見ていなかった
「あっ、あれってさっきの女装グランプリじゃない?」
「マジで可愛かったよね!!」
「新庄君じゃん。やっぱキレイな顔してるよね〜」
「写真一緒に撮ってくれないかな?」
「最近明るい顔してるよね?」
俺たちのクラスのレクリエーションが終わった後、俺は真っ白に燃え尽きた。
多分、この先女装というものをすることはないだろう……。
妙に女装を気に入っていた山田が張り切っていたので、レクリエーション自体はうまくいったが、疲れた……。
他のクラスの出し物がどんどんと進行しているのを横目に見つつ、俺は広場のベンチに座って休んでいた。
集団の輪から離れた俺は不思議な気持ちであった。
あんなに怖かった集団というものが、入ってみれば不器用なりに馴染む事ができる。
俺のクラスのみんなはメイクを落としたり、他の出し物を見て楽しんでいた。
あんりは田中さんや他のクラスメイトとお喋りをしていた。自然な笑顔を見ると嬉しくなる。
思えば、俺は殻にこもっていた。
同じクラスメイトだけど、同じ学校だけど、誰とも関わらないようにしていた。
もう誰も信じたくない。本当にそう思っていた。
もしも、俺が中学の時にクラスメイトと心を開いていたら? ……過去の事を考えるのはやめよう。あれはあれで俺の選択だった。悔いはない。
過去の俺がいたから、あんりにでも出会えたし、師匠と出会えて小説を書くきっかけが出来たんだから。
擦るような小さな足音が聞こえる。
「慣れない事をして疲れたか?」
知らぬ間に平野が隣にいた。そう言えば俺はクラスメイトの事を何一つ知らない。
かろうじて名前を知っているだけだ。
「そう、だな。疲れたけど……」
平野は俺が話すのを気長に待っててくれる。本当に同い年なのか? 随分と貫禄がある。
俺は考えた末、短い答えを伝えた。
「楽しい、と思えた」
「そうか……。なら良かった」
平野の視線は平塚を見ている。瀬尾と言い合いしながらじゃれ合っているようにも見える。
「俺は瀬尾が好きだ。幸せになって欲しい」
「はっ? 平野?」
思わず変な声が出てしまった。どう反応していいかわからない。
「安心しろ。恋愛の好きっていう意味じゃない。平塚と瀬尾に俺は救われたんだ」
やはりどう反応していいかわからない。
無口な平野がベンチに腰を下ろした。
「俺は見ての通り身体がデカくて気が弱い。だから……中学の時にからかわれていたんだ」
平野の顔を見ると、いつもよりも真剣であった。俺に何かを伝えようとしている。
俺は小さく頷く。
そう言えば、男子生徒とこんな風に長く話をするのは初めてかもしれない。
俺はちゃんと聞こうという気持ちになった。
「多分、新庄が想像している数倍ひどい扱いだと思う。身体がでかいから何しても構わない。何も言い返して来ないからどんな事を言っても構わない。……学校が嫌で行きたくなかった。女子に騙されてひどい目にあったこともある」
鼓動が早くなっていく気がしてきた。同じような経験をしてきたモノしかわからない感覚。
「だが、平野には――」
「そうだ、俺には平塚と瀬尾がいたんだ」
平野が大きくため息を吐く。
「違うクラスだったあいつらは俺の異変に気づいてくれた。不登校になりかけた俺を引っ張り出してくれた。……今でもあの頃を思い出すと、ほら、手が震えているだろ?」
平野の顔にはうっすらと汗が流れ落ち、手は確かに震えていた。
そんな震える手で俺の肩を掴む平野。
「すまんな。楽しい時間なのに重たい話をして。だが新庄には聞いてほしかった。俺たちは……同じクラスメイトだから」
平野の視線の先にいる、平塚と瀬尾が平野が見ているのに気がついて手を振る。
ああ、そうか、これが友達っていう感覚なのか。俺とあんりと一緒だ。
気持ちが通じあっているんだ。
「まったく、あいつらは今だに素直になれない。喧嘩ばかりだ」
愚痴を言っている平野は優しそうな顔をしていた。
俺は何を言えばいいか考える。適当な回答が見つからない。
「平塚はチャラそうに見えて普通の男」
「ああ」
「瀬尾も素直になれないだけの普通の女の子」
「ああ」
「山田も田中さんも……斉藤さんも普通の高校生だ」
「そうだ。みんな普通の高校生で俺たちの同級生だ」
俺は始めからクラスメイトを見ようともしなかった。昔の俺にとって、見なければ、関わらなえれば存在しないのと同じ。
