写真

 あんりは俺の友達だ。

 それなのに俺はあんりに恋をしている。

 ……人を好きになるっていう感覚がわからなかった。でもこれが恋だってわかるんだから不思議だ。


 あんりの事を思うと胸がドキドキする。

 一緒にいるだけで気分が高揚する。離れていると寂しくて悲しい気持ちになる。


 ……でも俺たちは友達だ。これ以上求めてはいけない。そう思っていた。







「し、新庄君、写真撮ってもいいですか!」

「……いえ、家の都合で写真は友達以外とは撮らないようにしています。すみません……」


 夕飯を終え、学生たちはレクリエーションの時間まで部屋で待機を言い渡された。

 荷物の整理や寝るための準備だ。俺とあんりは一度別れを告げ、自分たちの部屋へと戻ることにした。


 何故か俺はチャラ男である平塚と、巨体の平野と一緒に部屋へと向かっている。

 その間に数人の女子から話しかけられた。


 少しは人に慣れたけど、まだ知らない人と話すほど器用ではない。


「へへっ、新庄はだめなんだっての。ヤンキーに怒られるからな! 俺と写真撮ろうぜ! え? ちょ、なんで逃げるんだっての!?」


 平塚がデレデレした顔で女子生徒に話しかけると、女子生徒たちはしょんぼりした顔で逃げてしまった


「マ、マジか……。てか、新庄モテすぎじゃね? やっぱあれか、クールな感じがモテるのか! 俺もキャラ変えっかな……」


「……平塚、お前のは瀬尾がいるからいいだろ? 全く」


「う、うるせえよ!? あ、あいつとは何でもねえってんだよ!? ただの幼馴染だ。それに……」


 なんだろう、すごく気になる。チャラチャラしている平塚の顔が少しだけ真剣になった。


「……俺は、あいつに嫌われてんだよ。あのさ……。って、また女子かよ!?」


「いや女子ではない、あれは妹だ」


 平塚が何か言おうとした時、遥が奈々子さんと一緒にこちらへやってきた。





「お、お兄ちゃん、えへへ、た、楽しんでる? 森って楽しいよね。不思議な物が一杯あるから奈々子と一緒に探検してるんだ! ほら、松ぼっくりだよ!」


 遥の服は泥だらけであった……。そこらじゅうに泥やら木の枝やら葉っぱやらを付けている。満面の笑みで俺に虫が付いた松ぼっくりを渡してくる。


 俺は松ぼっくりに付いているを虫を払い受け取る……。な、なんだこのやり取りは?

