レクリエーション


 昔は写真なんて大嫌いだった。

 アルバムに写っている暗い顔をしている自分を見るのが嫌だった。


 あんりと出会ってから変わった。俺のスマホのフォルダの中には、あんりとの写真で埋め尽くされている。

 ディスティニーランドの遠足の時からだ。あの時の写真を見ると、まだお互い硬い笑顔だったけど今は違う。


 調理場の隅っこで二人で座りながら見ている写真の中の俺たちは、自然な笑顔であった。


「一緒に初めて写真撮ったのがそんなに前じゃないのに懐かしいね……」


 あんりはスマホをスクロールさせて、昔の写真を見る。

 ディスティニーランドの時の写真まで巻き戻る。あの時の思い出まで巻き戻ったような気がする。


「あの時はあんりを見てみんな驚いていたな。綺麗な姿だったからな」

「そ、そんな事ないよ!? ま、真君だって女子のみんなに見られてたし」

「そうなのか?」

「もう、真君は自覚がないから困っちゃうな……」


 あの日の遠足は俺たちにとって特別なモノだ。

 二人が一緒なら過去の傷が消えてなくなる。そう確信した日であった。


「そう言えばあの日からだな。あんりの口調が優しくなったのは」


「え!? そ、そんな事ないよ。……だ、だって、ディスティニーランドだからだもん」


「そうだな、不思議な空間だったな」


 夏休みは長い。この林間学校が終わってもあとまだまだ休みがある。

 もちろん、出版に向けて改稿したり、ショップ向けに特典小説を書かなければいけない。それは問題ない。ちゃんとスケジュール通り進んでいる。

 水戸部先生の素晴らしい絵を見たら創作意欲が湧いてきたしな。


 あんりはにまにましながら、まだ写真を見ている。お散歩デートの時の写真だ。

 ……俺ってこんな顔してたんだ。


「真君、この後大泣きしちゃったもんね。ふふっ、遥ちゃんの事助けたりしてカッコよかったよ」


「あ、ああ、あれは、その……」


 あんりがスマホを閉じてこちらに向いた。

 たったそれだけの仕草なのに胸が高鳴ってしまう。まともに顔が見れない。


「あっ、まただ! 最近それ多いよ? むぅ、ちゃんとこっち見てほしいな」


「そうだな……。あれだ、ポメ子さんが可愛くて、あ、いや、その……――あ〜〜、夏休みパグ子たちと出かけないか?」


「か、かわいいって恥かしいよ……。もう冗談はいいからちゃんと顔見て話してよね」


「冗談じゃないのに」


「ま、真君? え、えっと、パグ子ちゃんたちと遊びに行くのは賛成だよ。ど、どうしようか?」


 生徒が誰も近づかないこの場所。自分の口が軽くなったような気がした。

 言いたくても言えない事を言ったような気がした。


 あんりは「こほんっ」と咳払いをする。少し顔が赤い。そして、俺の手を優しく取った。


「真君、そろそろ向こうに行かなきゃ。へへ、ここだと普通に喋れるけど、向こう言ったら難しいね」


 いつも二人っきりでいるのに、離れたくない。

 一緒にいるけど、学校だと違う俺たち。


 俺は腹の中にある感情を押し込めてあんりと手を繋いだまま立ち上がる。

 こんなに幸せでいいのだろうか?

 あの時の林間学校みたいに嫌な事は起こらないだろうか?


 そんな不安もあんりと一緒にいると吹き飛んでしまう。


 俺たちはレクリエーションを行う広場へと向かう事にした。




 ……師匠、俺はどうやら小説のおかげで、大切な人ができたよ。


 いつかあんりに師匠の話をしてみようと思った。











 真っ先に声をかけてきたのは平塚だった。


「おいおい、新庄ぅっ!! おっせえぞ!! もう始ってるぜ!! お前の妹ちゃんが出てんじゃねえかよ! かぁっ〜〜遥ちゃんかわいいぜ!!」


 俺たちのクラスの場所に行くと、すでにクラスメイトたちが集まっていた。

 ……昔はこの光景が嫌だった。

 クラスメイトがみんなで集まって雑談をしている集団の中で、俺だけ一人あとから来て、ぼっちで空気のように過ごす。

 今思うと、疎外感というものが人の心を嫌な方向に持っていくんだな。


 隣にいるあんりを見ると少し苦笑いをしていた。同じ事を考えていたのかもしれない。

 あんりも昔の事があるから集団が苦手だ。


「お、おい、新庄、あ、あんまり離れるなよ」


 それでも、今は少し違うのかもしれない。

 俺を見ると、平塚が屈託のない笑顔で話しかけて来る。チャラそうに見えるけど、意外と良い奴なんだろう。真面目な平野がいつも一緒にいるし。


 他のクラスメイトからも変な圧を感じない。山田も田中も「おう!」「し、篠塚さん、こっち空いてるよ……」と言ってくれる。


 多分、これは普通の事なんだ。

 本当に普通のことなのだろうか? だって、こんな風に人を拒絶せず、集団の中に溶け込もうとする自分がいるなんて思わなかった。……それを受け入れてくれる人なんて存在しないと思っていた。


