ちさと尊
「てか、あんたなんで堂島と一緒にいんのよ。……私が先に堂島と喋ってたのに」
いきなりだった。
小休憩の時間で、尊がお手洗いに行っている時だった。
私が元いたグループのリーダーである水戸部みゆきがいきなり私の肩を掴んできた。
「え、な、なに?」
無視されていたのにいきなり喋りかけられて驚いてしまった。
この子は私が書籍化した事を伝えたら、顔色を変えて無口になった子だ。
何が気に障ったか今でもわからない。ただ、私はクラス中から仲間ハズレにされただけだ。
「……私だけが堂島の事知ってたのに。なんであんたが――」
以前は怖くて何がなんだかわからなかったけど、今は違う。落ち着いた心でみゆきと接することができる。
みゆきは何故か悔しそうな表情をしていた。私にはその意味がわからない。
だから――
「ねえみゆき、なんで私の事をシカトしていたの? やっぱり書籍化したからって調子のっていたから?」
「……うっさいわね。私だって……、私だって……」
明らかにみゆきの様子はおかしかった。クラスメイトはこの状況を心配しているけど、口出し出来ない。
「ねえ本当にわからないの。だけどね、みんなから無視されてすごく悲しかった。自分が悪いことをしたんだ、ってずっと頭の中でぐるぐるしてて、頭がおかしくなりそうだった。でもみゆきはそんな事する子じゃないし、わけが分からくてみんなの事を嫌いになればいいのに殻に閉じこもることしか出来なくて……」
私は立ち上がっていた。どんな事も話し合わないと先に進めない。だってみゆきがすごく優しい子だったでしょ。どんくさい私の事を気にかけてくれたでしょ。
お兄ちゃんとお姉ちゃんが言っていた。私の状況はまだ手遅れじゃない。
みゆきは黙ったまま下を見ている。何かをこらえているような感じだ。
足音が聞こえなかった。いつの間にかみゆきの横に尊がいた。
「おお、これは水戸部さん。おっと、すまない、俺は陰キャというものだから学校では話しかけて欲しくなかったんだな。しかしこの状況は……」
みゆきは堂島を見て複雑な顔をしていた。嬉しそうで悲しそうで……。
「ど、堂島……、わ、わたし……、わたし……」
みゆきは歯を食いしばって教室から出ていってしまった。
もうすぐHRが始まる。
堂島が誰ともなくつぶやく。
「図書室でたまに水戸部さんと出会って会話をしていたが、ここ一ヶ月は図書室に来ていない。彼女の変化の理由は俺にはわからないが……、彼女の小説の続きが見れなくなった」
「小説?」
「ああ、彼女が書いた小説を見せてもらっていた。教室にいる時よりも楽しそうな表情だったのを覚えている」
「そっか、尊ありがと。私行ってくるね」
「ああ、よくわからないが頑張れ、ちさ」
尊の言葉だけで勇気が湧いてくる。だから私は教室を出てみゆきの後を追った。
図書室の隅で体育座りでうずくまっているみゆきを見つけた。
私に気がついているけど顔をあげない。私はみゆきの横に座った。
沈黙が続く。
「……ごめん」
みゆきがぽつりと声を漏らした。
「うん、すごく辛かった。ねえ、なんで?」
「……私にないものがあって……」
「そっか。私も馬鹿みたいに書籍化したって浮かれていたもんね」
「ううん、ちさは悪くない。心が狭い私が悪かったの。本当にごめん。無視だなんて子供みたいな事して……。どうしていいかわからなかったの。ち、ちさと、ディスティニー行くの、楽しみにしていたのに……、ごめん、ごめん……」
「全部聞くよ」
みゆきはゆっくりと話しを始めた。
子供の頃から小説を書いていたみゆきは三年に上がるとともにブルーライトニング文庫から書籍化打診を受けた。ギャルであるみゆきは小説を書いている事を友達にも隠していた。
子供の頃からの夢が叶って心を弾ませながら書籍化に向けて準備していたのに、編集から連絡が来ない。
ヤキモキしていたら、突然ブルーライトニング文庫自体が廃刊となってしまった。みゆきの作品が出版する可能性は無くなってしまった。そのショックで小説が書けなくなった。
そんな時、一年前から小説を書き始めた素人の私が大手KADOWAから書籍化をする話を聞いて悔しさと悲しさでわけが分からなくなってしまった。
あまり名前が知られていない出版社で書籍化打診が来て、舞い上がって駄目になって、自分よりも執筆歴が短い私が、大手出版社から打診が来て……。
みゆきは堂島とこの図書室で定期的に出会っていたようであった。
堂島は決まった時間にここにいる。みゆきは堂島だけには小説を見せていた。
少し変わった堂島と過ごすと、子供の頃の純粋な自分に戻れる気がする。
書籍化が駄目になって小説が書けなくてって、図書室に来れなくなってしまった。