 いや、遥には悪気はない。きっと遥にとってこの松ぼっくりは宝物なんだろう。


「でね、あの木に向かって投げて、どっちが多く当てられるか競争しようよ!!」


「はっ?」


 なるほど、大切でもなかったのか。ただの遊びの道具か……。

 俺は松ぼっくりを適当に放り投げて遥の身体を払ってあげる事にした。流石に見ていられないほど汚れている。


「ほら、後ろも見せろ。こんなに汚れて……。全く、お母さんに怒られるぞ」


「お、お兄ちゃん!? ……あ、ありがとう。へへ……」


 遥は猫みたいに目を細めていた。口元は笑っている。

 俺はそれを見て不思議な気持ちになった。……温かい気持ちというか、なんというか……。


 思えば遥とは色々あった。全部が全部過去の事と言って割り切れるわけではない。それでも、俺にとってかけがえのない妹だ。

 勇気を出して前に進む、そう決めたら世界の色が変わったんだ。


「……いや、俺の方こそありがとう」


「お兄ちゃん?」


 遥は口を開けて呆けた顔をしている。そんな遥に愛情を感じる。……家族の愛情だ。

 お母さんとはまだぎくしゃくした関係だけど、昔に比べたら全然ましだ。

 きっと、俺はこうやって少しずつ前に進んで行くんだろうな。


 ……だが、人様に迷惑をかけてはだめだ。奈々子さんのやつれた顔を見たら大変迷惑をかけているではないか。


「遥……。今日はもう大人しい遊びをしなさい。夜だし暗いし怪我をしたら大変だ。ほら、奈々子さんも疲れているだろ?」


 遥は俺に汚れを払われながら大きく頷く。


「うん! そうするね!」



 苦笑いをしている奈々子さんと目があってしまった。そう言えば電車の時以来かも知れない。


「新庄君、こんばんは……」

「あ、ああ、奈々子さん大丈夫か?」

「ううん、大丈夫よ。遥ちゃんがいてくれるからね。……中学の時とは全然違うから楽しいよ」


 正直奈々子さんの状況がどうなっているかわからない。心配な面もあるが、遥がいてくれるからきっと大丈夫だろう。

 奈々子さんは穏やかな笑顔を浮かべていた。


「あっ、そうだ、お兄ちゃん! 遥と奈々子と一緒に写真撮ろうよ!!」

「別に構わないが――」


 遥は俺に体当たりをしてきた。その手にはスマホを持っている。

 奈々子さんがおずおずと俺の横に立つ。距離は少し遠いけど適切な距離感だ。


「もう、奈々子はもっとお兄ちゃんに近寄って!!」

「えっ? こ、こう?」

「ちがーう!! ……まあいいや、それくらいでいいよ! じゃあいくね――」


 さっきよりも少しだけ距離が近くなった奈々子さん。奈々子さんの顔が少し赤くなっていた。

 俺も妙に緊張してしまう。そういえば、あんりと写真を撮っていない。撮らなければ――


 そんな事を考えているうちにシャッターが何度も下ろされ、遥は満足気な顔で俺から離れる。


「あとでお兄ちゃんに送るね! じゃあね!!」

「あっ、さ、さよなら」


 遥は奈々子さんの手を引っ張ってその場を去っていった。

 ……写真、別に嫌じゃなかったな。








 平塚の慟哭が部屋の響く――

 俺たちは布団の準備をしながら平塚の文句を聞いていた。


「くっそ!? なんだって新庄はマジでモテるんだよ!? 俺と何が違う? あんな可愛い妹が存在していいのか? 南奈々子ちゃんだって最近超可愛いって有名じゃねえかよ!! あれだろ、みゆちゃんとはなんか謎の関係だし、隣のクラスの美少女宮崎さんだって幼馴染なんだろ? くそっ……不公平だ……」


 そんな事言われても困る……。傷つけられて、傷つけて――、そんな関係だったという必要はない。

 それに俺は彼女たちを異性として見ていない。遥は家族だ。

 ……他の子たちは……俺にとって――なんだろう?

 なんと言えばいいんだろう? 俺はまだまだ前に進んでいない。


「そんな事より平塚、お前はなんで瀬尾さんに嫌われているんだ?」


 平塚が黙ってしまった。布団を敷き終わった平野は軽いため息を吐く。


 今この部屋には俺たちしかいない。みんな先に布団を引いて女子のところへ行ってしまった。

 平塚は頭をかきながら軽い感じで話し始めた。





 **************




 平塚の話を要約すると――

 瀬尾さんと平塚は幼馴染である。

 子供のころかずっと一緒で、隣にいた存在。

 なにやら中学の時に問題が起きて関係がギクシャクし始めたようだ。


 お互い素直になれなくて、周りから茶化されていた。

 そんな時、女子だけで喋っている時に瀬尾が――


『あんな奴はただの腐れ縁よ。マジキモいって。ていうか、わたしは隼人先輩推しだから』


 その言葉を聞く前に、実は瀬尾さんに告白しようと思っていた平塚。

 平塚もその言葉を聞いて――


『はっ? 別に一緒にいろって頼んでねえし。てか、お、俺だってマキちゃんの事好きだし』


 二人は意固地になり、自分に素直になれずに……、瀬尾に彼氏が出来てしまった。

 平塚はショックを隠すように、軽薄な口調で馬鹿みたいに明るく喋るようになる。


 それ以来瀬尾と平塚は微妙な関係であった。

 結局、瀬尾は彼氏とは一週間で別れたらしい。

 別れたとしても瀬尾と平塚の関係性は二度と戻らなかった。


 お互いがお互い意識しあっているのに、素直になれず後悔をしてしまった二人。それが現在進行系で続いている。

 平野は中学の時から二人をやきもきした気持ちで見ているらしい。


 ……平塚はなんで俺にこんな事を話したんだろう? 

