お前は誰だ?


 一旦コミカライズの件は頭の隅の追いやろう。今は小説の出版だけでも頭がいっぱいなんだから。

 だが、水戸部先生が書いてくれた漫画を読んでみたい……。

 一体どんな風に俺のキャラが動くのだろうか?


 違う、今は風呂に入ることに集中するんだ。しかし、こんな短期間で100ページを書くことが可能なのか? ……きっと天性のなにかを持っているんだろう。いや、毎日の努力も凄まじいはずだ。俺も見習おう。


 とりあえず風呂に入って頭を落ち着かせたい。


 生徒たちが泊まっている建物の別館に大浴場があった。露天付きである。

 流石に学年全員が入れるわけではないので、二クラス単位で入る。


 一人暮らしを初めてから、俺はたまに銭湯に行く。

 大きな湯船に身体を浸かるのが思いの外気持ち良い。小説の展開を考えるのにはもってこいの場所であった。

 中学の林間学校のときは湯船にも浸からず、すぐに出た記憶がある。早く一人になりたかったんだ――





 俺は脱衣所で服を脱いでタオルを首にかける。

 今日は沢山動いたから身体がほこりっぽいな。サウナでもあればいいのだが……。


「お、おい、新庄、お前なんでそんな堂々としてるんだよ!?」


 平塚が妙におどおどしていた。

 周りの生徒を見ると、タオルを腰に巻いている。……そういうものなのか? 俺が行く銭湯では誰もそんな事はしていない。


「どうせ湯船に入ったらタオルを取るだろ。特に恥ずかしがる事でもない」


「――そうだな。新庄の言う通りだ」


 横から口を挟んできたのは平野であった。大きな体は筋骨隆々である。

 流石柔道部というだけある。鍛え抜かれた胸筋がピクピクしていた。


「ん? 前って隠すもんなのか? なんでもいいんじゃね? ていうか、早く入ろうぜ!! 時間制限あるんだろ!」


 これまた野球部で鍛え上げたたくましい身体をした山田が俺の肩をつかむ。

 うざいが気にしないようにしよう。こいつなりのコミュニケーションのとり方だ。


「……なんか、この三人スゲエな」


 平塚はもっとはしゃぐかと思ったらそうでもない。前をタオルで隠して、ロン毛を後ろに束ねていた。


「と、とりま、入ろうぜ!」


 浴場は程々の広さである。この人数で入ると、湯船はすぐに一杯になってしまう。

 俺たちは洗い場で身体を先に洗うことにした。


 ……あんりは今頃湯船に浸かっているんだろうな。

 身体を洗いながらもあんりのことを考えてしまう。……邪念は消さなければ。







「……お前が新庄だな? ……お前、篠塚さんとはどんな関係なんだよ」


 身体を洗っている時に、いきなり話しかけてきたのは知らない生徒であった。多分D組の男子生徒だろう。

 失礼なもの言いだったが、気にしないようにしよう。


「おい、無視するなよ」


「別に無視しているわけじゃない。あんりとは友達だ」


 俺の答えが気に食わなかったのか、少しむっとした顔をした。

 こいつは誰だ?


「はっ? 下の名前で呼んでるのかよ。――ひょ!? 冷てえ!?」


 失礼な男がいきなり飛び上がって驚く。誰かが頭から水をかけたみたいだ。

 後ろを見ると、端正な顔立ちをした大柄な男がいた。


 ……彼は……確か、あんりの幼馴染の、二階堂だ。


「大和田、お前馬鹿な事してるんじゃないぞ。そんな喧嘩腰だと初対面で失礼だろ? 悪いな、新庄でいいんだよな。俺は二階堂。……こいつとは同じクラスメイトだ」


「ちょ、まてよ!? だって、こいつ篠塚さんといつもイチャイチャしてるじゃねえかよ!」


「別に俺たちには関係ないじゃないか? 篠塚が幸せそうならいいじゃねえかよ。自分の嫉妬をぶつけんじゃねえよ」


「わ、わりい……」


 なんだこれ? 全く話が見えない。俺は身体を洗いたい。面倒な事は起こしたくない。


 少し離れた洗い場にいる平野や平塚がこちらを心配そうに見ていた。

 俺は軽く手を振って大丈夫と伝える。


 二階堂は大和田をどかして、俺の隣に座り身体を洗い始めた。大和田は俺に頭を下げて同じクラスの友達のところへと向かっていく。


「すまない。悪い男じゃないんだけどな。……まあ思春期ってやつだ。なあちょっと話してもいいか?」


「別に構わないが……、身体洗ってからでもいいか?」


「おう! じゃあとっとと洗っちゃおうぜ!」


「あ、ああ」


 多分、こいつはすごくモテる。男から見てもイケメンで笑顔が自然で魅力的だ。

 ……あんりの幼馴染か。


 俺たちは無言で身体を手早く洗って露天へと移動した。





 俺たちが入っている湯船は露天にある。

 俺と二階堂の周りには人が近寄って来ない。……なんでだ?


