第2話
*サチ 2時間後*
苦しい...。息ができない。あー、この腕は、ユウジ? 助けて! 誰か! 早く!
※ユウジ 2時間30分後*
それから...、あれ、なんか真っ暗やなここ... ... なんも見えへんし、なんも聞こえへんで?
死の世界のような真っ暗闇の中で、目の前に白い一筋の光が射してきて、俺は誘われるように入っていったんや...、その光の中へ...。
それから、俺たちは、そうや!童話村や! 童話村行ったんや!
あそこも、想像してた以上やったよな! 入り口んとこに銀河ステーションがあって、中入ったら、すぐに童話の世界で、森の中に光のオブジェ? ミラーボールの形の違うやつがいっぱいあって、面白かったなぁ! 妖怪の小径に森の小径か? 雨が降ってなかったら、もとよかってんけどしゃあないなぁ。それから、「賢治の学校」か、あの建物の中入るやつ! 最初の宇宙の部屋やったっけ? 幻想的やったよなぁ! 宮沢賢治って人は、文学に才能を発揮したけど、科学の方でもかなりのもんやったんちゃうか? 宇宙の部屋から空の部屋、水の部屋やったっかな? ところで"銀河鉄道の夜"は、悲しい話で終わってるけど、未完成なんやろ? カンパネルラが生きて帰ってきて、ジョバンニと仲良しに戻るってのはどうやろなぁ? やっぱりハッピーエンドな話がええんちゃうか? ええ? なんて? 俺が続き書いたらただのお気楽話になりそうやって? やっぱり今のままの余韻が残ってる感じが、なんとも言えん味があるんですかね、君は、どう思う? えっ? そうって? 声聞こえへんけど、たぶんそうやろ? わかるわ! それにしてもさっきから、サチ、なんも話さへんけど、大丈夫か? うん、俺もなんか頭ガンガンしてきたわ。ほんま、かなわんで、頭壊れそうや。あかん! あかん!
ユウジはそのまま闇に飲まれるように静かになった...。
*サチ 3時間後 *
寒い〜、寒い〜、雨が、染みてくる。
このまま凍えて死んでいくの? ねぇ、ユウくん、助けて!
*ユウジ 3時間30分後 *
あぁ、また真っ暗闇やんか...。なんも見えへんし、なんも聞こえへん。
...あれ? また、ちっちゃい、ちっちゃい微かな光がさしてきたわ...!
あれ? ここはどこなん? 目蓋を開いて、あたりを見渡して見たが、自分がどこにいるのかよくわからなかった。目の前には、食べかけのチーズケーキと、飲みかけの冷めたコーヒー。
もう一度、目を擦って、あたりを見渡してみる。
部屋の奥に立派な暖炉があって、真ん中には年代物のピアノが据えられている。そのアンティークなピアノは、綺麗に磨き上げられていて、漆黒の輝きを放っていた。そして、その周りにそれぞれデザインが違う木製のテーブルが、店の壁面に沿ってバランス良く配置されている。壁は淡い茶色がかったアイボリーで、室内はオレンジ色の照明で仄暗く照らされ、BGMにはクラッシック音楽が流れている。
そうや! ここは賢治にゆかりのあるカフェだったんや! たしか賢治と関係がある...なんて言ったっけ? 俺、いつの間にか居眠りしてしまっていたんか?
俺は、今の自分が夢の中にいるのか、現実の世界にいるのかがわからなかった。すべてがフワフワしていて、何もかもがはっきり思い出せない。
今日の朝早く、サチと二人で出発したんだよな? いや、それは間違いなく覚えている。そんでもって、山猫軒で飯食って、賢治の記念館行って... 童話村にも行ったんやったかな?
