ハム美


 休日に一人で出かけるのは久しぶりだ。

 大半の時間はあんりと一緒に家で小説を書いているか、ショッピングセンターで小説を書いている。二人の時間はあっという間に過ぎていく。

 少し前は一人でいることが日常であったのに、今は隣にあんりが居ないと寂しく感じる。

 ……それにしても堂島と奈々子さんに出会うとは思わなかった。

 堂島は相変わらずだけど、奈々子さんは随分と明るくなった。まだ顔に陰りが見えたけど、遥がいるから大丈夫だろう。



 俺は気を取り直して編集部があるKADOWA本社へと向かう。

 イラストレーターは変わった人らしく、面談をする必要があった。

 正直何を話せばいいかわからない。とにかく俺の小説のイメージとぴったりであった水戸部先生に描いてもらいたい。


 面談なんて初めてだから緊張する。

 冴子さんが横にいてくれるみたいだから心強い。


 KADOWA本社のロビーに入ると声をかけられた。


「あっ、あんたちょっと待ちなさいよ!! そう、そこのむっつりした顔のあんた! にゃん太君、私よ、私、神崎ハム美じゃん!」


 制服姿の神崎先生が一人でロビーのソファーに座っていた。

 大人の人が行き交うロビーで見知った顔を見かけると心が落ち着く。

 どうせ待ち合わせの時間までロビーで待つつもりだった。


「久しぶりです。神崎先生。お元気ですか」


 神崎先生は両手を前に組んでほっぺたを膨らませていた。


「うーん、なんかこの前よりも硬いじゃん。同年代なんだからもっと砕けた口調で喋ってよ! あっ、ところで今日はあんりちゃんは?」


 砕けて喋るか……。俺の大先輩であるが同年代だし問題ないか。


「あ、あんりは他の出版社で打ち合わせが合って今日は一緒じゃない。神崎……さんは何をしているんだ?」


「ん? アニメの打ち合わせがあって編集待ちよ」


 頭に殴られてような衝撃があった。同年代なのに自作がアニメ化している。その事実を改めて思い知らされた。


「アニメか……、やっぱり神崎さんはすごいな。勇者テツロウは本当に面白い作品だから――」

「はっ? あんた何言ってんのよ。あんたのミケ三郎も超面白いわよ。てか、あれが売れなかったら編集がよっぽどへっぽこよ。このハム美が太鼓判を押しわよ。まあ運も必要だけどあんたもすぐに私と同じ土俵に上がれるわ」


 なんとも嬉しい励ましの言葉だ。ここは素直に受け取って置こう。


「時間がまだあるからここに座ってもいいか?」

「もちろんよ! にゃん太君には聞きたい事たくさんあるんだから! まずはあんりとの馴れ初めを――」


 神崎さんはマシンガンのように喋り続ける。それは小説の話題だったり、あんりの事であったり、俺の学校生活の事であったり。

 俺が質問の返答をする前にどんどん質問をする。

 神崎さんは年相応の可愛らしい女子高生であった。


「あ、やば……。わ、私いつもこうなんだ。同じ趣味の人と一緒にいると、自分ばっかり喋っちゃって……。ご、ごめん、つまらないよね?」


「いやいや、俺は今とても楽しい時間を過ごせている。神崎さんは気にせず喋ってくれ」


「えへへ、ありがと。……あんりちゃんはいいなー。私も学校でにゃん太君みたいな友達が欲しかったよ……。学校だといつも一人でいるから寂しいし……」


「学校だと一人? 神崎さんは明るいから友達が多そうだけど……」


 神崎さんは少し困ったように微笑んだ。


「若くして成功すると色々あるのよ。……嫉妬もそうだし、お金目当てで近づいてくる人。私と一緒にいることをステータスって思う人。……めんどいから一人でいることにしたんだ」