 まともにクラスで喋った事もない俺たちの関係。


 幼馴染か――

 俺にも宮崎という幼馴染がいる。なにか感情が芽生える前に俺たちは離れていった。

 瀬尾と平塚は違う。お互い意識しているのに素直になれないんだ。


 平塚は瀬尾に恋しているのか? 

 ……もしも俺と同じ想いを抱えているなら――あいつはすごく辛い気持ちを感じたんだろうな。




 俺は一人でキャンプ上の調理場でさっきの話を考えていた。ここは中学の時の思い出の場所だ。あの時は師匠がいなかったら俺の人生が変わってなかった。

 今の時間は人も来ないから考え事するには丁度良い。


「あっ、真君!! ここに居たんだ?」

「あんり? もう準備は終わったのか」

「うん! 真君? なんか疲れてるの?」

「まあちょっとな……」


 ジャージ姿が良く似合うあんり。ショッピングセンターにいる時の姿と被る。

 そんな事を考えていたらおかしくなってしまった。


「あ、そうだ、真君。さ、さっき遥ちゃんたちと楽しそうに写真撮っていたでしょ? な、なんかデレデレしてなかった?」


「あ、あんりさんや? な、なんか目が怖いぞ」


「べ、べっつにー。いつも通りだよ。……ね、ねえ、隣座っていい?」


「も、もちろんだ」


 あんりが隣に座る。それだけで緊張してしまう。さっきの写真の時とは質が違う。

 緊張するけど、心が安らぐ。

 あんりの手に触れたい。あんりに近づきたい。そんな想いが心に生まれてしまう。


 今までは意識していなかった。手を握っても「友達」だという免罪符があった。

 だけど、俺はあんりに恋をしている。


 ふと、あんりが俺の肩に頭を乗せてきた。


「……なんか幸せだね。……こんな風な日常が送れるなんて思わなかったよ」


 心臓の音が聞こえないか不安だった。

 俺はこんなにも幸せでいいのか不安だった。

 でもあんりの声を聞くと不安もかき消される。


「――俺はあんりに出会えて幸せだ」

「うん、わたしも真君に出会えたもん」


 綺麗事ではなく本心からの言葉。二人にはそれがわかっている。


 あんりが突然ポケットからスマホを取り出してカメラを自分たちに向ける。

 シャッター音が鳴り響いた。

 あんりの顔が更に近づいていた。心臓が跳ね上がる――


「えっと、もう一度ね? いま真君変な顔してたもん」

「あ、あんり? こ、心の準備が……」


 今度はあんりが俺の顔にほっぺたを付ける。さっきよりも更に距離が近い。

 きっと俺は変な顔をしている。あんりの心臓の音が聞こえてくる。


「べ、別に遥ちゃんと写真撮ってて羨ましいと思ったわけじゃないからね」


 写真を取り終わり、あんりが俺から少し離れる。

 あんりがほっぺたを膨らませていた。


 今度は俺があんりに近づく。

 あんりが倒れないように肩を後ろから支える。そして顔を近づけ――

 シャッターを下ろした。


 俺たちは顔を見合わせて笑い合う。

 きっと俺たちはこれ以上間違わない。あんりになら裏切られてもいい。

 俺はあんりが大好きだから。


 スマホに写っているあんりは――はにかんだ笑顔で本当に幸せそうにしていた――



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