一番
「うん、残念だけど流石に遥さんのクラスには負けちゃったんだよね。あれは反則級にうますぎるよ……。しかも宮崎さんもうまいし、可愛いし……」
午前中の球技大会を終えた俺たちは昼食を食べている。
いつもとは違い、俺達は自分たちの教室にいる。今日は球技大会だから、ほとんどの生徒が中庭やらグラウンドの隅で食べている。
教室で二人っきりで食べる昼食は新鮮であった。
「でも一回戦は勝っただろ? それに午後数試合あるんだろ? ……また見に行ってもいいか? それに、宮崎よりもあんりの方が断然可愛い」
つい口が滑ってしまった。あんりは自分の可愛さを理解していない。……すごく心配だ。
「ま、真君!? は、恥ずかしいよ……。で、でも、真君が見てくれたらすごく嬉しい……」
「お、俺もあんりが見てくれたから野球を頑張れたからな……」
少し恥ずかしくなって俺は顔をそらしてしまう。あんりもはにかんでいた。
ふと、廊下を見ると遥が歩いていた。……隣には如月さんと……奈々子さんがいた。
あんりが飲んでいたジュースを吹きこぼしそうになった。
「ふえ? あ、あれって奈々子さん? え? ちょっと、あんなに可愛いの?」
あんりの練習に付き添っていた時よりも奈々子さんの姿が変わっていた。
戻ったと言っていいのか。いや、昔以上に垢抜けた印象が見られた。
髪は綺麗に整えられ、薄く化粧もしている。制服もばっちり着こなしていた。
なによりも目の印象が違った。卑屈な目付きがなくなり、明るい表情であった。
「ふわ……、か、可愛すぎるよ。……な、奈々子さんって、真君と仲良くしたかったんだもんね。……う、うん、ま、真君、な、奈々子さんに話しかけてきなよ……」
俺は小さく首を振った。
「いや、遥がいるから奈々子さんは大丈夫だ。俺は必要ない。それにあんりの方が可愛い」
そういうと、あんりは口を尖らせながら俺に言った。
「むぅ……、そ、そんな事ないよ思うんだけどな……。うぅ、なんかモヤモヤしている自分が小さくて嫌になってくるよ……」
俺は何気なくあんりの頭をポンポンした。
「……俺だってあんりが他の男子と話すとモヤモヤする。……案外俺も嫉妬深いのかも知れないな。……い、いや、と、友達としてだけど」
「う、うん、と、友達としてね……、ふふ……」
あんりに笑顔が戻ってきた。あんりと俺の友達としての距離感は普通の人とのものさしでは測れない。これが俺たちの距離感だ。
あんりが立ち上がって、自分の椅子を俺の椅子の横に移動させる。
そして、俺に寄り添うように座り、顔を肩に乗せる。あの時の昼寝のような形であった。
「ご、午前中は疲れちゃったから、真君成分で癒やされるの……、い、いいでしょ?」
「あ、ああ、か、構わないが……」
誰かに見られたら、と思ったが、いまさらどうでもいい。俺とあんりが理解していればいいんだ。
「あっ、おにい……、ひえ!? ご、ごめんなさい! お、お邪魔だったよ!?」
「うわぁ、ラブラブよね……」
「え、き、如月、し、新庄君が幸せそうならいいでしょ?」
なんと、遥たちは俺達の教室へと入ってきたのであった。
だが、俺たちの姿を見て、なんだか生温かい視線を送って立ち止まっていた。
あんりは姿勢と正すと、遥かに向かって手招きをした。少し照れているのかあんりの顔が赤かった。義妹の遥が咳払いをしながら近づいてくる
奈々子さんと如月は遥の後ろにいた。まるでガキ大将みたいだな。
「ご、ごほん、おに、ちゃん……えっと、じゃ、邪魔してごめん」
遥は何か言いたそうであった。だが、中々言えなくて、頭の中でぐるぐると言葉を探しているように見受けられる。
「遥、構わない。ゆっくりでいい。時間はまだある。何か言いたいことがあるなら言ってくれ」
俺がそう言うと、遥は肩の力を落とした。
そして、なんだか懐かしい顔で俺に言ってきた。声には真剣味が帯びていた。
「……わたし、馬鹿だから……、うまく言えないよ。……だから、シンプルでいい、かな?」
「ああ、構わないぞ」
遥は俺の目をまっすぐに見つめてきた。
そして――
「……いままでずっとごめんなさい。全部遥のわがままで、迷惑かけて……」
後ろで奈々子さんが如月の腕を軽く叩く。
そして、後ろの二人も遥の後に続いた。
「あ、謝って済む問題じゃないけど、まずは謝らなきゃね……。真君、嘘告白をしてごめんなさい。歪んでいた私を拒絶してくれてありがとう。……私はどうでもいいから遥の事を……」
「新庄君、カラオケ、本当に申し訳なかったわ。どんな理由があるにせよ、あなたを裏切った私がいけないの。私の事は許さなくてもいいから遥ちゃんと仲良くして欲しい……」
遥は二人の行動が予想外だったのか、驚いて振り返った。
「ちょ、ふ、二人とも!? は、話と違うよ!? そ、そんなのいまさら――」
突然であった。
過去の出来事が一気に頭の中でコマ送りのように再生された。
それが胸を苦しめる。それが心に突き刺さる。
だが、俺は過去に向き合うと決めたんだ。
苦しくなかったといえば嘘になる。あんりと一緒にいることで俺の心が壊れていたと自覚できたんだ。
だから――
「いまさら……か」
俺は言葉を続けた。遥の顔から罪悪感がにじみ出ていた。
