バレーと野球の球技大会
結局俺は野球の練習なんて一度も出来なかった。
……まあなんだ、あんりと一緒に過ごす放課後が楽しくて野球に目をそむけていたかも知れない。
野球漫画を見たからどうにかなる、と思う。
それに、俺はずっと原稿の修正に追われていた。急いでやらなくても時間はあるが……、これは性分だ。なるべく早く終わらせたい。
今日はもう球技大会当日だ。俺たちは早めに家を出て学校の中庭のベンチでのんびりしている最中だ。
昔なら考えられなかったが、あんりと過ごすイベントが楽しみで早起きしてしまう。
朝、なんとなくあんりとメッセージのやり取りをしていたら、あんりも早く起きたらしく、二人で早めに登校することにした。
中庭のベンチで二人でゆっくり過ごそう、と。
「えっと、真君、こっちの絵師さんはどうかな? 結構イメージと合ってると思うよ?」
「すごく綺麗な絵柄だ……、うん、どの候補も凄すぎて選べないが、この人の絵は……」
あんりはスマホで絵師さんの詳細を調べてくれた。
連載している漫画のページを俺に見せてくれる。
「うわぁ、この絵師さんすごいよ! 新人さんなのに漫画がすごい勢いで売れてるって。しかも絵のクオリティが尋常じゃないよ……、えっ? が、学生さんなんだ……」
「どれ……、神楽坂カエデという絵師さんか……、ふむふむ、確かにこれは、いや、なんだこのレベルは? ……くっ、は、話もすごく面白いではないか。悔しい……」
「あははっ、今は絵師さんを調べるのが先だよ。……うんとね、正直私もこの漫画を読んですごく嫉妬しちゃったかな……」
この作者の絵を見ると、何か心に来るものがあった。
候補者云々を抜きにして、この漫画を買ってみようと思った。……ノベライズ版も出ているのか。……水戸部ハヤトか……その名を心に刻みつけた。
「確かこの絵師さんは冴子さんいわく、『ちょっと変わった絵師さんだから受けてくれない確率高いかもね! でも、気に入ったら交渉頑張るよ!』と言っていた人だ。……あんり」
「ん?」
「この人にしようと思う。人気があるからとかじゃない。俺の作品のミケ三郎の闇を書き出してくれそうだ」
あんりは満面の笑みを浮かべて自分の頭をコテンと俺の肩に置いた。
優しい匂いが俺の鼻をくすぐる。落ち着く匂いであった。
俺はあんりの手を握った。あんりも応えてくれる。
これが俺たちの友達としての距離感だ。他の友達は……知らない。俺たちだけが知っていればいい。
「じゃあ、連絡しなきゃね。……ふわぁ……なんだか安心したし、早起きしちゃったから眠たくなっちゃったよ」
「全く、迷惑かけた。絵師さん探しがこんなに大変だとは思わなかった……」
「う、ん……、今日は、球技大会、楽しみだね……」
「バレー、見に行くぞ」
「……ん」
あんりはそのまま俺の肩を枕にして眠ってしまった。
遥にバレーを教わってから、定期的に遥と一緒にバレーの練習をしていた。
俺はあんりの付添で。奈々子さんは遥の付添で。
俺たちに会話は少なかったが、嫌な空気感ではなかった。
そう、自然な空気感であった。
奈々子さんは会う度に、地味な格好から昔の奈々子さんみたいに小綺麗な格好に変わっていった。まだ少しだけ顔が暗いが、遥と話している時は明るい表情であった。
遥はすっかりあんりの事が大好きになったみたいだ。
まるでお姉ちゃんができたと喜んでいる。……いや、同い年だぞ。
不思議な気分だ。
あんり以外の人といても嫌な気持ちにならない。
あんりが俺の壁を壊してくれたからな――
肩にかかる重みが――愛おしさを感じられた――
生徒の登校が増える前にあんりが起きて、俺たちは自分たちの教室へと移動をした。
教室に着くと、斉藤さんを中心に女子バレー選手たちが集まっていた。
男子は山田を中心に今日の野球について話している。
普段の教室とは違う雰囲気。
昔の俺は一人ぼっちだからそんな空気が好きではなかった。
……一人の寂しさは耐え難い。気が付かないうちに心を鈍化させる。
でも、今は大丈夫だ。俺には、大切な友達が隣にいる。
俺とあんりはいつものように席に着き、いつものように本を読み始める。
いつもと同じような静寂とした空気に包まれ――
「おーい、新庄っ! 今日は超期待してるぜ! 頼んだぞ! って、田中、何一人で漫画見てんだよ、後で俺にも見せてくれよ! あっ、お前もバレー出るんだろ? がははっ、あとで見に行くから俺たちの野球も見てくれよ!!」
グループの輪から抜けた山田が自分の席に戻り俺と田中さんに話しかける。
俺は戸惑いながら頷く。田中さんは顔を真っ赤にさせながら反論した。
……俺はダシにされたのか?
