あんりと別行動


 最近俺の身体がおかしい。


 あんりと話すだけで身体がぽかぽかする。いや、元々そうであったが最近はなおさらだ。

 多分これはあんりの新作を読んでからだ。

 題名を見た時思わず自分の事のようにドキリとしてしまった。

 あんりを愛おしく思う気持ちは心の奥に仕舞い込んである。

 ……俺たちは友達だ。勘違いしては駄目だ。

 それでも、ふとした瞬間に顔がほころんでしまう。


 来週から夏休みに入るが小説を書く以外予定はない。……あんりとは毎日会う予定だが。


 今日は夏休み最後の休日。俺は冴子さんと一緒にイラストレーター候補の人と会う予定だ。

 あんりはあんりで今日は書籍化に向けて編集部で打ち合わせをする。夕方に会う約束をしているが、妙に身体がむずむずする。


 よし、なるべく意識をしないようにしよう。意志を強くもとう。


 俺はあんりが選んでくれた服に着替えて祖父の家を出ることにした。




 ***********




「おお、にゃん太お兄さんではないか。むむ、篠塚お姉さんがいないではないか。これは一大事だ」


 駅に向かうと改札でばったり堂島と出会った。……こいつこの辺りに住んでいるのか? いや、パグ子と同じでもっと都心の東の方のはずだ。


「あ、ああ、久しぶりだな、堂島尊。俺だってたまには一人で行動するぞ。お前こそパグ子はどうした?」


「これは失礼。ちさは夏休みの林間学校に向けて友達と買い物をしている。女子友達同士の買い物に付き合うほど俺はやぼでない」


 何故か胸を張る堂島尊。……奇妙なやつである。随分と髪がさっぱりしてどこから見てもイケメンにしか見えない。それに表情が豊かになった。

 ……パグ子は学校でうまくやっているんだな。良かった。


「……ふむふむ、にゃん太お兄さん。パグ子は学校で明るく過ごしている。俺も彼女の笑顔に何度も救われた。安心してくれ。何かあったら俺が全力で……守る。おっと、立ち話も悪いからホームへ向かおう」


「あ、ああ、お前はどこへ行くんだ?」


 堂島が答えた駅は俺が行こうとしている駅と一緒であった。

 というわけで、成り行きで俺は堂島と一緒にホームへ向かう事にした。


 堂島は鼻歌を歌いながら階段を降りる。


「そういえば、堂島はこの駅で何をしていたんだ? 最寄りはここじゃないだろ」


 なんだろう、堂島と喋るのはとても気楽だ。クラスの男子と話すと身構えてしまうのに、こいつはそんな必要がない。なんていうか……見たままの男だ。裏が無い。


「ふむ、この駅はにゃん太お兄さんの高校があるではないか。俺はそこの下調べをしていた。偏差値が高い割には自由な校風でチャラチャラした生徒が多い。問題がある生徒もいるが、まあ大丈夫だろう。元々俺は兄が通う高校に行こうとしていたが、計画を変更した」


「お、おう。た、確かに偏差値の割には変わった生徒が多いかもな」


 俺はまっさきに妹の遥の顔を思い浮かべた。

 あの日から時折学校で遥と喋ったりする。なんてことはない他愛もない会話だ。だけど俺たい兄弟にとっては……ずっとずっとそんな会話をしていなかったんだから。

 俺たちの関係は再構築に近いだろう。


「俺は今のクラスで感情を少しずつ思い出して、初めて学校生活というものが楽しく感じられた。……卒業という別れは……とても、辛い、だけど、ちさとの高校生活も楽しみであることも事実である」


「……そうか。お前の色々あるんだな。電車来たぞ」


 程なくして電車がホームへやってきた。

 休日の地下鉄は空いている。俺たちは二人席に座る。


「ところでにゃん太お兄さんは篠塚お姉さんの事を好きだと思う。俺は好きという感情は思い出せない、経験したことがないからわからない。どんな感じか俺の教えてくれないか?」


 俺は思わず吹き出してしまった。

 と、突然すぎるだろ!?


「な、な、何を言っているんだ!? ど、どうしてそんな事を――」


「いや、本で恋愛感情というものを勉強しているのだが、いまいち理解できない。胸がきゅっとしてほわーとする感覚だという事は勉強したのだが、その感覚は友達であるちさと一緒にいるとよくあることだ。だから、いまいちわからないのだ。そこで好き合っているにゃん太お兄さんと篠塚お姉さんの気持ちを聞いてみたくて――」


 俺は顔を手で覆て天井を仰ぎ見た。今の気持ちを率直に表している。

 多分パグ子が堂島に色々言ったんだろう。あとでお説教だ。あいつと堂島を題材にした小説を書いてやる……。


 それにして、この堂島は……自分の気持ちがわからないのか? お前がパグ子の事好きだろ?

 ……あまり他人がとやかく言うことではないだろう。多分ゆっくり前に進んだほうがこの二人は正解だ。堂島から感じる一度壊れた人間の空気感。

 よし、少し真面目に答えよう。


「……いいか、堂島。好きになるっていうのは――」

「にゃん太お兄さん、もう駅に付いているですぞ! 早く降りなければ!」

「お、おい、人の話を――」


 堂島に腕を引っ張られてホームへと降り立つ俺たち。

 何故か堂島はそのまま走り出していた。――っておい、お前が走ると俺も走らなきゃならないだろ!? 


