そばか、うどんか、はたまた


  「ゆっくりでいいよ。あたし三限何も取ってないし」

 食券機の前の列に並んでは最後尾まで戻り、また並んでは最後尾に戻ることを繰り返してはや十分。彼女は未だに注文する料理を決めかねていた。

 「そば、うどん、そば、うどん……」

 呪文を唱えるように呟く彼女の視線の先には食堂のメニュー表があって、かけそばときつねうどんの間で黒目を忙しく動かしている。無意味な行為を続けている間にも列は前に進んでいき、気が付けば最前列。メニュー表に見入る彼女の肩を押して列から出て、再び並び直した。これで七回目。

 「うぇ~待たせてごめんね。先に食べてていいよ」

 「いやだー。一人で食べててもつまんないもん」

 あたしは彼女が何を食べようか迷っている様子を隣で見るのがお気に入りだ。良い雰囲気のレストランでも大学の食堂でも、彼女は同じように悩む。食堂のそばやうどんなんて大して美味しくないのに、毎度毎度眉間に皺を寄せて真剣な表情を見せる彼女はたまらなく可愛らしい。

 彼女はくすぐったそうに頬を爪で掻きながら微笑んだ。笑窪に指先が入り込んで、落とし穴みたい。

 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る