(3)異世界の神官 めんりあるも・うさぎ・わらこめっしろーあん


「あの……。ありがとうございました。助けて頂いて」


 リアルも俺も前のめりになる。


「大丈夫?」

「ごめんね! うちのボンクラが守ってあげればよかったんだけど」


 初対面の人にボンクラはやめてくれ。そういうイメージついちゃうじゃないか。

 俺の気持ちなんか一向に気にしないリアルは楽しそうに続ける。


「まずは名前を教えて! 何て呼べばいい? 私はリアル、磯部リアル。こっちは愛菱ユウ、まなびし、ゆう」

「はい、私はありゅーとれるむ・あんさんいんぐむ王国一の神官、名はめんりあるも・うさぎ・わらこめっしろーあん」


 うさぎろめんりあ……やっぱり聞き取れない。日本語の発音ではないのだ。なんとかウサギという単語は聞き取れたけど、それが名前なのか苗字なのか、ミドルネームなのかもよくわからない。


「えっとごめん、あまり聞き取れなくて。ウサギって呼んでいい?」

「はい、う、ウサギですね」


 リアルはさっさと呼び名を決めた。

 しかし、ウサギは何やら恥ずかしそうな顔をしている。ウサギの国ではその名で呼んじゃダメとか、そういうのじゃないの……?

 俺が怪訝な顔をしていると、ウサギがあわてて言った。


「き、気にしないでください。親しい人しかその名で呼ばないもので……」


 それからウサギは膝の上でぎゅっと拳を握って、何か言おうと口を開いたが、すぐに閉じてしまった。その様子を見て、リアルが言った。


「ウサギ、異世界から来たんでしょ?」


 へ? 異世界? 何言っちゃてんのリアル?


「さっき、ウサギは魔法を使った」

「ええ。そうです」


 え?


「電車を降りたらユウとウサギがサラリーマンに絡まれているのが見えた。一人目はウサギが投げた」


 投げた、のか。動きが早すぎて俺には全く何も見えなかった。ウサギは小さくうなずいている。


「そいつは顔面を地面に強打してた。運動神経の悪いやつ。それから、二人目。二人目は靴が床に張り付いたように見えた。氷か何かの力?」

「……そう、あれは氷の魔法」


 ま、魔法! 魔法って、あのゲームとかに出てくる魔法ってこと? そう言えばその時、ウサギの瞳の色が変わっていた。


「その後ウサギはぐったりしていたから、三人目は私が」

「うっすらと見ていました。駆け込んできての跳び蹴り。見事にアゴに入っていました。お見事でした。我が国でもあれほどの蹴りを放てる者はそうはおりません。何か実戦の経験が?」


