第4話

 *ユウジ 7時間後*


 そして、長い時間が過ぎたような気がして、頭も痛みが弱まって、ようやく眼を開けることができた。

 

 賑やかな声が聞こえている。ここはどこ? 大勢の人たちが、丸いテーブルを囲んで食事を楽しんでいる。ここは、たぶんレストラン?


 「ねぇ? 何にする? やっぱり盛岡冷麺だよね?」

 目の前には君がいて、笑顔で話しかけてきた。

 冷麺? たしか盛岡で冷麺食べたな。


 「ねぇ、ユウくん! 何にするの」

 君に早く決めてと言われて、まだ、少し頭がボーッとしている俺は、

 「えっ? ああ、そうか、何にしよ? ていうか、ここどこや?」

 「どこや? 盛岡冷麺の店でしょ!もう、あなたが連れてきてくれたんでしょ? ぴょんぴょん舎だっけ? びょんびょん? あれ、なんかそんな名前!」

 「ああ、ぴょんぴょん舎ね。うん、そうや、盛岡冷麺の名店のな。」

 またもや、何もなかったような君。その笑顔を見て、また、変な夢見てたんか、と思うしかなかった。

 

 「ねえ、岩手山っておもしろい形してるよね。あの麓に小岩井農場があるんだよね?」

 「うん、たしか、岩手山の麓にあるんやったな。」

 「ねぇ、盛岡の街って素敵ね。何か、音楽イベントみたいなのいろんなところでやってたり、アートの似合う街って感じ? 東京みたいにごちゃごちゃしてない落ち着いた街ね。」

 「あぁ、そうやなぁ、ええ具合に都会で、川があって岩手山の山並みが綺麗やし、俺も好きになってしもうたわ。」

 そうや、今日は盛岡城趾公園から始まって、市内をぶらぶら歩いたり、でんでん虫バス乗ったりして盛岡観光したんだっけ? 盛岡城趾公園も広くて綺麗やったし、見応えあったよなぁ! その後は、レンガ造りの銀行、盛岡銀行やったっけ? 趣きがあって良かったよなぁ、なんか市民のやるクラッシックのミニコンサートがあるって言うてたけど、時間がもったいなくって聴けなかったんだよね、ちょっと待ってでもきけばよかったかなぁ? あと、どこ行ったんやったっけ? イギリス海岸? そうや、何か寂しいとこやったなぁ、賢治が小さい時遊んだとこなんやて、それから光原社か! ちょっと遠かったから、けっこうな距離歩いたよねえ! 疲れたけど、やっぱ空気綺麗やし、街並みもいろいろ見れて面白かったよなあ、あの川、なに川か忘れたけど、橋の真ん中からちょうど真正面に岩手山が見えてなぁ! 綺麗やったよなぁ! 光原社は、賢治の『注文の多い料理店』の原本やら、いろいろ見れたしな。カフェはいっぱいで入られへんかったんは残念やったけど、しゃあないか、後は...、あっそうや! 福田パンや! コッペパンめっちゃ美味しかったなぁ!

 岩手は、美味しいもんもいっぱいあるもんなあ。このぴょんぴょん舎の冷麺も最高やね! 冷麺食べてこんな美味しいと思ったん初めてやわ。文句なしや!わんこそばに、岩手ジャージャー麺もあるけど冷麺にして正解ちゃうか! なぁサチ! で、その後、冷麺食べながら君が言ったんだよね。

 「ねぇ、小岩井農場も行きたいね?」って、そんで俺が、

 「今、何時や...。1時すぎか、大丈夫やろ、夜もやってるみたいやし、行ってみよか?」って言って、

 「うん、そうしようか!」という事になってなぁ、ほんまにあの時は、そう思ってたんや、夜もやってるってな、だってホームページに載ってんねんから、夜のライディングした、綺麗で楽しそうな写真が...。

 結局、二日目の午後は、いろいろ手作り体験ができる工房が揃ってる"手作り工房村"と予定にはなかった小岩井農場へ行くことにしたんや。

 美味しい冷麺を平らげて、スケジュールが決まって、急がんとあかんで!って、会計の伝票引っ掴んで立ち上がろうとした。

 その時、グラグラっと床が揺れた!

俺は立ち上がれなくて、その場に倒れてしまった。


 「何? 何が起こったんや?」

 地震か? でも君は、平気な顔で歩いて行く。

 「あぁ! サチ! また置いて行くんか!」


*サチ 7時間30分後*


あー、もうダメかな。息ができない。

ユウくんがプレゼントしてくれた、この岩手旅行、楽しかったなぁ。宮沢賢治のイーハトーブに行ってみたいって言ってたの覚えていてくれたんだね。

 もう助からないのかな? 私たち...。

 ねぇ? 賢治の『シグナルとシグナレス』っていうお話し知ってる? わたしが大好きな素敵なファンタジーなの。

 離れた場所に立つ鉄道の信号機の二人が、愛し合うようになって、一緒になりたいと願うんだけど、周りに邪魔されて、思いを遂げられなくて、諦めかけるんだけど、それを見て心配してくれていた車両倉庫さんが、二人を一緒にしてくれるの。そして、綺麗な月夜に二人でデートするのね。そして、永遠の愛を誓い合うのよ、素敵でしょ。でもね、夜が明けて、朝が来たら、また、何もかも元に戻っていて、結局、それは一夜の夢だったってお話しなんだけど、でも、一夜でも夢が叶った二人は、本当に幸せなんじゃないかと思うの。二人が愛しあってることを確かめられて、一緒に過ごせたんだもの! ねぇ、ユウくん、大好きよ! だから、死にたくない! ユウくんも死なないで! もう一度、一緒にどこか行きたい! シグナルとシグナレスみたいに素敵な時間を過ごしたいの! 最後のお願い! 夢を、この願いを叶えてよ! 

