「げんこつおにぎり」

 共苦の神とはよく言ったもので、我が一族に連なる者達は、何かと分かち合う事を好む。喜びは勿論、苦しみもそうだ。確かに、愛し合う二人であれば、そうなのかも知れない。ただ、オレの―――というより、長男の仲間たちは、少し、いやかなり、それについて勘違いというか、突っ走っているというか、そういうところがあったりするのは、どうかと思う。

 ハロウィンやお遊戯会の慌ただしい時期を過ぎ、衣替えに引っ張り出した服が馴染む頃、ふと思い立って、長男の経営する幼稚園の一つに遊びに行った。あまりにも急だったので、息子は居なかったが、代わりに教諭のシスターが案内してくれた。

「まあまあ、お父上さまのことについては、学校で噂に聞いただけですわ。光栄です。」

「いやいや、そんな頭を上げてくれ。今はただの隠居老人だから。」

「光り輝く御髪と瞳をお持ちとか。本当だったんですね、後光が眩しい。」

「いや、別に光ってる訳じゃないらしいんだけど………。まあ、そう見えるならそれでいいかな、特にオレのアイデンティティに関わる話じゃないし。」

「???」

「ああ、なんでもない。それで? 今日のお弁当の時間がどうとか言っていなかったか?」

「ええ、そうなんです。そろそろ終わる頃ですから、お教室に入って下さい。」

 通された教室では、もう大体の園児が食べ終わっていたらしく、弁当箱は一つも無かった。ただ、園児達は指先をしゃぶっている。どうやらおにぎりか何かを食べたようだ。

「せんせぇ、おかわりほしー」

「おかぁり、おかぁり!」

「はんばーぐ!」

「ダメです、今日は小斎しょうさいの日。イエスさまのことを考えて、おにぎりは皆のグーの大きさだけです。しっかり感謝して、ごちそうさまをしましょう。」

 別のシスターがきっぱりというと、園児たちは不服そうな目をしながらも、ぶー、と、従って手を合わせ、ごちそうさまをするために手を合わせた。シスターが目を閉じ、祈りの文句を唱えている間、園児たちはうっすらと目を開け、暇そうにきょろきょろとしている。

「…ふふっ。」

 そういえば、オレの息子たちがまだ子どもだった頃、ちょうどあんな風にオレや先生たちの祈りの間、遊んでいたっけか。二千年経っても、子どもは子どもだ。オレ達が人の信仰から生まれたのだから、似ていない訳がないのだ。

「………、アーメン。」

「あーめん。」

 園児たちがやっと動けるようになり、どたばたと椅子から立ち上がる。お祈りの最中、辺りを見回していたので、オレという見慣れない客人がいることには皆気付いていた。わらわらと膝くらいまでしかない子羊が群がってくる。

「おっちゃん、なにしにきたの?」

「なにしにきたの? なにしにきたの?」

「おにごっこしよ!」

「おかしさがしにいこー!」

「こら皆! おっちゃんとは失礼よ! この方はねェ―――。」

「ああ、いいっていいって。子どもらしくて結構なことじゃないか。子どもは『おじちゃん』と『おばちゃん』に育てられるものだ。」

 尚も子供らが寄ってくるので、オレは少し屈み、手の届く範囲の園児の頭を撫でた。

「こんにちは。おじちゃんね、ちょっと遊びに来たんだ。皆、おじちゃんと遊んでくれない?」

「やだー。」

 ところが、園児たちは先ほどの歓待はなんだったのか、一様に首を振った。が、その表情は、尚もオレに対する興味や歓迎でにこにこと輝いている。

「あれ、遊んでくんないの?」

「あそびたいよ!」

「でもね、おなかがすいて、ちからがでないの。」

「おじちゃん、アンパンちょうだい。」

「うーん、アンパンはないけど…、なんかあったかな。」

 こういう時、パッと葡萄酒やパンなんかを出せたら、子どもは喜ぶのだろうが、生憎準備がない。いつも着てる服にはポケットなんてシャレた物はないし―――こちとら二千年、このタイプの服しか着ていないのだ―――気ままな一人旅だからバックもない。園児たちは、オレを菓子パンのヒーローの仲間だと思っているのか、わくわくと見上げてくる。…どう考えても、期待に答えられず泣かせる未来しか見えない。何とか別の話にしなくては。

「あ、そ、そうだ! おじちゃんね、この後、かみさまのところにいくんだよ。」

「かみさま?」

「いえしゅさま?」

「そう、イエスさまのところ! だから、欲しいものがあったら、おじちゃん、イエスさまにお願いして、皆の分買って貰えるようにするよ。どうだい?」

「わーい!」

「ただーし! おじちゃん、あんまり多くは持てないんだ。だから、順番を決めるために、何か競争しよう。何して決める? じゃんけんじゃだめだよ、すぐ終わっちゃうから。」

「わーい!」

「おしくらまんじゅう!」

 それ、オレが何もできない奴じゃないか。

「おにごっこ!」

 結構手加減が難しい奴だ。

「かくれおに!」

「いいね、それ。かけっこが苦手な子でも一番になれるかもね。じゃあ、それで遊ぼう。」

「きゃーっ!」

 園児たちが外に走って行く。オレも五人の息子を同時に育てたが、五人でも三十人でも、子どもは子ども、騒がしいことこの上ないし、今も我先にと下駄箱に押しかけて、何人か弾き飛ばされている。

「お父上さま、申し訳ございません。」

「うーん、ああは言ったものの………。シスター、小斎をするのは、確か妊婦や病人でなくて、十八歳以上六十歳未満、て、この前ローマンが決めてたと思うんだけど?」

「ええ、それはそうですけど、でも、神様のことを思うことは、この幼稚園では第一に教えなければなりませんから。」

「小斎の捧げ物に最適なのが、空腹だけとは限らないだろう。まして子どもだ。空腹で不機嫌になって、喧嘩するよりゃ、腹一杯食わせてやって、元気で楽しい時間を過ごさせてやった方が良い。」

「ううん…私一人の一存では………。」

「ははっ、分かってるさ。老婆心って奴だ。」

「おっちゃんおっちゃん! はやくはやく!」

「はーい! ―――そういう訳だ、シスター。今日の子ども達の腹時計は進みが早いぞ、せめて牛乳とジュースくらい用意してやれ。最悪麦茶でも良いだろ。」

「そ、そうですね、それくらいなら…ええ、水分補給は大事ですから。」

「そういうこと。」

「はやくー!」

「はいはい、今行くよ! さあ、鬼はだれかな? おじちゃんみーんな見つけちゃうぞ!」

「きゃーっ!」

 オレ以外の鬼は、どうやら決めていなかったらしい。…というより、これはもしかしなくても、オレが三十人全員、お昼寝の時間までに見つけ出さないといけない奴ではなかろうか。さっと時計を見る。お昼寝の時間までに全員、となると、結構シビアだ。

「あの、お父上さま、ご無理なさらず……。」

「なァに、二世紀のころはもっと凄まじかったから大丈夫だ。ここには政治家も貴族もいない、遊ぶだけでは何も起こらない。ちょっと運動してくるよ、じゃあ、用意よろしく。」

「はい、分かりました。」

 少し不安そうなシスター二人を置いて、オレは外に出た。

もう誰かの腹の虫が鳴いている音がする。伝統として残すことは良いことだが、それが苦痛と共に受け継がれたのでは、少なくともそれはオレの意志ではない。イエスの十字架の苦しみを追体験する為に、その子の心がキリストから離れる事の方がもっと重大なのだ。

この幼稚園もそのことに気づけると良いのだが。後で息子に連絡しておくか。


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