過去
あれは中学二年の夏であった。斉藤さん、如月、奈々子さんの事件が終わり、俺は学校を一人で過ごしていた。
義妹やお義母さんと家にいたくないから朝一で学校へ登校し、図書室で勉強するか小説を読む。放課後も同じだ。図書室で時間を潰してから家へと帰った。
斉藤さんはあの事件以来、図書室に来ない。みんな違うクラスだったのが幸いだった。
俺は人の目を気にしないようにしていた。一人でいると誰もが俺の事を笑っているように感じた。
誰かに陰口を言われる度に心がすり減る。
俺の事を構わないで欲しかった。期待なんてしない。期待がなければ心も傷つかないんだから。
夏休み前のHR。
中学の時の担任はきっと楽しい学校生活を送っていたんだろうな。
全ての生徒がみんな仲良くなれると思っている。
「適当に班を決めてくれ! 好きなもの同士で組んでいいぞ! はははっ、みんな林間学校は旅行ではないからな! まあ青春を楽しめ!」
林間学校の班決め。みんなグループになってワイワイ話しながらグループを決めている。
俺は余ったところに入るしかない。
クラスメイトたちが黒板に自分の名前を書き込む。先生が黒板を見ながら怪訝な声を出した。
「んん? まだ班に入っていないやつがいるな? 新庄、お前も友達と相談してグループに入らなきゃ駄目だろ?」
俺の身体をビクッとさせてしまった。
まさかここで俺の名前が出るとは思わなかった。
先生は俺が一人で友達がいない事を知っているはずだ。
俺は仕方なく立ち上がる。
そして、チョークを手に持って黒板を見ながら考えているフリをした。
クラスメイトたちからは嘲笑が聞こえてくる。
答えが出ないのに黒板の前に立たされている時間がひどく虚しく感じる。
だって俺には友達なんて誰もいない。友達なんていらない。
「え、俺あいついやだぜ」
「いやいや、俺の班も定員いっぱいだぜ」
「お前の班って人足りてないだろ」
「はっ、別に足りて無くても問題ないだろ」
「ちょ、新庄が、ぷぷっ、可哀想じゃん」
「マジかわいそー」
感情がこもっていない言葉。人を見下した言葉。空気を読んでいる言葉。
俺は小学校の事件があってから誰も信じないと思っていた。それなのに人は同じ間違えをする。俺は一人では寂しくて誰かを信じようとしてしまった。
期待をして裏切られる。
斉藤さんと図書館で出会わなければ良かった。
如月の嘘告白なんてきっぱり断ればよかった。
奈々子さんの明るさに絆されなければよかった。
わかっている、本当は全部自分のせいなんだ。人のせいになんてできない。
だから、俺はどんなに馬鹿にされても、何も感じないふりをして過ごせばいい。
*************
林間学校当日、俺は一人でバスへと向かった。学校から二時間かけて埼玉にある山へと向かう。
班決めでは俺の押し付け合いがありつつ、最終的には――
『てかさ、あいつパシリにすりゃいいんじゃね?』
このリア充グループの一言で俺の班が決まった。
学校のイベントは本当に面倒だ。班分けの時にくっきりとクラスの異物を再認識させてくれる。
俺は二年の初めまでただのぼっちだった。陰口を言われている程度の。
だが、担任の先生が余計な事をしたせいで……、クラスメイトの俺へのヘイトが更に深くなった。
俺が廊下を歩いていると肩を強くぶつけてくる。靴が隠される。体操服がボロボロにされる。階段から突き落とされる。教科書が隠される。机に落書きをされる。
全部冗談で済まされる。
その程度の事だ。冤罪に陥った時よりも悲しくない。
騙されてヤンキーに脅されるよりも怖くない。
何も感じなければいいんだ。
そんな事を考えていたら、学校の前に止まっているバスが見えてきた。
まだ時間が早い。生徒がたくさんいる時に登校をしたくない。見られているわけではないのに、生徒たちの視線が嫌だ。
俺はため息を吐いてバスに乗り込もうとする。
「あれれ? 新庄早くね? てか誰もいなくね? はっ、わ、私時間間違えた?」
図らずしも俺と同じ班になったリア充グループの女子生徒、
俺の教科書を笑いながらゴミ箱に放り投げた女の子だ。
俺は軽く深呼吸をする。
「しゅ、集合時間まであと一時間あるよ」
花澤は俺の肩をバシバシと叩く。教室で叩かれたときよりも大分弱い。
「マジかっ! 竜二も美樹もいないじゃん……。まいっか、あんた早くバスに乗るわよ! てあんた無口だから何考えているかわかんないのよ。あっ、私の事痴漢したらぶん殴るわよ?」
斉藤さんの件が頭によぎる。心が暗くなりそうだ。
俺は悪くない……、だが、俺はみんなにそう言っても誰も信じてくれなかった。
その後も事件もあって、俺はもうどうでもいいと思った。
被害者ぶって悲しんでいる自分の事さえ嫌いになりそうであった。
だから俺は何も気にしない。俺は価値なんてない。
「ちょっとあんた暗いっての。だからクラスでいじられんのよ。ほらさっさと行くわよ! 今日はクラスメイトと少しは仲良くなりなさいっての!」
俺は思わず拳を強く強く握りしめていた。
一対一で話すとこんなにも普通なんだ。それなのに周りの目がある時は同じ人とは思えない言動をする。
何も信じられない。何も信じなくていい。
壁を作ればいいんだ。
「そう……ですね。努力してみます」
「はっ? ウケる、なに敬語で喋ってんの? うちらタメじゃん。まいっか、なんか陰キャっぽくて似合ってんじゃん。あっ、てかうちら後ろの席占領するからね〜! あんたも後ろだかんね」
「俺の席は一番前のはずです……」
「そんなのいいからさー」
花澤は俺の腕を取ろうとした。もう二度と痴漢に間違われたくない。
俺は身体を一歩引いて花澤の手を躱す。
花澤の顔が一瞬だけ悲しそうに見えた。俺をいじめているのになぜそんな顔をする?
俺の胸が痛み事はなかった。
「あ、あははっ。女子に触られたら緊張するもんね! ど、どうでもいいから早く後ろ行くじゃん。あ、あんた拒否権ないのよ。あとでみんなにあんたに痴漢されたって言っちゃうわよ」
自分の体温が低くなるのを感じる。
やり過ごせばいい。笑うふりをすればいい。
俺は口角を少しだけ上げてみた。
「そうですね。わかりました」
「うんうん、マジ顔だけはイケメ……、あっ、なんでもないっての!」
俺は面倒事は避けて促されるままにバスの後ろの席へと向かった。
俺は花澤の会話に適当に相槌を打ちながら時間を過ごしていると、生徒も増えてきた。
花澤は教室にいるときとは違い、本当に普通の女の子に見えた。
会話も部活の悩みや勉強の悩み、普通の学生に見えた。
「てか、あんた二年になってマジで背が高くなったね。……それでね、竜二ったら……、あっ!! 美樹っ!! こっちこっち! うわぁ〜メイク超決まってんじゃん!」
花澤の友達である時雨美樹。同年代としては落ち着いているギャル風の女子生徒だ。
「おはー。ていうかさ、華ちゃんさ、なんでここにこいつがいるの? マジキモいんだけど?」
「あ…………、ほ、ほら、今日は同じ班でパシリじゃん。だからさ、ここでパシらさてたんだよ。なんだよ新庄、キモい目で見てんじゃねえよ」
「あそっか。同じ班って事忘れてたよ。うん、でもキモいからあんたは一番前の席に行きなよ」
「あ、はは、マジキモいじゃん。……あんた私達の前から消えなって……」
花澤が立ち上がりかけた俺の俺の身体を強く押す。
俺はバランスを崩して背中から倒れてしまった。
バスの中は笑いの渦に包まれる。
「おっ、なんだ。早速新庄が身体を張って笑いを取ってくれてるのか」
「竜二、おはー。こいつ後ろの席で華ちゃんと喋っててさ」
「うわ、キモ」
「華ちゃん大丈夫? 痴漢されてない?」
「おいおい、起き上がれないふりしてるよ。邪魔だから移動しろって」
「は、はは、ちょ、ちょっと押しただけ、なのに、大げさよ……」
背中が痛い、足が痛い、肩が痛い――
俺はのろのろと立ち上がる。
大丈夫、心は何も感じない。花澤に近づき過ぎた自分が悪いんだ。
誰も悪くない。俺が出しゃばったのが悪いんだ。
そんな考えをする自分が気持ち悪い。
みんなが笑っている中、花澤が俺に近づいて俺の背中を軽く押す。
後ろから小声で囁かれた。
「ご、ごめん、あんまりいじりたくないけど……、ノリで……」
大丈夫、こんな言葉は全てまやかしだ。なぜ俺をいじめていた子の言葉を信じる必要がある。
罪悪感を感じるなら俺を関わらないで欲しい。
だからもう花澤の言葉が耳に入って来なかった。
俺は読みかけの小説「血まみれ勇者テツロウ〜」の続きが読みたかった。
誰にも邪魔されずに俺は本を読みたかった。
もう、誰も信じたくなかった――
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