俺は、記憶を辿りながら、のどが渇いて、目の前のコーヒーを飲んだ。そして、前の席に君がいない事に気がついた。トイレでも行ってるんかな? と思ったが、そこには、食べかけの皿や、飲みかけのカップもないし、人がいた形跡がまるでない。
その誰もいなかったと思われる目の前の、"君のいるべき場所"を見て、俺は心の芯が凍るような寂寞感に襲われた。真っ白な雪原が地平線の果てまで続いていて、その真ん中に一人ぼっちで取り残されたような、果てしない孤独。その瞬間、寒気で武者震いして冷や汗が吹き出してきた。
「サチ!! サチ!! どこいったんや!!」
思わず大声で叫びながら、立ち上がり店内をもう一度見渡したけど、やはり、誰も、それどころか人っ子ひとりいない。そこには静かなクラシック音楽が流れているだけ。大人げもなく狼狽し、思わず大声を出してしまったことが急に恥ずかしくなり、何を慌てているのかと自分でもおかしくなった。
腰を下ろして一息つき、もう一度記憶を辿ってみようと腕組みして目を瞑った。
「確かにサチと二人で車で出発したんだ。そうだよ、土砂降りの雨の中、東北道をぶっ飛ばして、サチはずっと夢の中でさぁ...。」
ともう一度、今日のことを思い返していると、ふと、何かが前を横切った気配がした。「誰? 誰かいる?」驚いて目を開けると、店の入り口の方に女性の後ろ姿が見えた。
「え? サチ? サチなのか?」大声で呼びかけてみたが、その誰かは、まったく反応せずに、そのまま店の外へと出て行ってしまった。
慌ててジャケットとポーチを引っ掴んでと思ったが、何も見当たらない。仕方なくそのまま、君らしき後ろ姿を急いで追いかけて行った。
このカフェはビルの2階にあり、1階はお土産売り場になっている。店のドアを開けて、階段を駆け降りて土産物売り場に入っていったが、そこには君の姿はなかった。店員が居ればと思って奥の方へ入って探してみたが、ここにも誰も見当たらない。そういえばさっきのカフェにも誰も居なかったけど、大丈夫なのかと思いながら、店の外へと急いで出た。
店の前は、ロマネスク調の石柱が等間隔に立てられた石畳の歩道で、出てきたカフェの建物は、モダンな三角屋根のダークブラウンの欧風建築だった。正面玄関の扉には、教会みたいなステンドグラスが嵌められている。まるでこの辺りはイタリアかフランスみたい、どっかヨーロッパの裏通りのように見えた。
「サチ〜! サチ〜!」俺は、カフェの建物の路地を片っ端から探し回ったんやで、でも、君はどこにも見当たらない。そして、ちょうどカフェの裏手辺りに出ると、そこは駐車場になっていて一台の車が止まってたんや。なんや、俺の車やん! そうか、サチは車に乗って待ってたんか!と思って、ホッとして、良かったと思って車に近づいていったんや。ほんだらなぁ、ほんだらなぁ! 車がさぁ、めちゃくちゃに壊れてんねん...、フロントガラスは、半分無くなってて、その破片が粉々になって車内に散らばってて、車体も前の方が、なんか大きな石で叩き潰されたようにぺしゃんこや!
「どないなってんねや! なんでこんな事になってんねん!」大声で叫んだけど、誰も返事してくれへんねん!
ちょうど夕陽が沈むところで、オレンジ色の光が俺と、その車の壊れた車体を照らしてて、めっちゃまぶしかったわ...。
悲しくてやな、もうなんか涙も出えへんかったわ。
しゃあないから、さっきのカフェの前まで戻ったけど、誰もいない裏通りを秋風がヒュー、ヒューと通り過ぎて、辺りはもう夕闇に包まれてきてるんや、サチのいなくなった、ひとりぼっちの寂しさが込み上げてきて、どうしようもないくらい悲しい気持ちがしたわ。
それから、もう一回、辺りの路地をしらみつぶしに探したんやけど、君はどこにも見つからんかった。それどころか、人っ子一人、誰とも出会わんかったんや。
「おかしいな? カフェで目を覚ましてから土産売り場でも、この辺りの道にも誰一人おらんけど、おかしないか? まるで世界に俺一人になったみたいやんか!」
路地にしゃがみ込んで、しばらくそこでじっとしてたんやけど、気がついたら、周りは、もうすっかり真っ暗闇になってたんや。ほんで、おまけに秋風の冷たさが心の中にまで滲みてきてやな、サチのいない寂しさが、込み上げてきたんや! なぁ、俺、どうしたらえんやろ?
暗い闇がまたやってきて、俺を押し潰すように覆いかぶさってくる。またや、なんも見えへんし、なんも聞こえへん...。
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