 あー、苦しい、早く助けて...。

 ユウくん、死なないで!


 *ユウジ 7時間後*


 「ねぇ、ねぇ、あなた! 信号変わってるよ!大丈夫?」

 大声で呼びかける君の声で、俺は気がついた。どうやら俺は、運転中に意識を失っていたようだ。

 「あっ! ごめん!」と言って車を急発進させる。

 「あなた、大丈夫? 疲れてるんやないの? 少し休んで行こうね。」

 君にそう言われて、それもそうかと思い、路肩に車を止めた。

 「ユウくん、昨日の朝から長距離運転して、今日も結構な距離走ってるから、疲れたんでしょ? 少し休んで寝たら?」

 「うん、そやな。」

 「私、そこのコンビニでコーヒー買ってきてあげるから、少し休んでて」

 「あ、うん、ありがとう」

 俺は、君にいわれたとおりに、少し休む事にした。

 君は、いつもこうして俺に優しくしてくれて、結局、俺はその優しさに甘えてきたんやなあ。君がいたから、俺は今まで頑張って生きてこれたんや。なぁサチ、俺でよかったんか? こんな俺といてよかったんか? なんであの時、俺を選んでくれたんや? こんなダメな俺を。かっこいい先輩じゃなくて、こんな俺を...。

 

 *ユウジ、サチ 8時間後*


 「何? 私のこと呼んだ?」

 「あれ? 帰ってきたんか。俺また夢見てたんかなぁ?」

 「え~? どんな夢見てたの?」

 「いや~、うん、ないしょやそんなもん。」

 「何それ? 言えないような夢見てたの? いやな感じ! ところで大丈夫? 少しは良くなった?」

 「あぁ、ちょっと寝て、気分よくなったような気がするわ。」

 「ほんとに? 小岩井農場行ける?」

 そうや、小岩井農場行くとこやったんや! 俺はすっかり忘れていた。

 「大丈夫やで、行きたいんやろ? 俺も行きたいねん。せっかくここまできたんやから、行ってみよう。」

 という事で、小岩井農場へと車を走らせた。

 しばらく走ると、「小岩井農場入り口」の看板が見えた。という事はもうすぐかと思っていたら、左右に広大な農地が広がっていて、その真ん中をひたすらまっすぐな道が続いている。とにかく広い! 草や木々の緑が眩しくて、「うわぁ! なにこれ! めちゃくちゃ広い! こんなの初めてだわ!」と君は大感激してたよね。俺もそのスケールの大きさに圧倒されて、早く入りたい一心で車を走らせた。しかし、時刻はもう5時を回っていて、宵闇が濃くなってきていた。入り口は、まだか、と焦りながら車を走らせるが、なかなかたどり着かない。両側にただひたすら広大な緑が一面に広がっているだけだ。10分、いや20分も走っただろうか? ようやく駐車場の入り口が見えてきた。その頃には、辺りはすっかり真っ暗になってしまっていた。

 ちょっと不安がよぎったが、俺が見たホームページの写真には、夜にライティングして営業してるのもあったし、絶対、夜もやってる。と信じて車を降りた。しかし、真っ暗闇のだだっ広い駐車場に車は、俺たちの一台だけで、さすがに嫌な予感がしていた。君はというと、もう完全におかしいと思ったのか苦笑いを浮かべながら「ねぇ、絶対やってないよね?」と聞いてきた。意地になった俺は、駐車場の端っこに明かりが灯ってるのを見つけて、

 「そんな事ない!あそこやってそうやんか、行ってみよ。」と君を、促して走って行った。

 そこは、お土産や農場で生産した製品の売店だったが、そこにも全くお客さんの姿はなかった。

 俺たちを、びっくりしたような顔で見ていた店員さんに「あの、農場入れますか?」と聞くと、

 「えっ? あぁ、もう終わりました。ここもあと15分ほどで閉まります。」とちょっと引き気味に言われてしまい「ですよね~、こんな真っ暗な農場に入れるわけないじゃないですか! ねぇ~?」と笑いで誤魔化して退散し、君にも「やっぱり、もうやってる訳ないじゃん! 店員さん、びっくりしてたよ!」と言われて、ハイ、おしまい...かな?

どっちにしてもあんな真っ暗闇の農場はいってもなんにも見えへんし、下手したら馬に蹴られてお陀仏ですわ。

 イルミネーションは、この時期は、やってないんかな、一緒に見てみたかったなあ! なぁ、サチ?

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