 田中さんに誘われたあんりは俺の方を見る。

 少し気弱な顔になっている。……きっと大丈夫。


「この林間学校が終わったら、二人っきりで沢山話そう」


「う、うん……、ぜ、絶対だよ。……じゃあ行ってくるね」


 あんりは俺に小さく手を振ってから田中さんの方へと歩いていった。

 戸惑いながらも嬉しさが隠しきれていない顔だ。

 友達から裏切られたあんりに、また友達ができるかもしれない。


 ……む、ちょっと嫉妬してしまう。





 田中さんの横にいた山田が頭をぼりぼりと掻きながらこちらへと近づいてきた。


「うへへ、おうっ、新庄!! 元気してっか? 俺は超元気だぜ!! へへ、なにせずっと会えなかった田中に会えたんだもんな! お前も久しぶりの篠塚さんにあえて嬉しいだろう??」


「あ、そ、そうだな」


 ほとんど毎日会っていたような気がするが……。余計な事を言うのはやめよう。

 そこへ平野が口を挟んできた。


「新庄、お前の妹が歌い始めるぞ。聞いてやれ」

「そうだな。……ん? あいつ歌えるのか? 鼻歌しか聞いた事ないぞ」


 広場には一段高いところがあったそこをステージと見立てて、出し物をするみたいだ。

 遥たち隣のクラスの女子たちがジャージ姿で所在なく立っていた。

 やはり少し恥ずかしいのだろうか。楽しそうにしている遥とは対象的に宮崎含め、大勢の女子は恥ずかしそうにうつむいていた。

 ……幼馴染か。


 ちらりと平塚を見ると、その視線の先は瀬尾の方へ向いていた。

 なにやら複雑な気持ちになってきた。


 再びステージを見ると、遥が挙動不審にキョロキョロと何かを探していた。

 ふと、俺と目があった気がした。暗いからわからないと思うが……。

 遥は照れながらニコリと笑って小さく手を振ってくれた。


 多分あれは俺に向かって手を振ってくれているんだろう。昔ならわからなかった。あいつはいくつになっても変わらない。……そうだな、俺の妹なんだよな。


 ……たまにはお兄ちゃんらしいところを見せた方がいいか。


 俺は手を振りながら珍しく大声を出した。


「――遥、頑張れ!!」


 生徒たちのざわめきで聞こえているかわからない。何をするのかわからないけど、妹を応援をしたい。多分、自然な気持ちなんだろう。


 遥は口をパクパクさせて嬉しそうに飛び跳ねる。

 そして――


「いええええええぃぃぃぃ!!!! 一年B組の歌を聞いてね!!」


 遥が集団から一歩前に出て、地声で歌を歌い始めた――







 こんな森の中で爆音を響かせていいのか疑問に思うところだが、会場は大盛り上がりだ。

 遥がこんなにも歌がうまいとは思わなかった。もちろん他の生徒たちも歌を歌っているが、遥によって全てかき消されていた。


 アイドルみたいな曲で誰の歌かわからないけど、遥は一生懸命であった。

 ダンスをしている生徒たちもいる。その中には宮崎の姿も見える。

 あいつは運動神経がいいから何でもできる。

 子供の頃の記憶が歌とともに蘇る。


 苦い記憶ばかりだけど、楽しい時もあった。

 すれ違いばかりだけど、傷を癒やす事ができた。


 遥の歌を聞きながら目であんりを追ってしまう。あんりは田中さんたちと笑顔で過ごしていた。


 無性に嬉しい気持ちになった。

 こんな風に俺たちが普通に学校のイベントを楽しめる時が来るとは思わなかった。



「ありがとごじゃいました!!!! 次は一年A組です! あでゅっ!」


 遥は満足そうな顔で、生徒たちからの歓声を浴びていた。

 なんだか、久しぶりに遥の頭をなでたい気持ちになった。




「おい、真、次の次だから早く準備行くぞ!!!」


 平塚が何故か俺の肩をつかむ。俺の頭はクエスチョンマークが飛び交う。

 うちのCクラスの出し物? 何をするんだ? 聞いていないぞ。


「わりい、新庄……。でもお前の嫁さんには了解得てるからな!」


 山田が気まずそうに顔をそらす。嫁さんってあんりの事を言ってるのか!?


「お、おい、一体何をするんだ? 平野? なぜ俺のつかむ? おい、まて!? 何が起こるんだ??」


 俺は平野に掴まれながら舞台裏へと移動させられたのであった。



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