荷物置き場


 舞台裏も何もあったものじゃない。

 平野に連れていかれた俺は、舞台裏と称した荷物置き場の小屋へと到着した。

 そこにはクラスの女子が勢ぞろいしている。


 俺に遅れてあんりと田中さんがやってきた。

 俺は不安気な顔であんりを見つめると、あんりは顔をそらした……。


「あ、あんりや? 一体何が起こるんだ……」

「えっと、新庄、ごめん……。あ、あのさ、私がメイクしてやるからさ」

「メイク? 一体なにを?」


 周りを見ると、数人の男子生徒が女子生徒からメイクをされている。

 どこからか持ってきたのか、ウィッグを付けられていた。

 もしかして、女装をしているのか? 確かにTSというジャンルが最近流行っていて、一応勉強としてTS小説を読んだことがある。TS自体は嫌いでは無かったが……。これはTSではない、男の娘というジャンルではないか?


 俺は頭を振る。いや、ここは現実だ、惑わされるな。周りの男子生徒は女子にメイクをされてデレデレとした顔をしている。

 非常に嬉しそうであった。


「仕方ないわね、あんたのメイクは私がしてやるわよ」

「げっ、瀬尾じゃねえかよ!? 俺はみゆちゃんが良かったのに……」

「はっ? あんたね、ガキの頃の秘密バラしちゃうわよ? 教室でおしっこもらして――」

「ばかっ!? それは年少の時じゃねえかよ!?」


 ふむ、平塚は嫌そうな口調だが、嫌がっていない。瀬尾の顔もなんだか穏やかだ。

 林間学校という雰囲気で懐かしい気持ちになったんだろうか?


「ちょっと、新庄。わ、私だってあんまり気が進まないけど……」

「よし、あんり。気が進まないならやめよう」

「それは駄目だ。だってさ……、こうやってクラスで出し物するのが久しぶりで……嬉しいじゃん」

「そもそもこんな出し物聞いていない!? い、一体夏休みの間に何があったんだ……」

「た、田中さんと山田君にお願いされたんだ」


 俺の言葉を聞いていた男子生徒が一斉に山田を見た。

 山田は田中さんにメイクをされてデレデレしている。……こいつが元凶か。


「山田が勝手に提出したんだよ!」

「本当にやるとは思わなかったぞ!」

「このバカが適当に考えたんだっての!」

「おい、ふざけんな山田!! お前に任せた俺たちが馬鹿だった!」


「うっせーよ!? じゃあ他の案だせってんだよ! 俺に任せたお前らのミスだってんだよ! それに数人の犠牲でこのレクリエーションを乗り切れるんだっての! てか、お前ら女子と仲良くできて嬉しそうじゃねえかよ!」


「くっ……」

「確かに嫌じゃない……」

「お、俺は女子なんて別に」


 ここにいるのはクラスの半分の男子生徒だ。流石に嫌がっている人間には無理強いしないようだ。

 ……お、おれは知らなかったぞ?

