おまえ、その髪は何だ!」


 俺が一歩進むと、後ろにいたリアルにさっそく春日が攻撃を始める。まあ、今回に限っては言いたくなる気持ちはわかる。正直、俺だってそう言いたい。


「地毛です」


 うわー! リアルは笑顔で言い切った。

 俺は鈴原をちらりと盗み見た。変らない笑顔。先程と同じ姿勢でじっとリアルの方を見ている。不気味なことこの上ない。

 春日はわかりやすいターゲットに語気を上げる。先程の様子を見てしまったから、鈴原にアピールしているようにも見える。自分はちゃんと副校長の指示に従っていますよ、言いつけを守っていますよ、という感じだ。


「そんな地毛があるか!」


 リアルは、ダウンのポケットから、四つ折りの診断書を取り出し、広げてから、文字通り春日の顔面に突き付けた。


「診断書。私は先天性随意色素転換症という十億人に一人の病気のため、この髪色になってしまいました。また色が変わるかもしれません。そういう病気なので」


 春日は目を丸くして、奪うようにそれをつかむと内容を検めた。しばらく読んでいたが、やがて姿勢を正し、威厳を見せるようにゆっくりと畳んだ。それから、ちらりと鈴原を見た。鈴原の表情は変らない。


「髪色についてはわかった」


 通った! 診断書の威力は絶大だ!

 しかし、追及はそれで終わりではなかった。


「だが、その服装」

「服装についての診断書はもう提出しています」

「それは知っている。しかし、下着はどうだ」


 え? その場にいた全員が耳を疑った。 

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