自己防衛だったんだ。自分が傷つきたくないから誰とも関わらない。だから無関心だったんだ。
あんりによって俺の世界は色づいた。
この林間学校で初めてクラスメイトを認識したような気がする。
クラスメイトの顔をちゃんと見たことがなかった。
人として認識していなかった。
自分の事しか考えていなかった。
ぼんやりとしか見ていなかった。
集団の中にいるクラスメイトを見ると、みんな楽しそうにしている。俺は半数も名前がわからない。
それでも前と違う。色が付いて見えるような気がした。一人ひとりの感情が見えるような気がした。
もしかしたら、俺よりも辛い経験をした生徒もいるかも知れない。
山田はいつもふざけているけど、部活で大変な目にあったかもしれない。
田中さんは大人しいからクラスに馴染めなかったかもしれない。
平塚はチャラそうに見えるから嫌われていたかもしれない。
みんな苦しみながら前に前に進んでいるんだ。
俺は顔を上げて平野を見た。
温和そうに見える平野は辛い経験をしていた。だが、それが見えていなかった。
自分だけ辛いと思っていた。俺は子供だったんだ。
「やっとちゃんと顔を見てくれたな。新庄、そろそろ風呂の時間だ。行こう」
「ああ、そうだな。ありがとう」
「ん。別に何もしてない。俺たちはクラスメイトだろ」
最後の出し物が始まっていた。
ダンスタイムというもので、みんながゆったりと踊っている。
中学の時の林間学校のダンスタイムを思い出す。
あの時は辛い時間であったけど、今は違う。
俺と平野が集団の中に向かうと、クラスメイトたちは手を振って招いてくれた。
たったそれだけなのに、何故か俺の胸が熱くなったような気がした。
**************
『ポメ子さんや、お風呂に行ってくるぞ』
『うん、大浴場だから楽しみ』
『夜は部屋の行き来が出来ないから会えないな……』
『寂しいけど、明日も林間学校楽しもうよ!』
『ああ、ちゃんと小説の更新もしておくぞ』
『楽しみにしてるよ!』
風呂に移動する前にあんりとのメッセージのやり取り。
温かい気持ちになれる。自然と顔が緩んでしまう。
そういえば、冴子さんからのメールが来ない。改稿は大丈夫なのだろうか?
イラストレーターの水戸部先生からすごい勢いでイラストが飛んでくるらしい。
まあ放っておいても大丈夫だろう。
「新庄っ〜。そろそろ行かねえと遅れちまうぞ。ん、メールか。かーーっ!! やっぱ会えねえからメールだよな! わかるぞお前の気持ち」
山田が勝手に俺の気持ちをわかった気でいる。
なんだろう、さっきは平野との会話で色々考えさせる気持ちになったのに……。
「うるさいぞ、山田。お前と田中さんは付き合っているかもしれないが、俺とあんりは……友達だ」
「はっ? な、なに言ってるんだよ!? お、俺は田中とは別に……」
山田は顔を真っ赤にしてもじもじし始める。ちょっと気持ち悪いぞ。メイク落としていないし。
その時、冴子さんからのメッセージが届いた。
改稿のさらに改稿の連絡か?
俺は何気なくメッセージを開く。
「――――な、なにっ、コミカライズ!? どういうことだ、冴子さん!? これは……」
「なんだなんだ?」
「おい、新庄どうした?」
「だ、大丈夫か?」
「コミカライズってなんだ?」
「冴子さんって誰?」
部屋にいたクラスメイトが、突然大声を上げた俺に驚いてしまった。
冴子さんのメッセージにはこう書かれていた。
『えっとね、水戸部先生の気分が乗っちゃってにゃん太先生の原作を、本気で漫画で書いちゃったのよ。……100ページほど。なんか先輩が自慢気にそれを私に見せたら編集長が……』
俺の小説を原作とした漫画を出版してもいいか、という内容であった。
ちょっとまってくれ。確かにコミカライズは嬉しいが、まだ小説も出ていない……。
あ、あんりに相談だ!!
俺はあんりにメッセージを送る。だが、返信は来ない。駄目だ、すでにお風呂に向かっているのか。
「ポメ子さんや……」
「お、おい、新庄、頭大丈夫か? ポメ? なんだ? わかんねえけど、とりま風呂入って落ち着こうぜ」
平塚の声でふと我にかえる。
どうやら俺は取り乱していたようだ。
俺は頭がふわふわした状態で風呂へと向かうことにした――
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます