(4)双子の妹
その後、俺はすぐにリアルの家を追い出された。まあ、女の子の家は落ち着かないからいいけど。
「ウサギの事は任せて!」
とリアルは言っていたが、大丈夫なのだろうか。
北風が吹く暗い夜道をとぼとぼと家に帰ると、両親がリビングで待っていた。テーブルの上には一人分のクリスマスのご馳走。壁にかけてある時計は八時半を回っている。
しまった。完全に忘れていたが、今日はクリスマスだった。我が家はいつも家族で食事をするのだが、一人息子の帰りが遅いので両親は先に食べてしまったようだ。
父はソファーでスマホをいじっている。頭にはカラフルな三角の帽子が乗っている。母はサンタの服で床に寝転がってTVを見ている。イベント事になると、いつまでも子どものようにはしゃぐ両親なのだ。
……なんだか申し訳ない気持ちがこみあげてきた。
「た、ただいま」
父と母が一斉にこちらを向く。
二人その顔は……笑っている。
「いやあ! おめでとう! ユウ君!」
「よかったねぇ! 彼女ができた!?」
「な、何言ってんだよ、リアルとしゃべってただけだよ」
「リアルちゃんかぁ! ユウ君にはもったいない!」
二人で、クリぼっち終了! と言ってクラッカーを鳴らす。
両親はリアルを知っている。朗らかに挨拶するその姿を見て、ただの気立て良いお嬢さんだと思っているだろう。
クラッカーの紙テープがゆっくりと顔にかかる。申し訳なく思った俺がバカだった。俺の親はどこまでも能天気なようだ。
こうして俺のクリスマスは終わり、土日は極めて平凡に終わった。
◆◆◆
月曜日。毎週月曜日は服装と頭髪の検査が行われる。無違反の俺でも憂鬱になる。誰だって全身じろじろとチェックされるのは嫌なものだ。
俺は中学、高校と私立海原高校に通っている。中学の時は明るく平和な学校だったが、今年、新しい副校長が赴任してきてからは一気に雰囲気が変わった。
生徒たちの表情は暗く教師たちの目は鋭くなり、ぎすぎすした空気が校内に漂うようになった。
宿題やテストが多くなり、勉強量が増え自由な時間が減った。学校の進学率を上げたいらしいことは俺たちにもわかった。それだけならまだいいが、校則が異常に厳しくなった。
世の中に法律があるように、学校には校則がある。でも、それは形式上のもので、ちゃんと読んだことがある学生はどこの学校でも多くはないのではないだろうか。
だが、新しい副校長は、校則を厳格に守らせ始めた。
たとえば、女子のスカート丈はひざ下五センチで長くても短くてもいけない。男子はブレザーのボタンを開けっ放しにしてはいけない。当然、シャツは第一ボタンまで留めなくてはいけない。当たり前のように髪は黒。整髪料の使用は禁止。下着は白、靴下も白。下校中に通学路以外の道を通ってはいけない……。
挙げればキリがないし、何のためにあるのかわからない校則もあるが、とにかく校則は絶対だ。守らなかった場合は、長時間の説教を受け、簡単に停学になる。
教師という絶対的な権力に従うしかない生徒たちは、いつも憂鬱な気分に苛まれているのだ。
ゆるやかな坂を登ってゆくと学校が見えてきた。赤いレンガでできた学校の外壁に沿って、列ができている。今日は年内最後の検査だから、きっと厳しい、そんな噂が校内に流れていた。
枯葉が舞って北風が吹いている。寒い。俺はマフラーを鼻まで上げた。
「ユウ!」
後ろから声を掛けてきたのはリアルだ。
ピンク色の髪の毛にピンクのてかてかしたダウン、胸にKILLYOUと書かれた白いパーカーと派手なスニーカー、一応スカートは制服だけど普通よりだいぶ短い。いつもにも増して完全校則無視スタイル。よりによってこの日に。狂っている……。
同じく坂を上ってきた女生徒の何人かがリアルを見つけてはしゃいでいる。ファン受けは良好のようだ。リアルは、唯一学校に逆らう反逆の象徴としても人気がある。
そしてリアルの隣には制服を着た白い髪の……ウサギ。ウサギ!?
「何でウサギが!?」
リアルは歯を見せてにかっと笑う。
「私の着てない制服着せたの。かわいいでしょ」
ウサギの方が小さいから、制服が少しぶかっとしている。グレーのブレザーの袖に小さな手が半分隠れている。確かにかわいい……いや違う。そうじゃない。
「いや、だって……どうすんだよ」
「どうもこうも。この子は生き別れた私の双子の妹だから」
「ええ……無理あるだろ……」
当然二人は全然似てない。
「世界中探せば似てない双子もいるでしょ」
リアルはそう言ってきゃははと笑った。そしてリュックサックから書類を取り出してひらひらして見せる。
「これは校長の許可証。日曜日に校長の家に押し掛けてハンコ押させたの」
こいつ……。校長宅にリアルが押しかけ、休日にリラックスしている校長を前に、ハンコを押すまで帰らないと居座る図が浮かんだ。
「もちろん、知り合いの司法書士に作ってもらった戸籍を持ってね。ちゃんと合法的にやっています」
その知り合いの司法書士とやらは合法なのだろうか……? いや、存在するのか。
そんなのはどうでもいいんだけど、と言ってリアルは続ける。どうでもよくはない。
「ウサギを一人で置いておけないでしょ。少しの間ならまだしも、元の世界に帰る方法がわかるまで、どのくらい時間が掛かるのか、そもそも帰れるかもわからないんだから」
「確かに……。何の手掛かりもないんだもんな……」
「はい……」
ウサギは悲しそうに答える。ウサギにも家族や仲間がいただろう。頑張って戦ってきた魔王も、どうなったからわからない。もしかして、もう魔王はウサギの世界を支配してしまったかもしれない。ということは、家族や仲間は……。
想像は悪い方向ばかりに行く。ウサギも同じことを考えているようで、うつむいている。
「まあそんな顔せず。そのうち記憶が戻れば、方法もわかるよ、きっと」
リアルが明るい声で言った。
「ええ。そうだといいのですが……」
「だからさ、しばらく一緒に生活しようと思ってるんだ。異世界にも魔法にも興味あるし。ウサギにも」
「そっか」
リアルはウサギにぴたりとくっついて頬を寄せる。こらこら、何をしている。
ウサギは、リアルに抵抗して顔を離しつつ、ぺこりと頭を下げた。
「ユウ、私、しばらくお世話になります」
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