「デウス・エクス・マキナ」

 数学と科学と神学は、行き着く先は同じなのだという。この世の法則を探求するのだから、道程は違えど同じものになるのは、なんら不思議ではない。

 古来より、人は時間というものを何とか理解しようと、自然を利用した。それは天文学だったり、物理学だったり、色々なアプローチで暦や時間を割り出したのである。理由としては、主に作物を作ったり、家畜を育てたりするときに、計算立てた計画を立てる為だった。時計が教会にしかなかった時は、鐘の音で祈りの時間を伝えたりもした。

 技術が発達していき、ぜんまい仕掛けの懐中時計が開発された頃、文字盤の裏に配置された歯車の数に、眩暈を覚えたことが、印象に残っている。



「ローマン、まだ時計見てるのか? 明日は教会学校だろ。」

 その日はなんとなく長男のローマンの元に泊まっていた。何でも、新しく転入してきた親子が、歓迎のお礼にと献品してきたのだという。電波時計が登場して大分経つが、その親は時計職人らしく、この品も手作りのものなのだとか。ローマンはリビングで、そんなぜんまい仕掛けの懐中時計をクルクルと回して観察している。

「あの子も教会学校に来るから、折角だしこの時計を使って説教してやろうと思うんだけど………。うーん、まだ物理学とか宇宙とか、そういうの分からない年代の子どもだしなあ。」

「子どもだからと見くびるのは良くないぞ、ローマン。言葉を優しくしてやれば、本来誰とでも話が出来るはずなんだから。イエスもそうやって下層民と話しただろう?」

「まあ、そうだね。」

「んー、時計を題材にした説教ねえ………。」

 空いている椅子を引いて、一緒にクルクル回転する時計を見つめる。ああ、そういえば。と、オレは思い出して、提案した。

「そういえば、宇宙と時計の話、覚えてるか?」

「何? 暦がどうとかっていう話?」

「うーん、暦でも応用は利くかと思うけど………。歯車で時計が作られ始めた頃に、お前に言ったと思うんだけど。」

「えー? 覚えてない………。ぜんまい時計って、確か十六世紀だろ。その頃と言ったら、マーティンと大喧嘩してて、末端の教会の事に構ってらんなかったよ。」

「あー、それもそうだな。まあとにかく、その内容って言うのは、………。」

 ローマンはフムフムと聞いていたが、思い出すことは出来ないようだった。それでも明日の説教の足がかりにはなったらしく、少し会話をして、その日は寝床に行ってくれた。全く、贈り物をされて気合いが入るとは。現金な奴だ。たまにはあいつの仕事ぶりでも見ていくか、と、オレは勝手に教会学校に混ざり込む予定に変更し、身体を洗って、ローマンのベッドに潜り込んだ。

「ん? 親父、どうしたの?」

「いやあ、贈り物をされてテンション上がって、どうせ寝床でも目が爛々と輝いてるだろうから。」

 暗闇の中でも、ローマンが苦笑いをしたのが分かった。

「ほれ、とーさんが抱いててやるから、お休み。」

「………うん。」

 我が物顔でローマンのベッドの中で、自分の傍のシーツを撫で付けると、ローマンがずりずりと躙り寄ってきて、ぴとっと胸の中に収まった。

 別にこの息子に限った事ではない。オレの子たちは常に気を張っている公人だ。ベッドの中や風呂の中くらい、ゆっくり何もかも忘れて、すっきりと休ませてやりたいと思うのだ。

 時計を見ると、もう日付が変わって久しい。特に眠くも無かっただろうに、オレの胸の中で、ローマンはすいよすいよと眠りに落ちていた。少し身体が丸まっている気がする。安眠している証拠だ。

「いいこ、いいこ。いいこだね、ローマン。」

 聞こえていなかろうに、愛おしくなってそう囁くと、ローマンの寝顔が赤ん坊のように綻んだ。

 どんなに時間が経っても、子どもは子どもだ。



 朝になり、朝食を摂っている時に、教会学校を見に行くというと、胸を詰まらせるほどに驚かれた。嫌だ、恥ずかしい、と言って拒否されたが、今更過ぎる話を切々と説いてやると、更に恥ずかしい失敗や黒歴史を詳らかに言語化される周知に耐えられなくなり、了承して貰えた。ただ、子ども達は新しい仲間と打ち解けることに専念させたいので、あまり目立たないで欲しい、と、言われた。本人には言わなかったが、オレの目的は、思い出せなかった息子が一体どういう説教を構築しているかということだったので、オレもその条件を呑んだ。

 教会学校では、様々な人種の子ども達がいたが、すぐに誰が新入りなのか分かった。新顔は玩具の時計を見せて、何やら自慢している。良く見ると、その手元には、子ども用らしい小さなドライバーがあった。見ていると、彼はぱかりと時計の文字盤を外し、ぐるぐると歯車を回して見せて、何やら説明している。恐らく父親お手製の玩具なのだろう。職人の子どもというのがいなくなって久しい今、実に羨ましいことだ。

「皆、おはよう。」

「おはよーございまぁす。」

 ローマンが沢山の絵本やカードの入ったおもちゃ箱を持って、入っていった。おもちゃ箱の中で、何かがキラッと光る。あの時計だ。軽く新顔の紹介をして、早速ローマンが時計を取り出す。さて、どんな説教をするものやら。

「これは、彼のお父さんが先生にくれたものだ。皆、時計って、何で動いているか知ってる?」

「でんち?」

「うーん、最近は電池で動く奴も多いな。これはね、歯車で動いてるんだよ。」

「あのこのおもちゃとおなじだー!」

「そう。こんな小さな時計でも、針を一秒進めるのに、すっごいフクザツな歯車が必要なんだ。これを作っているのは誰かな?」

「はいはいはい! ぼくのパパ! しょくにんさんなんだよ!」

「そう、この時計は職人さんが作ったものだ。じゃあ、この世界を創った職人さんも、いるんじゃないかな?」

「いないとおもう!」

 予想外の答えに、ローマンの笑顔が強張った。だって、と、職人の子どもは続ける。

「パパは、すっごいながいあいだシュギョーして、たっくさんしっぱいして、そいでまだまだ、いちにんまえになってないんだ。かみさまは、しっぱいしないから、このせかいをつくったのは、しょくにんさんじゃないよ! おししょうさんだよ!」

 どちらも職人であることには変わらなさそうだが、子どもにとっては別の職業なのだろう。とりあえず、頭でっかちな無神論者でなくて良かった。ローマンはホッとして、嬉しそうに手を叩いた。

「すごいすごい! その通りだよ、先生が言いたかったことだよ。君は頭が良いんだね!」

「すごーい!」

「すごーい?」

「すごいんだ!」

 子ども達は、新顔がいきなり、先生に褒められたことを妬みもせず、尊敬の眼差しを向けている。少年はえっへんと胸を張って、そのまま父親と神さまが如何に違うか、ということを話し始めた。よく教育された子だ。

 この分なら、心配ないだろう。オレはその場を離れて、授業を終えたローマンのために、茶を用意しに行った。


 茶葉を蒸している間、砂時計をひっくり返す。オレが子どもの頃は、時計と言えば、暦と、それから距離を測るものだった。時間という概念が変わっていき、人類は空の向こうの『時間』を見ようとしている。

「………ふふっ。」

 神には始まりも終わりもない。しかし人には、どんな形であれ、始まりがあり、やがては終わる。オレたちがこの役目を終えて神に還る時、、時計は時間や暦ではなく、親しい者との約束の道具になっているはずだ。


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