今までと違う気持ち


「そろそろ試合に戻らないとやべーだろっ!? 新庄っ! 俺に付いてこれるか!!」

「い、いや、俺は別々に……」

「じゃあグラウンドまで競争だ!!」

「お、おい、人の話を――」


 どうせ俺は野球の出番が無いと思って、女子のバレーを見に来ていた。

 そしたらいつの間にか俺の横に山田がいた……。

 こいつは田中さんが目当てだったらしく、大声で応援をしていた。

 そして、うちのクラスのバレーの試合が終わるといきなり俺に喋りかけてきた。


 俺は山田の勢いに押されるがままにグラウンドまで走り始める。

 山田は野球部だから戦力の要だ。……おい、お前は試合に勝って田中さんとデートするんじゃないのか?

 どうやら山田的には野球の試合よりも田中さんへの愛情が勝ったらしい。


 ……まったく見てて微笑ましくなるな。


 俺の横を走っている山田は上機嫌であった。


「おっ、新庄、なんか楽しそうだな! 篠塚さん大活躍だったもんな! ていうか、変な笑い方やめたんだな! そっちの方がイケてるぜ!」


「別に……」


 俺は自分の顔を触ってみた。確かに俺は笑っていたようだ。

 ……あんりはすごく頑張っていた。きっと、バレーが終わったから野球の試合を見に来る。

 球技大会なんて出たくないのに、何故か俺はその時無性に試合に出たいと思っていた。


「お、見えてきた。――かーーっ、同点かよ!? まあしゃーねー、俺がここから逆転してやんよ! 新庄、お前次代打な!!」


「お、おい!?」


 山田はまだ試合に出ていなかった。他のクラスメイトが奮戦してどうにか同点で抑えている。

 ちょうど、敵クラスがアウトになって、攻守交代の時間であった。

 山田は俺にそれだけ言って、クラスメイトの中に溶け込む。

 俺はそれを外から見ているだけである。

 この雰囲気はまだ馴染めない。


 疎外感を感じるが、俺が積極的にクラスメイトと距離を詰めてこなかったのが悪い。

 ……だけど、昔と感覚が違う。あのときの嫌な感じではない。


 山田はクラスメイトに頭を叩かれたり、ワイワイ雑談を交わす。ものすごいコミュニケーション能力だ。……山田はすごいな。俺なんてどうやって会話をしていいかわからない。

 遥との距離が少し縮まったが、それはまだ一歩目である。

 ゆっくり、ゆっくりと、家族としての距離感を掴んでいく。


 クラスで一番大きな生徒である柔道部の平野が俺に向かってバットをよこした。


「……新庄。バット。次。代打。俺、野球苦手。俺の代わりに頼む」


 見た目とは違って温和な顔をしている平野の横には、クラスで一番のチャラ男の平塚がいた。


「俺たちは野球部じゃねーしな! 適当に三振でいいぜ! どうせ山田が張り切るからさ。てか、俺もみゆちゃんに良い所を見せたかっただけだからな〜、みゆちゃんいねえし……。じゃあ、俺の代打は山田ってことでオッケ」


 なるほど、打順が平野、平塚の順番だったのか。


 俺は曖昧に頷く。

 どう応えていいかわからないんだ。こんなに一度に話しかけられるのは……、責められている時だけだったんだ。

 男子との距離感がわからない。


 チャラ男はニカッと笑って俺の背中を叩いた。


「てか、新庄君なら大丈夫っしょ! マジヤンキー天使様が見守ってんだからさ! ほら、見ろよ、体育館から走って来るのが見えるだろ? 遊びなんだから楽しくやろうぜ!!」