 ウサギが尊敬の眼差しでリアルを見る。


「そんなわけないでしょ。手加減しようと思うから難しいんだよ。手加減しなきゃたいしたことない」


 リアルが百戦錬磨みたいな顔をして言った。一体何の立場なんだ。格闘技までできるとは聞いたことがないが、高い運動神経のなせる業なのだろう。

 ウサギは話を戻す。


「――おっしゃる通り、私は違う世界に来てしまったようなのです……」

「なんでこの世界に来たのか、わからないの?」

「はい……。でもなぜか言葉はわかります。どうも対応する言葉があれば翻訳されているようです。でも、固有名詞はダメです」

「確かに、ウサギが使う固有名詞は聞き取れない」


 固有名詞。人の名前や、国の名前、物の名前とかか。

 リアルは完全にウサギが異世界から来た前提で話している。そんな事あるのだろうか。


「思い出せることを話してくれる? 何か力になれるかもしれないし」


 ウサギは少しの沈黙の後、コーヒーカップを見つめながら、ぽつぽつと話し始めた。


「私は、ありゅーとれるむ・ろらこれむ……いえ、名前は使わないでおきましょう。私はある王国の神官……でした」


 神官ってことは、神様に仕えているってことだ。俺は白鳥のようなポーズを思い出した。そういえばあの時も、神のご加護が、と言っていた。


「――国立神官学校を首席で卒業、百年に一人の逸材と呼ばれ、卒業直後にお城の大神殿に就職が決まるという快挙を成し遂げたのです」


 さっきまでしずかに語っていたウサギの調子が徐々に上がる。よほど誇らしい事なのだろう。


「めったに……めったにない事なのですよ! 普通は地方の神殿に就職して、何十年も勤務し、運よく認められなければ王都の大神殿に登用されることはないのですから」


 途中からだいぶテンションが上がりはじめ、大神殿、のあたりでは立ち上がっていた。


「しかし、就職したのも束の間、私たちの世界に突如魔王が現れたのです……!」


 魔王!?


「魔王は私たちの世界を征服しようとしました。まず、魔物を各地に放ちました。各地の村は焼かれ、城壁は破られ、多くの都市が落ちました。平和だった我が国に不安と恐怖が広がってゆきました……。王とて手をこまねいていたわけではありません。大規模な軍隊を派遣し、さらに、少数精鋭のパーティを編成しました。少人数の方が敵陣営の奥深く進んで、魔王に近づける可能性があったからです」


 作り話にしては真実味があるというか……。


「……しかし、誰一人として帰ってはきませんでした」


 リアルは眉をしかめている。ウサギは部屋の中を歩き、身振り手振りを交えながら話し続ける。


「王はついに温存していた最強のパーティを派遣することを決めました」


 ウサギは足を止める。


「その最強のパーティの一の最強の魔法使い、それがこの私です!」


 演説はエスカレートし、いまや拳を振り上げて、片足をベッドに上げている。ウサギ、一見おとなしそうに見えるけど、結構ヤバいやつなのかもしれない。


「私がひとたび魔法を放てば、山は平地と化し、瀕死の軍隊を一度に回復させることができました。一等千騎とは私のこと! 私のパーティは合計七名。エルフが二人に人間の剣士が二人、ドワーフが一人、そしてもう一人の魔法使いが同行しました。長く険しい旅。トイレもお風呂もない荒野! 携帯食だけの山道! でも私はくじけませんでした」


 エルフにドワーフ、魔王に魔物……。正直なところ俺はちょっとわくわくしていた。本当に異世界から来た人と話したら、こんな感じなんだろうな。……いや、まさか……。


「そして、私達はついに魔王城へとたどり着いたのです。強力な配下を次々と撃破し、とうとう魔王と対峙し……」


 そこでウサギは肩を落とし、すとんとソファーに腰を下ろした。


「そこまで……なのです。そこまでは覚えているのですが、その後のことが全く思い出せません。気が付いたら、あの乗り物に乗っていたのです」


 あの乗り物……電車か。


「周りには見たこともない服装の人。顔つきも違う。景色は私の世界のどこの地域とも似ていない……。おそらく私は異世界に来てしまったんだと思いました」

「なぜそうなったか、心当たりはあるの?」

「いえ……。魔王との戦闘時に何かあったのかもしれません。でも何も、何も覚えていないのです」


 ウサギにさっきの勢いはなく、ソファーですっかり小さくなっている。

 俺は疑いながら話を聞いていたが、ウサギの話に嘘があるようには思えなかった。実際、リアルは魔法も見ているようだし、信じられないことだけど、ウサギが異世界から来たということは本当らしい。

 リアルは腕を組んで何事か考え込んでいる。


「ウサギはどんな魔法も使えるの?」

「ええ、回復から攻撃まで、あらゆる魔法を使用できます」

「そっか……」


 リアルが口の端を上げて、ニヤリとしている。でも長い付き合いの俺にはわかる。これは、何か企んでいるときの顔だ。


「いいね! それいいよ! 最高!」


 いたずらを思いついた子どもみたいな顔をしている。いったい何を思いついたのだろうか。悪い予感がする……。

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