「遥、なんでいまさら俺の事を他人行儀に扱う? 俺はお前の……お兄ちゃんだろ? ……だから、また『お兄ちゃん』って呼べばいいさ」
「あっ……」
俺は立ち上がった。
そして、震えている小さな遥の身体を優しく抱きしめてあげた。
家族としての愛情。
俺の心からこみ上げてくるものがあった――
幼い頃、俺の後ろを歩く義妹の遥。ときには煩わしいときもあった。妹ができて喜んだ記憶もあった。宮崎の事件がきっかけでおかしくなる俺達の関係。
俺がもっとはっきりと無罪を主張していれば違った結果になったかも知れない。
だが、子供には子供の世界がある。
中学卒業前から、少しずつ俺に近寄ろうとする遥。俺は敬語を使って壁を作っていた。
家族を家族として見ていなかった。ただの同居人であった。
そして、遥が俺を『信じてる』と言った時も、俺の心は空虚さだけが残った。
だが、今ここにいる遥は、小さく震えている。子供の頃と何も変わることがない、妹であり家族なんだ。
過去は過去の事として向き合う。罪悪感で押しつぶされそうになった遥が壊れてしまう前に、俺は――
「もういいんだ。遥、お兄ちゃんって呼んでくれ――」
「……う、ぅぅ……お、お……お、おに、い、ちゃん……。お兄ちゃん、お兄ちゃん、お兄ちゃん! ……は、遥は、真お兄ちゃんの……」
「ああ、俺のいもうとだ」
遥は俺のお腹の辺りに抱きついて泣き叫んでいた。
声にならない声が教室に響く。
奈々子さんと如月も涙ぐんでいる。
俺は二人に視線を向ける。
「如月、奈々子さん……、過去の事は全く気にしていないと言ったら嘘になるが……、もういいんだ。だから、普通にしてくれればいい。許す許さないの問題じゃない。だって俺たちはまだ子供なんだから。誰もが間違えるんだから」
間違えたらやり直せばいい。
そんな簡単な事ができないのが人間だ。
俺は遥が泣き止むまでお腹を貸してあげることにした。だって妹だもんな――
**************
球技大会は無事に終了した。
俺たちのクラスはなんと準優勝することができた。
一年生としては最高位の順位に着くことができた。
山田は嘆いていたけど、田中さんは『い、一年生では、ゆ、優勝だよ……、ほ、本屋、行こ』と言うと、山田の嘆きが絶叫へと変わった。全くうるさい。
女子バレーは遥のクラスがダントツで優勝であった。
正直運動神経がいいというレベルではない。午後からの遥はふっきれたのか、凄まじい勢いであった。
……期末テストでは学年トップの成績を残した遥は赤点も回避した。夏休みは部活の助っ人で忙しいらしい。……宿題大丈夫か?
奈々子さんも明るさを取り戻して、球技大会を楽しんだらしい。
明るくなった奈々子さんをイジる女子生徒は少なくなって、比較的平穏な日々を送れている。
元々明るかった彼女はすぐに嫌がらせもなくなり、友達もたくさんできるだろう。
もう誰かの間違えた姿を見たくない。
初めてクラスの打ち上げというものに誘われたが、俺とあんりは丁寧に断りを入れた。
行くのが嫌だったわけではない。いまならきっと楽しめたかもしれない。
だが、俺とあんりは二人だけで打ち上げをしたかったんだ。
場所は寂れたショッピングモール。
俺とあんりが初めてお互いを意識した場所――
俺たちのテーブルの上にはジュースとポテトと執筆用のタブレットとキーボードが置いてある。
「おっし、にゃん太、今日の球技大会のテーマで小説バトルすっか?」
「ポメ子さんや、口調がヤンキーになってるぞ?」
「い、いいんだよ! こ、ここで会った時の私がそうだったから……」
「ならいいか。……それじゃあ制限時間は三十分でいいかな?」
「ああ、すげえ面白い話を書いてやるよ!」
これが俺たちの打ち上げだ。俺とポメ子さんを繋げてくれた小説。
ここに来ると随分前の事がつい最近に思えてくる。
ポメ子さんはカタカタと静かに執筆を始めた。
眼鏡姿のポメ子さんはとても可愛らしかった。
俺は今の自分の気持ちを執筆することにした。球技大会がテーマだけど……ポメ子さんと出会わなければ今の俺なんて存在しないんだから――
あっという間の三十分であった。
「おっし、できたぜ! ……って、あっ……ちょ、ちょっと待って。これ、にゃ、にゃん太に見せられない……かも」
書き終えたポメ子さんは何故か顔が真っ赤であった。
そして俺も――
「う、うん、俺の書いた小説も……ポメ子さんに見せられないかも……ちょ、ちょっと恥ずかしいな」
ポメ子さんがどんな事を書いたかわからない。だけど、俺が書いたモノは……読み返すと、まるでラブレターのように見えてきた。
ポメ子さんだけが分かる言葉で、表現で、気持ちで、ポメ子さんに送る小説――
俺たちは二人して見つめ合ってモジモジしてしまった。
ポメ子さんはそんな空気を破るかのように、口を開いた。
「よ、よし、きょ、今日の所は引き分けだ! ……えっと、あっ、そうだ、わ、私が今度書籍化する物語の完全版が書けたんだ。……にゃ、にゃん太に見てもらいたくて……」
ポメ子さんは恐る恐る俺にタブレットを手渡した。
何故か顔が真っ赤なままであった。
そこに書かれてある題名は――
『世界で一番大切な
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