「惨めだよね。嫉妬して八つ当たりして……」
私達はお姉ちゃんとお兄ちゃんに比べてまだ子供。まだ中学生。
失敗なんていくらでもする。
私の語弊力ではなんて言っていいかわからなかった。
だから――
「ペンネーム教えて」
「え? ち、ちさ、何言ってるの?」
「いいからペンネーム教えて。どこのサイトで書いているの?」
「う、うん、ペンネームは『アルマジロ』で『カクヨメ』で書いて……」
私はスマホを取り出して検索をかける。すぐに出てきた。
「ちょ、まって、よ、読まないでよ!?」
私はみゆきの言葉を無視してアルマジロ先生の作品を読み始める。悪役令嬢物が多い。すごい数の作品数だ。一番評価が高い作品には……書籍化決定しました、と書いてあった。
更新は二ヶ月前からしていない。
「やめてよ……、恥ずかしいから」
私はみゆきを無視する。みゆきだって私の事無視していたでしょ。だから、読み終わるまでまっててね。
変な感じだった。いつもだったらこの時間は教室で授業を受けているのに、私は図書室でみゆきの小説を読んでいる。
主人公はみゆきそっくりであった。わがままでギャルっぽくてだけど、優しくて……。
ヒーローの男の子は堂島そっくりだ。無機質で空気を読めなくてロボットみたいだけど時折見せる感情が印象的だ。
率直に言ってすごく面白かった。
「――悔しい」
そんな声を呟いていた。
「なんでこんなに文章がうまいの? すごく悔しい。キャラはいきいきしてるし展開だって予想がつかなくて面白いし……。ジャンルは違うけど、すっごく悔しい」
「な、なに言ってるのよ。書籍化出来なかった作品なのに……」
「でも、これ見て」
私がスマホの画面をみゆきに見せた。
そこには読者からの感想がずらりと並んでいた。
更新が止まった作者を心配する読者、訥々と作品の面白さを語る読者、続きを強く望む読者、様々な感想がそこにはあった。
「あっ、わ、私ログインしていなかったから……。こんなに、感想が……」
私はみゆきにスマホを手渡す。みゆきは泣きべそをかきながらずっとその感想を見ていた。
私はただみゆきのそばに居てあげた。それしかできないもん。
物書きにしかわからない感情がある。
みゆきは私にスマホを返して、自分のスマホを操作し始める。
そして、『アルマジロ』の活動報告が更新された。
『おまたせしてすみません! 色々あって書籍化がボツになり、執筆出来なくなってました。でも、皆さんの感想を見て……、もう一度頑張ろうとおもいます』
スマホをポッケにしまうみゆき。
そして私の手を握りしめる。
「……ちさ、いまさら遅いけど、もう友達には、戻れ、ないかな……。わたし、もう、二度と友達を悲しませるような事を……、ひっぐ、ごめん、ちさ、ごめん……」
私はもう片方の手でみゆきの手を包み込んだ。
大丈夫、私はお姉ちゃんとお兄ちゃん、それに尊と出会って強くなったんだ。
私達はまだ――
「うん、手遅れじゃないよ。これからは一緒に小説の話もしようね」
私の胸に抱きついて泣きじゃくるみゆき。
なんだか無性に小説が書きたくなった。たまには恋愛小説でも書こうかな。
そんな事を考えていたら、何故か頭の中で尊の顔を浮かんできた。
「おおっ、ちさと水戸部さんが手を繋いでいるではないか!! 素晴らしい、マーベラスだ!」
その後、色々感情を整理してみゆきと話し合って、昼休みには教室に戻ると、教室は騒然としていた。
何故かボクシンググローブをはめた尊が楽しそうに私達に話しかけてきた。
「あ、あんた何してんのよ!? ってか、冴島君死んでるじゃん!!」
「むむ、5%の力で手加減したから大丈夫だ。なに、冴島君から勝負をお願いされたから仕方ない」
壁に持たれかけている冴島はお腹を抑えて目が死んでいた。
い、一応ボクシングの中学チャンピオンだったような気が……。
それよりも尊の表情が気になった。
無表情で無機質だった尊が楽しそうにしている。
「ちさ、さあご飯を食べようではないか。今日はとっておきのおかずを作ったから、喜んでくれると嬉しい」
尊が私に笑顔で喋りかける。
みゆきが横でつぶやく。
「あー、嫌になっちゃうな。あんな表情見たことないよ。ちさ、頑張ってね」
みゆきに背中を押された私はフラフラと尊に向かってよろめく。
「あ、危ないではないか!?」
いつも冷静な尊が焦ったような声を出して私の身体を支える。その動きは早すぎて全然認識できなかった。
「こ、これは、なんとも、恥ずかしいではないか……。そ、その、ちさ?」
「……ありがと」
何故か私は……そのまま尊を抱きしめてしまった。
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