氷崎ちさ
「こいつ最近調子のってね?」
「だよね。なんか小説が本になるらしいよ」
「てかオタクきもいっしょ」
「元々うちらのグループの金魚のふんっしょ。なんかむかつくからハブにしない」
「うん、さんせー」
私、氷崎ちさは普通の学生生活を送っていたと思っていた。
少し引っ込み思案で小説を書いている事しか取り柄がなく、学生生活を大人しく過ごしていると思った。
うちのクラスはやんちゃな生徒が男女ともに多かった。
大人しく過ごしていればよかったのに……私は自分の小説が書籍化する事が嬉しくてグループの友達に言ってしまった。それが間違えであった。
「え、み、みんな何言ってるの? 再来週遠足楽しみだよね?」
私の目の前で理解が出来ない会話をしていた。私をハブにする?
さっきまで普通に話していたグループの子達は目も合わせない。私の言葉を無視する。
何が起きたか理解できた。これが……仲間はずれってやつなんだ。
一瞬にして出来た壁を私はどうすることも出来ず、心には孤独感だけが生まれた。
私はその日から、クラス全員からいないものとされた――
学校へ行くのが辛かった。ただの無視がこんなにも心にダメージを負うとは思わなかった。
私がいたグループはクラスでも目立つグループ。そんな私の転落を好機な目で見てくるクラスメイト。
昨日まで普通に話してたのに、いきなり無視される恐怖。トラウマになりそうだった。
それでもどうにか小説の更新だけはしようと思った。小説を書けば何も考えなくて済む。
キーボードを叩く手を止めた瞬間に思い出す脳にこびりついて離れないクラスメイトの冷たい目付き。
一日、二日、十日経っても仲間はずれは無くならなかった。
だけど、遠足に行く直前グループの女の子からメッセージが来た。
『そろそろ飽きたから遠足では仲よくしようね』
嫌な感じのメッセージだったけど、喜んでいる自分がいた。
感情がぐちゃぐちゃだった。嫌なのに喜んでいる。安心している。
これでクラスメイトとも普通に過ごせる。
そう思っていた。
だけど、それは違ったんだ。
遠足当日、元のグループの女の子たちが話しかけてくれた。リーダー格の水戸部みゆきだけは私に話かけて来ない。
たった数日の孤独なのに、話しかけてくれただけで嬉しいと感じてしまった。
だから、嫌な空気を見ないようにしていた。私をイジってる言葉を流していた。
前よりもいびつだけど、無視されるよりは良い。
嫌な気持ちを隠しながらバスの中を過ごした。
園内に入り、班に分かれると空気がどんどん変わっていった。
一緒にいるのに会話が無い。私は彼女たちの後ろを歩くだけ。
まるで私を見ようともしない。もう終わったと思ったのに無視が再び続く。
鼓動が段々と早くなる。なんで私は間違えたんだろう?
何をしたんだろう? 頑張って書いた小説が出版されて嬉しかったからみんなに言っただけなのに?
アトラクションに並ぶ時も私は一人だった。グループのみんなは私の前で固まって楽しそうに喋っている。時折私を見て嘲笑している。私は鈍感なふりをして気が付かないふりをする。
本当はみんなと一緒に回る遠足が楽しみだった。
特別な遠足になると思って随分前から下調べもした。
一人がこんなに苦しいなんて思わなかった。
なんで、こんなに残酷になれるの?
『ちさ、あんたここにいて。私らトイレ行ってくるわ』
目は私を見ていなかった。まるで独り言のようであった。
そこから一時間、私はずっと……立っていた。
彼女たちが二度とここに来ないとわかっていた。それでも、ほんの少しの希望が欲しかった。
こんな狭い中学校の世界で、全員から無視されるなんて苦しいよ。
悔しさをこらえて、涙を堪えて、羞恥心をこらえて……。でも限界だった。
そんな時、私の目に入ったのは――
すごくキレイなお姉ちゃんと、顔がすごく整ったお兄さんであった。
――これが、私と篠塚お姉ちゃんと新庄お兄ちゃんとの初めての出会い。
そして帰りのバスで出会った堂島尊。
この出会いが私を変えていくのであった。
***************
「ふむ、氷崎はなんでみんなから無視されているんだ?」
「あ、あんた言いづらいことをストレートに聞くわね……。り、理由なんて些細な事よ。わ、私が調子乗ったから……」
家の近くのイタリアンレストラン、サイゲリアで私と堂島は二人で食事をしている。
私はお姉ちゃんとお兄ちゃんと一緒に選んで買ったディスティニーランドのお土産を横に置いてドリアを頬張る。
堂島は変わった男の子だ。
私の表情が気になったからと言って、私の小説の話を聞きたがる。
ボサボサの髪で顔が見えにくいが、非常に整った顔立ちをしていた。
「ていうか、あんたは遠足一人ぼっちだったの? あんたがクラスメイトと喋っているところを見た事無いわよ。……寂しくないの?」
「寂しいか……。そんな感情は小学校の頃に消えてしまった。まあ感情値が消えただけで寂しいという言葉は理解できる」
「え、えっと……。い、意味わかんないんだけど……」
「ははっ、気にするな。俺はこの学校生活で感情というものを再び取り戻そうと思っているんだ。それには、君が必要だ」
いきなり私が必要と言われて驚いてしまった。
邪気の無い純粋な笑顔の堂島。他のクラスメイトとは何か違う。自分で感情が無いと言っている変人。中二病なのかな?
「さて、君の小説の解説をしてくれないか?」
「あ、う、うん。じゃ、じゃあこのページから――」
そして、私達はサイゲリアで小説の話と心の機微についてずっと話した。
堂島は小学校の頃に辛い経験をしたみたいだ。
詳細は教えてくれなかったけど、その時に嫌な気持ちも全部消えてしまえばいいと願ったらしい。そうしたら感情が抜け落ちたみたいだ。
……そんな事本当にありえるのかな?
辛いことがあって、特殊な小学校に転入して、二年の時からこの中学に編入した堂島。
感情が全くないわけではない。幼い頃の経験から喜び、苦しみ、悲しみ、怒りは理解している。
ただ、羞恥心というものがなくて全く空気が読めない男であった。
「氷崎、迎えに来たぞ。ん? どうした変な顔をして?」
「あ、あんたなんで家の前にいるのよ!?」
「いや、その方が氷崎と長く過ごせる。そしたら俺も色々と勉強になる」
「ま、まあいいけどさ……」
「なんと、氷崎は成績が悪いではないか! これは一大事だ。……よし、俺のノートを使うんだ。明日にはテストに向けた問題集を作っておく」
「うぅ……、あ、あんたなんでそんなに成績いいのよ! わ、私だって国語なら負けないもん」
「ふむ、この御仁が命を掛けて守った理由は、恋心……でいいのか? 利益を優先せず己の感情と意地を優先させたのか、興味深い」
「堂島!? 声大きいって! こ、ここは教室だから、ね、静かに喋ろうね」
「これは失礼。ならもう少し近くに――」
「ひゃっ!? ち、近いって!」
不思議な感覚だった。
堂島と喋っていると、クラスメイトから無視されている事を忘れられる。空虚で嫌な気持ちが消えて無くなってしまう。
お姉ちゃんとお兄ちゃんからメッセージをもらった時もそうだ。
人との繫がりが私の心を安定させてくれる。
朝も休み時間も、昼休みも放課後も、私は堂島と一緒に過ごす。
普通の事なのに、それが私にとってとても大切な時間に思えた。
無視されていた事を忘れていた。クラスメイトを見ていなかった。だから、堂島を巻き込むなんて思いもしなかった――
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