「改めて悪かったな。あいつは大和田って言って、俺と中学が一緒だったんだ」


「ということはあんりと一緒か」


「ん? ……そっか、篠塚は中学の事を新庄には話せたんだな」


 ディスティニーランド後の日常で、俺とあんりは二階堂とすれ違った。

 その時、あんりは俺に過去の事を語ってくれた。

 あの日の事は忘れられない思い出だ。


 二階堂は頭をボリボリと掻く。


「あーー、うん、お前すごいな。マジで尊敬する。……俺は何も出来なかったからな。ありがとうな。マジでありがとう」


「いや、二階堂に感謝されるいわれはない」


「まあ新庄にとっちゃそうだな」


 二階堂は話を続ける。


「聞いたかもしれないけどさ、篠塚があんな風になったのは俺のせいだ。ずっと気にかかっていた……」





 俺はその物言いにイラッとした。

 声が少し強くなる。


「――俺のせい? 気にかかる? 自分中心な考えだ」


 二階堂は強い眼差しで俺を見つめる。俺は気にせず続ける。妙に我慢できない。


「――俺たちは誰とも関わりたくなかったんだ。――なんで普通の顔をして話しかけてくる? なんでいまさら……仲良くなりたいと言ってくる……。過去はどうあがいても消せないんだ。……そう思っていたんだ」


 過去の遥、宮崎、斉藤さんに向けた言葉が勝手に出ていた。

 過去であって今の彼女たちじゃない。

 ましてや二階堂への言葉じゃない。

 それでもこの言葉が出てしまう程に、二階堂は三人と似ていると思ってしまった。


 ――過去は消せなくても、傷は癒やすことができる。今を大切に生きることができる。


 本当はこいつもいいヤツなんだろう。あんりのために何かしていたのかもしれない。




 俺は力を抜いて湯船に身体を肩まで沈める。




「あんりは俺にとって世界で一番大切な人だ。――あんりは俺が守る」




 身体が熱い。湯船に浸かっているからではない。あんりを想っているからだ。

 この気持ちは誰にも負けない。


 二階堂は微笑んで俺に近づき肩を組んできた?

 ち、近いぞ。



「新庄、俺は今日初めてあんりが心から笑っている姿を見たんだ。君と一緒にいる時だ。あんな良い笑顔をいままで見たことなかった。安心しろ、俺はこの先篠塚と関わって傷つけるつもりはない――」


 ……俺は遥と前に進む事が出来た。奈々子さんとだって普通に話せるようになったんだ。

 だから、二階堂があんりと仲直りする事だって……。


「そんな顔すんなって。俺はいいんだよ。……正直、学校って特殊な場所だろ? 俺は自分の過ちが許せなくて、あの時からすごく努力したんだよ。だから断言する。お前ら二人に変な奴らは二度と関わってこない。俺らが関わらせない」


「二階堂? ……さっきの大和田は?」

「あれはすまん……。ちゃんと見ておく」


 二階堂からは自己中心的な気持ちを感じなかった。

 妙にすっきりとした物言いであった。


「少しのぼせたから先に出るよ。にゃん太先生のクラスメイトも心配してるしな」



 ――ん? 今こいつにゃん太と言ったのか? まて、どういう事だ!?



「おい、二階堂!? どういう事だ!! なぜにゃん太という――」


 一瞬、遥の顔が浮かんだが、あいつは「忘れた」と言った。ということは本当に忘れている。そういう特殊な頭をしている。だから違う。


 湯船を出た二階堂が不敵な笑みを浮かべる。


「『†漆黒堕天使ダークエンジェル†』って知ってるよね?」


 ……もちろんだ。去年から投稿し始めてまたたく間に総合一位を取った作者だ。確か俺と同じ時期に書籍化報告があったような気が……。


「もしかして……」


「ははっ、そのもしかしてだよ。さっきは篠塚とは関わらないって言ったけど、俺、君の事大好きみたいだから、君とは関わるよ、同じ業界のライバルだしね。これからもよろしく!」


 二階堂は引き締まったヒップをパチンッと叩いてクラスメイトがいる場所へと行ってしまった……。なんだこいつは? 遥や堂島と同じ匂いを感じるぞ……。


 け、結局あいつはあんりとは関わらないって事だな。

 でも俺とは関わるのか……。




「おーい、新庄! 大丈夫か!!」

「てか、新庄って二階堂と仲良かったのか?」

「真剣な話をしていると思って近づかないようにしていた」


 山田や平塚、平野が心配して来てくれた。


「二階堂って超有名人だろ? 運動、勉強もできるし超人気あるし、でもって女子に興味がなくて有名なんだよな」


「D組ってあいつ中心で回ってんもんな。他の学校でもあのイケメンっぷりで有名だしモデルもやってるらしいぜ」


「……新庄も負けていない」


 なんだか、俺はこいつらと会話するとほっとしている自分がいることに驚いていた。

 自然と笑顔が出ている。


「なんだか疲れた……。ところで山田、田中さんとは本当に付き合っていないのか?」


「ぐお!? マジか!? 新庄から恋バナだと!!」


「すげえな、明日雨が降るんじゃね? てか、田中さんってこの前試合観に来てくれたんだろ? 手作りのお弁当持ってきて」


「……羨ましい話だ。……俺は……女子が怖がる」


「ばろーーっ! 平野は意外とモテるじゃねえかよ!! バレンタインの時、チョコの数凄かっただろ! てか、誕生日もみんな祝ってたし」


 なるほど、平野は性格が良いからモテるんだな。

 誕生日といえば、俺の誕生日は夏休みの後半だ。……嫌な記憶は今は思い出さないようにしよう。


「てか、新庄って入学した当初って毎日告白されてなかったか?」


「い、いや、あれは……。その事故だ」


「はっ!? 事故じゃねえっての!? 意味分かんねえよ!!」



 俺は、山田たちのくだらない話を聞きながら時折、自分の話をして時間まで過ごした。

 なんてことのないこの時間が……とても充実したように思える。


 この後の自由時間にあんりと会えると思うと胸がドキドキしてきた。


 

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