「なるほど、俺やポメ子さんとは違う理由で一人なんだな。……パグ子は大丈夫かな」


 一人は寂しい。当たり前の事だけど、経験してみないとわからない。

 俺とあんりは二人で乗り越える事が出来た。傷が少しずつ癒えて行くのが実感できる。

 パグ子はメッセージでは大丈夫と言っている。堂島がそばにいるから大丈夫だと思う。

 それでも見えないから不安になる。


「パグ子? それってランカーでしょ? その人も知り合いなの?」


「ああ、俺の一個下で頻繁にメッセージをしているんだ」


「なにそれー! いいな……、私も執筆仲間欲しいな……。あんりちゃんばかりに連絡するのも気が引けるし……」


「なら俺にするといいさ。いつでも連絡してくれ」


 俺は何気なく笑顔で言葉を返すと、神崎さんの顔が真っ赤に染まっていた。


「あ、あんたなにそれ!? ちょ、あんりちゃんの事もそうやってたらしこんだの!? うぅ……、これだからリア充は……」


「な、なんかすまん、神崎さん」


「ハム美……、あんたは私の事ハム美って呼んでいいわよ……。そ、それくらい許してあげるわ」


「あ、ああ、ハム美さん」

「ハム美! よ、呼び捨てでいいわ」

「わ、わかった。ハ、ハム美……」


 俺は何がなんだかわからなくてとりあえず言うことを聞いておいた。

 確かに呼び捨ての方が友達感があふれる。

 神崎さんは大きくため息を吐いて俺に言う。


「ま、まあいいわよ。あんたにメッセージするとあんりに悪いし……。はぁ、いっそにゃん太君とあんりの学校に転入しようかしら……。ん? そうか、その手があったわ。全然思いつかなかった。でも、あんりちゃんの迷惑になったら困るし……、うん、編集と相談して――」


 神崎さんは一人でブツブツ言いながら考え込む。


「ハ、ハム美さんや? 戻ってきてくれ」

「あ、ごめん。私考え込むと独り言しちゃうんだ。うん、この件はもっと詰める必要があるわ。ところで……、こ、こ、こ、今度あんりちゃんと三人で……映画見に行かない?」


 さっきまでの強気な感じとは打って変わってハム美はもじもじしている。

 ハムスターみたいで可愛らしい感じであった。


「映画? 俺は全然構わない。あんりもきっと大丈夫だろう。あっ、テツロウの映画版か!! あれは俺が夏休みの予定として凄く楽しみにしている映画じゃないか!」


「えへへ、映画すごく良い出来なんだ。……チェックで何回も見てるけど……ちゃんとした映画館で、と、友達と見たくて……。ひ、一人は……寂しいし……」


 寂しいと言っているハム美を見て、俺は本当にこの子が年相応な女の子だと思った。

 俺は笑顔で答える。


「ハム美、三人で観に行こうな。後であんりと会うから予定をつけておく」


「う、うん!! ありがとう!!」


 ハム美は恥ずかしいのかほんのりと顔を赤くして頷いてくれた。




 まだ面談まで時間がある。俺はハム美と会話を続けていた。

 ふと、ハム美が驚いた顔をした。


「あれ? 珍しいわ。水戸部先生が本社に来るなんて」


 ハム美の視線の先には随分と背の高い男性がいた。

 今日は休日なのに学ランを着ている。モデルかと言わんばかりのオーラを身にまとっている……。資料では俺の同い年のはずだ。だが、その貫禄は二十歳を超えているような気が……。

 俺が今日面談する予定のイラストレーター、水戸部隼人。


 水戸部先生はハム美に目を向けると、こっちに向かってきた。


「ふむ、神崎さん。その節はお世話になった。楓も神崎さんに会いたがっている。ん? そちらの彼は……」


「相変わらず楓ちゃんとラブラブね、水戸部先生。こっちの彼は」


 水戸部先生はハム美の言葉に被せるように言った。


「……噂のにゃん太君か。面談前だが俺もソファーに座っていいか?」


「え、ええ」


 これから面談するのにその本人に会ってしまった。しかもなんで俺の事がわかるんだ?

 それにしても柔らかい口調で優しそうで落ち着いている人だ。本当に同い年に見えない。


「さて、俺は君に聞きたい事がある。ミケ三郎の小説の第45話の12行の『違う、俺は壊れてなんかいない――』のセリフの感情について説明してくれ」


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