 チャラ男平塚の視線の先には、あんりが走っている姿が見えた。

 胸が高鳴った。さっきまで体育館で見ていたのに、何故か新鮮な気分に思える。

 いつも一緒にいるのに、特殊な環境が特別に思える。


 どうでも良かった野球にやる気が湧いてきた。


「……平野、バットをもらうぞ。……行ってくる」

「頑張れ」


 背中に慣れない声援を受けながら俺はバッターボックスへと向かった―――





 野球はサッカーと同じでチームで行うものだ。

 俺は子供の頃からチームで行うスポーツをしたことがない。

 一人で壁に向かって石を投げただけだ。

 ……マウンド、だっけ? 以外と距離が遠いな。


 野球漫画は熟読した。プロの試合も一応見ておいた。

 ボールが飛んできたらバットで打つ。そして、右側の一塁を走る。そこまでは理解できる。


 変な緊張感が身体を包み込む。まるで初めて小説サイトに投稿したときの気分と似ていた。

 なら、大丈夫だ。

 俺は打席からあんりを見つめた。あんりはグラウンドに入ろうとしている所であった。

 あんりを見ていると気分が落ち着く……。


 俺の気持ちが切り替わった――

 あんりにカッコいい所を見せなきゃな。





「っトライク!!」


 ――なるほど、よそ見をしていたらボールが飛んできたらしい。一応バットを振っておこう。


 俺は試すように二度三度バットを振る。

 以外と軽いんだな。しかし、ボールをよく見ていなかったが、アニメだと一瞬でキャッチャーに到達していた。プロもそんな感じだ。今のボールは試しかと思っていた。


 クラスメイトの声が聞こえる。


「し、新庄っ、ふり遅れすぎだっての!?」

「ボールよく見て!」

「かーっ、篠塚さんが気になるかもしれねーけど、今はボールを見ろよ!?」


 次の打順の田中も俺に声をかける。


「適当にボールと合わせてバットを振りゃいいぜ! 三振でも構わねえ、あとは俺に任せろ!」



 キャッチャーがピッチャーにボールを返しながら叫ぶ。

「へいへいへいへい、こいつド素人だぜ!」


 それに呼応するかのように、相手チームからヤジが飛ぶ。

「バッタービビってんよ!!」

「顔がいいからってなめんなよ!」

「リア充は爆発しろやー!」

「ド下手は引っ込んでろ!」


 ……負の感情を受けると何故か心が冷静になる。昔の罵声に比べればまるで遊びだな。実際、そこまで強い負の感情ではない。ただ興奮して場の雰囲気に流されているだけだ。


 俺は声援を受けるよりも逆に落ち着くことができた。

 それに、あんりが見てくれている。

 だから俺は大丈夫だ。




 ――ボールが来る。今度はしっかりと見据える。

 だが、俺のバットは大幅に早く振り切ってしまった。


「っトライク!!」


 また相手チームから罵声が飛び出す。

 それに負けじと、俺のクラスが声援を送ってくれる。

 なんだこれは? これがスポーツというものなのか? 非常に変な感情に陥る。

 今まで感じたことのない感情が渦巻いている。


 ……なんだか負けたくないな。

 ピッチャーがボールを投げてきた――




「ファール!!」「ファール!!」「ファール!!」「ファール」「ファーッ」「ファー」「ファール」「ファールッ!」


 審判のファールの声がグラウンドに鳴り響く。

 罵声も声援も静かになり、生徒たちの視線はしつこく粘る俺とピッチャーとの勝負を見守り始めた。


「大体コツをつかめた」


 俺が一人呟くと、キャッチャーは怪訝な顔をしていた。

 想定していたよりもボールが遅すぎてどうしてもタイミングが合わなかったが、もう大丈夫だ。


 俺はあんりをチラリを見た。あんりは祈るような表情で両手を組んでいた。

 ……やっぱりあんりを見ると特別な感情が浮かんでくる。早く終わらせて昼ごはんを一緒に食べよう。


 俺は飛んできたボールをタイミング良くバットで叩きつけた。ガキンッという音が耳の残る。

 ボールは大きく弧を描いて、センターと呼ばれるポジションの頭を超えて、バウンドしながらグラウンドの端へと飛んで行った。


「シャッーー!! 新庄走れ!! そうだ、一塁、いや、三塁まで行けんぞ!!」

「きゃーーっ!! 新庄君〜〜!」

「カッコいいっ!!」

「まわれまわれ!! おい、バット捨てろよ!?」

「速っ!? 彼って陸上部?」


 よくわからないけど、俺は無我夢中で走った。

 走っている間は何も考えられなかった。

 ただ夢中で走った。手がじんじんしていた。バットはどこに置けばいいんだ?

 いつの間にかバットが手から離れていた。


 クラスメイトから声援を受けながら走っている。そんな事は一生ありえないと思っていた。

 俺はずっと一人だと思っていた。走りながら今までの事が思い浮かぶ。

 苦しくて殻に閉じこもっていた。だけど、あんりが俺を救ってくれた。

 過去を過去として見ることができるようになった。

 少しずつだけど――俺は成長しているんだ。


 だから、俺は全力で走った――



 ベースを踏まないと反則になる。漫画が教えてくれたルールだ。

 二塁を回ると、大きな声が聞こえてきた。


「新庄ーー!! ホームまで走れや!!!」


 山田の声だ。よく通る声だ。次はお前の番だろ? そんなに元気な声を出して疲れたらどうする? 言われなくても全力で走る。


 三塁を周って、ホームを目指した。ボールが山なりになって外野から返ってきたのが見えてきた。

 俺はそれよりも早くホームベースを踏む。クラスメイトから歓声が湧き上がる。

 息を少し弾ませながら自分のクラスの元へと帰る。

 視線はあんりを見つめていた。


 あんりが飛び跳ねながら喜んでいるのが見えた。

 俺はそれが見れただけで幸せだ。心に充実感が生まれた。あんりに向かって手を振ると、あんりはすぐに振り返してくれた。


「あ、やば、ふ、二人の世界じゃん」

「うん、ちょっと入り込めないよね」

「あはは、まあいいんじゃない?」

「こっちを見ようともしねえぜ」

「新庄、頑張った」

「マジ新庄ぱねえな!」


 身体に衝撃を感じた。

 山田が抱きついてきた!? や、やめろ!? お、俺はそんな趣味はない――


「すげーよ、すげーよ!! 新庄、やっぱお前は奥の手だったぜ! 俺の目には狂いはなかった。マジ、気合入ったぜ! 俺も負けねーぜ!!」


 そう言いながら山田は打席に向かいながら、あんりの隣にいる田中を見つめていた。



 俺は困った状況に陥っていた。

 クラスメイトがハイテンションになって俺に話しかけてくるんだ。

 俺は戸惑いながらもどうにか返事をする。

 なんだ、これは? どう接していいかわからない。そんな俺の事をお構いなしに、クラスメイトはどんどん俺に話しかけてくる。


 ふと、俺は思った。


 中学の時、こんな風に過ごせればよかった。

 他愛もない事だけど、他愛もない事で喜んで、気持ちを分かち合う。


 ……心に壁を作っていた俺には難しい事であった。


 だけど、今は違う。あんりのおかげで壁は無くなったんだから――

 山田のバットがボールを叩く音を聞きながら、俺は何故か無性に心が温かい気持ちに包まれた――





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