 みんな知っていて俺だけ知らなかったのか? それは……なんだか寂しい。


 あんりが俺のほっぺたを両手で挟む。

「むぐっ……」

「はい、新庄。まっすぐ前を見て。大丈夫、超可愛くしてやるよ」


 こうしてあんりのメイクが始まった……。






 メイクを受けながら俺はこの状況の打破を考えていた。


「……真君、ごめんね。あのね、じつはちょっと真君のメイクしてみたかったかも」


 あんりは俺をメイクしながら顔を近づける。

 心臓が跳ね上がる。

 周りには聞こえてないから、いつもと同じ口調に戻っていた。

 ヤンキーあんりの口調も良いが、やっぱり普段どおりの口調が落ち着く。


「別にあんりが楽しければ俺は構わない」

「えへへ、すごく楽しいよ。……私、中学の頃は林間学校に行くのが怖くて休んだから」


 あんりは滅多に昔の事を話さない。宮崎や遥と一緒のクラスの桃という女子生徒に裏切られた。……あんりはそのせいで一人ぼっちになった。


「そうか……。俺も林間学校にはいい思い出はない。友達がいなかったからな」

「私達、なんだか変わったよね? こんな風にクラスメイトと行事を過ごすなんておもわなかったもん」

「話すと意外と良い奴らだしな」

「そうだね……、みんないい人。でもね、ふいに怖いって思っちゃうの。また裏切られたらって思うと……」


 人との輪を広げれば広げるほど人間関係に問題が生じる。

 多分、この先も人との付き合いには悩まされるんだろう。

 だけど、俺はあんりに出会って、遥と家族と奈々子さんと対話してきたことによって成長できた気がする。


「……ずっとそばにいる。何かあったら俺があんりを守る」


 かすれるような小さな声だったと思う。

 言ってから後悔が押し寄せる。俺とあんりは……友達だ。こんな重たい言葉は必要なかったのかもしれない。


 あんりは俺の髪を優しく撫でた。ウィッグだから変な感じだ。


「やっといつもの真君に戻ったよ。最近よそよそしかったけど、一安心だね。ま、真君は私の中ですっごく大きいんだから。――いつもありがとう」


 もしかして俺は自分の恋心に振り回されていたのかもしれない。

 自然体でいいんだ。……俺にとってあんりは特別。それが俺とあんりの関係だ。


「ん? 妙に静かだな」


 小声で喋っていたからクラスメイトには聞こえなかったはずだ。あんりだっていつもの口調だから気を付けていたはずだ。

 それなのに、メイクをしている女子生徒が顔をそむけたり男子生徒が顔を俯けていた、何故か平塚が手で顔を隠している?

 平野は窓ガラスの前で肩を震わせながら仁王立ちをしている。なんだこの状況は。


 あんりが俺の肩をぽんっと叩く。


「おしっ! 新庄、できたぞ! ……や、やりすぎたかも。超カワイイ」


「ちょ、あんりさんや。い、一体どんな風になっているんだ」


「あとで写真取ろう! そろそろ行かなきゃ」


 山田と田中さんが男子生徒たちを誘導していた。

 改めてこの光景は……。


 異様な空気感に包まれていた。女装した男子生徒が事務所を闊歩している。

 女子生徒が楽しそうに写真を撮っている。

 俺は学校行事にほとんど参加したことがないからわからないが、これが特殊な状況の時の空気感なのだろうか? お祭りと似た雰囲気だ。お祭りは子供の頃に遥と宮崎と行った記憶しかない。……こんな雰囲気を二度と味わえないと思っていた。


「ちょ、新庄? マジで新庄なのか!? やっべっ!? 俺が一番かわいいと思ったのに……くそ、負けたじゃねえかよ!?」


 山田が俺を見て悔しそうに舌打ちをする。いや、舌打ちすんなって。というか、何と勝負している?


「はっ? マジで新庄なのか? あっ、これ惚れるわ。やべーわ。……なあ瀬尾っちどう思う?」

「……悔しいけど私よりもかわいいじゃん。てか、瀬尾っちって言うなし」

「同意だわ。……あっ、瀬尾っちもかわいいのに眉間にシワ寄せてるからいけねえんだよ」

「ムカつくわね。っていうか、褒めるかけなすかどっちかにしなさいよ! あんたは昔っからそんなだから」

「ば、ばか!? みゆちゃんが見てるからやめろよ!」


 平塚と瀬尾が仲良さそうにじゃれ合っている。良い雰囲気だ。



 その時、後ろから肩に手を置かれた。重量感がある感触だ。

 振り向くと女装していない平野がいた。……なんだろう、漫画でこんなキャラが居たような気がする。


「女装男子は新庄の元へ集まれ。行くぞ」


 平野がそういうと、女装男子が俺を元へと集まる。

 なぜだ?


 疑問は消えることなく、そのまま俺を囲うように舞台へと向かうのであった。

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