夕焼け目を焼け、ケーキを焼け

 話題が途切れて、私はスマホを耳元に当てたまま、山の向こうに沈もうとしている夕日を眺めていた。

 薄いベールのような雲に覆われた、涼しげな淡い水色の空。その向こう側に夕日はあって、雲のベールを濃淡をつけて赤く染めている。

 ふわぁ、とスピーカーから晴のあくびが聞こえた。夕食どきまでまだ時間がある晴の退屈しのぎに付き合うつもりだったけれど、ものの数分で話題が途切れてしまった。

 彼女のために話題を捻り出そうと夕日をじぃっと見詰めていると、雲の切れ間から光が漏れ、目が眩んだ。目蓋に焼きつくような感覚に眉間を押さえて、あっ……と声が出る。

 「みぃちゃん、どうかしたー?」

 「うんとね、太陽をじかに見ると、エネルギーを貰える……って、小学生の頃信じてたのを思い出して」

 気だるげな声で聞く晴に答えると、なにそれー、と彼女が可笑しそうに笑う。

 「その頃は真剣だったんだから。ほら、太陽って神秘的なイメージがあるでしょう? そのせいかな、すっかり惚れちゃって。何年か前の金環日食の時には、一瞬だけど本当にじかに見ちゃったんだから」

 言いながら、本当にお馬鹿だったなぁ、と呆れてしまう。眩しくてすぐに目をそらしたけれど、目蓋の裏にはしばらく残像が残った。太陽にキスをされたような気分で、それもまた魅力的に思えた。 

 「みぃちゃんって、結構ロマンチックな子供だったんだねぇ」

 茶化されているんだか、褒められているんだか。頬の辺りが熱くなったような気がして、スマホを持っていない方の手で触れてみる。本当に熱かった。

 「好きだったー、みたいなこと言ってたけど、今はどうなの? 太陽のことー」

 山に半分ほどその身を埋めて、茜色の光で雲を、空を強く照らす夕日を見詰めながら、晴の問いについて考える。

夕日は眩しくて、見つめ合おうとすると険しい目つきにならざるを得ない。それは悲しいことだけれど、私は太陽の見せてくれる色彩が好きなんだ。

「好きだよ」

目を焼かれそうな経験をしても、私の気持ちは幼い頃と少しも変ってはいなかった。

えへへ、と満足そうに晴が笑うと、スピーカーからドアをノックする音が聞こえた。

「もう晩ご飯の時間だ! ありがとね、みぃちゃん。また相手してちょ」

「待って、ハル。今面白いの撮れたから見て欲しいな」

慌てて通話を終えようとする晴を止めて、私はたった今撮ったばかりの写真を送信した。

山の頂上に埋まる夕日が、カップケーキのてっぺんにちょこんと乗っているさくらんぼに見えて、美味しそうだな、と思った。

「ほんとだ! カップケーキ! 他にも何かに似てる気がするなー。ご飯食べながら考えるね」

ばいばい、と別れの挨拶を交わして通話を終えた。

そのころには夕日はすっかり山の向こうに沈んでしまっていて、空にはまだ僅かに茜色が残っていた。

 

 

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