「はははっ、色々悩んでも走ると気持ち良くて全部解決するのである。むむ――」

「いや、駅で走るな! 人にぶつかったら危ないだろ? 走るなら外で走れよ……」


 堂島は俺の言葉を聞いて突然止まる。

 ふむふむと頷いている。

 ……パグ子や、お前はいつもこんな生活をしているのか? ……俺はお前の事を尊敬するぞ。まさか俺がツッコミをする羽目になるとは思わなかった。



「あっ、ど、堂島君だ! やばば、まさかこんなところで見かけるなんて!」

「どうしたの? 学校の友達? あ、あれ? し、新庄君!? あわわ、ど、どうしよう……」

「え、奈々子お姉ちゃん顔真っ赤だよ!」

「う、うるさいわね!」


 俺は堂島は同時に改札の方を見た。

 そこには奈々子さんが小さな女の子と一緒にいたのであった。






「……むむ、俺の名前を言っているが俺には誰かわからない」


 あの日以来奈々子さんと喋っていない。奈々子さんと色々あった事は誤解だと言うことが判明している。だけど、なんとも話しづらい。……遥が居てくれたら少しは喋りやすいんだが……。

 堂島は奈々子さんのとなりにいる少女を見て首をかしげている。全く知らない人のようだ。


「失礼、俺は知り合いと約束があるので。それでは――」


 堂島はすたすたと一人で駅を出ていってしまった。おい、待てよ!?


「うわぁ、こっちのお兄さんも超かっこいい。えっと、私奈々子お姉ちゃんの従兄弟でさっきの堂島君とは同学年なんだ。堂島くんは学校でも有名だから思わずびっくりしちゃって」


「こら、ミナミ。歳上なんだからちゃんと敬語使いなさい。新庄君ごめんね。なんか邪魔しちゃって……」


「い、いや、こちらこそ申し訳ない」


「ふーん、奈々子お姉ちゃん、私ちょっと売店でおやつ買ってくる! すぐ戻るよ!」


 ミナミと呼ばれた女の子が走り去って行った。改札の前に取り残された俺と奈々子さん。

 ……俺の用事まではしばらく時間がある。世間話でもした方がいいのだろうか?

 まったくもってどのように接していいかわからない。あんり、俺はどうすればいいんだ?


「あっ、えっとね、今日はあの子に私の高校の案内していたんだ。う、うちの学校に入りたいらしくて……」

「そ、そうか。元気な子だな」

「それで、学校を案内してて……」

「……あ、ああ、それはもう聞いた」

「ご、ごめん……」

「……」

「……」


 話が続かない。昔の俺だったら他人と壁を作ってそれで終わりだ。だけど、今の俺は違う。前に向くとあんりと約束したんだ。それに奈々子さんのいじめの件も気になる。沈静化したと聞いたが、あれは本人が終わったと思っても再燃する可能性も高い。


 ふと奈々子さんがくすくすと笑っていた。


「ふふっ……、あっ、ごめん。なんか、昔の事を思い出しちゃって……。し、新庄君には辛い記憶なのに……」


 中学時代、奈々子さんは俺に何度も話しかけていた。俺が無愛想に突き放しても何度も話しかけてくる。段々と明るい奈々子さんの話を聞いているうちに心が揺れてしまったんだ。

 そんな昔の事は忘れよう。遥やおかあさんの件と一緒だ。ゼロから再構築すればいい。


「いや、構わない。もう昔の事だ。さ、最近はどうだ? 色々大丈夫なのか?」


「……っ、ん。もう大丈夫だよ。前みたいにすごくひどい嫌がらせはないよ。それに遥ちゃんが一緒にいてくれるし、篠塚さんも気にかけて話してくれたり――」


「あんりが――」


 あんりが奈々子さんを気にかけてくれていたんだ。そっか、あんりが……。

 なんだか心がふわふわする。やっぱりあんりはとても優しい子だ。

 自然と笑顔になる。


「新庄君……篠塚さんの話になったら表情が変わりすぎだよ。もう、そんな風な笑顔見ちゃったら……」


「す、すまない。つ、つい」


 奈々子さんはなぜか遠い目をしていた。昔を思い出しているのか今の自分を見ているのか。

 そして、小さな声で「よしっ」と言って、売店の方へと足を向けた。


「うん、今日は真君と出会えて良かった。……あっ、ご、ごめん、なんか変な事言っちゃってそろそろ行くね」


 フリフリの服をふわふわとたなびかせて両手をふる奈々子さん。

 なんだか空気感が本当に変わった。客観的に見てとても可愛らしい女の子だ。


 俺はなんだか安心して奈々子さんに笑みを返した。


「――っ、あ、わ、私、もう行くね! じゃ、じゃあ……ま、また、ね……」


 最後の語尾が非常に小さく呟く奈々子さん。それは聞こえるか聞こえないかわからないほどであった。


「ああ、『またな』。奈々子さん。……俺も奈々子さんとまた話せて良かったよ」

「――あっ……、う、うん……あっ……、あ、ありがと……」


 俺はそう言いながら駅を出口を目指した。

 最後に見た奈々子さんの顔はとても穏やかであった。











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