「え、あ、その、う、運動苦手だから、出たくない……、で、でも、野球はみたい、かも……」
「そっか! ははっ、田中が見てくれたら超頑張るじゃねーかよ! あー、俺達が優勝したら……その」
山田の語尾が急に小さくなった。
あんりがニヤリと笑っているのを横目で捉えた。
俺も石の置物になって二人の動向を見守る。
「……テ、テツロウ以外のおすすめの漫画……教えてくれねーか? い、一緒に本屋へ行ってほしいんだ」
田中さんは山田の発言にテンパったのか、奇妙な声をあげた。
「ひょ!? ……え、わ、わたし陰キャで……い、一緒にいたら馬鹿にされ……」
「は? 知らねえーよ。俺は田中に選んでもらいたんだよ。い、いいか?」
「あ、う、うん、べ、別にいいよ」
「そっか、良かった! あっ、ヤベ、一回戦勝ったらって言えばよかった!! 俺の馬鹿ーー!!」
「そ、そう……、ふ、ふん……へへ」
なんだか二人はいい感じである。
横を見ると、あんりは満足そうに微笑んでいた。俺はそんなあんりを見て微笑ましい気持ちになる。
いきなり山田に肩を掴まれた。
「……新庄、マジで頼む。ちょっと俺本気出すけど、うちのクラスは野球部は俺しかいねえんだよ。……超期待してるぞ!!」
「ちょ、ちょっと待て、俺は野球漫画でしか野球は知らない」
「へー、新庄って漫画見るんだ。意外だな! 大丈夫だって、試合したらどうにでもなるって! 筋肉は嘘つかねえよ!」
「お、おい、や、山田――」
山田は自分の席から立ち上がって、再び男子グループの元へと向かった。
「うっしゃーーーっ!! マジで気合入った!! 今日はガチで行くぞ!!」
自分の顔を強く叩いて気合を入れる……。なんだ、それ、流行っているのか?
こうして俺が初めて友達と過ごす球技大会が始まった。
***********
わたし、田中は最近困っている。
なんだって山田くんは私に構ってくるの!? あんた馬鹿なだけなハズでしょ!?
それなのにたまに見せる真面目な顔はやめてよ! ちょ、ちょっとカッコいいと思っちゃうでしょ……。
そ、それに、わ、私の容姿を気にしてなくて、ズカズカと私の領域に入り込んで来ようとするし……。ああん、もう……珍妙すぎるでしょ、山田くん!!
後ろの席のラブラブな二人は微笑ましい顔で私達の事見てくるし! あんたたちの方が微笑ましいわよ!
……も、もしも山田と二人で本屋に行ったら……え、それってデート? う、うぅ、わ、私、本性表したら絶対嫌われるじゃん。好きな本の話になると早口になるし……。
あれ? でも山田とテツロウの話をした時、早口になっていたような……。
恥ずかしかったからあんまり記憶がないよ……。
というわけで私は今、バレーボール会場である体育館で身悶えているの。
なんと私はスターティングメンバーでコートに立っている。
周りの大勢の生徒の目が怖くて身体が動かない。すごく……怖い……。
ボールが私に飛んでこないように祈ったけど、不幸にも山なりの緩やかなボールが私に向かって飛んできた――
「田中さん! 落ち着いて触るだけでいいよ!」
隣にいた篠塚さんが私に向かって柔らかい声で、しかも口調が新庄君と話しているバージョンで驚いてしまった。
「あっ」
なんだかその声に驚いて、知らぬ間にボールを触っていたらしくボールは綺麗に舞い上がっていた。心臓がバクバクしている。他の生徒がトスをして、篠塚さんが『後ろからいくぞ』と周りに声をかける。
篠塚さんは飛び上がって綺麗なフォームでバックアタックを放った。
誰もボールに反応できず、ボールはコート内に突き刺さった。
味方生徒からの称賛と感嘆の声が篠塚さんに送られる。コート外からも声援がすごい。
『あの子バレー部? すごくない?』
『あっ、ヤンキー天使様で有名な子だよ』
『ふわ……、超可愛い』
『え、絶対C組応援しようぜ!』
『お、あれって山田の――じゃん、ナイスレシーブ!!』
篠塚さんは少し照れていたけど、会場の一点しか見ていなかった。
その視線の先には篠塚さんだけしか見ていない新庄君の姿があった。あれ? 野球の試合って始まってない?
篠塚さんは新庄君にだけわかるように小さく手を振っていた。
小さく手を振り返して頷く新庄君。……いや、空気甘すぎるよ!? 砂糖どばどばだよ!!
「うおおおぉぉ!! ナイスレシーブだ田中!! その調子で頑張れ!!!」
ひえ!? な、なんだ山田がここにいんのよ!! あんた試合はどうしたのよ!! てか泣いてんじゃないわよ!!
で、でも、ちょっと嬉しいかも。見に来てくれるっていってたもんね。
少しだけ心が落ち着いてきた。
相手選手もみんなうまいわけじゃない。ミスしても笑ってプレイを続けている。
なら、私も……。
その後、私は数回レシーブをして他の選手と交代となった。
その間も、篠塚さんの猛攻がすごい。バレー部顔負けの技術でどんどんと得点を重ねていった。
山田は他のクラスメイトに捕獲されて泣きながら自分の試合へと戻っていった。
試合はうちのクラス、一年C組のBチームの圧勝で終わった。
すぐに次の試合が始まる。次は一年B組のAチーム。……部活キラーとして有名な新庄遥さんがいるチーム。う、うう、今度は出番がないといいな……。
そんな事を考えていたら、クラスのリア充として頂点の位置にいる斉藤みゆさんが私に話しかけてきた。
「田中さんお疲れ様じゃん、レシーブ超良かったよ! えへへ、山田には出る時間を言っておいたんだ! よかったね!」
――あんたのせいか!! このおせっかいリア充め……。
ふ、ふん、ま、まあ私は心が寛大だから許してあげるし……べ、リア充が怖いわけじゃないからね。
「あ、ありがと。……や、野球、み、見に行ってもいい?」
斉藤さんは全部わかってるよ、と言わんばかりに私の背中を押した。
「うん、次の試合は大丈夫だから早く行ってきな!! 山田君喜ぶよ!」
私は顔を赤くしながら体育館を走って出ていった。
私一人体育館を出たと思ったら、篠塚さんも一緒であった。
篠塚さんも早く運動場に行きたいのか小走りである。
「あ、田中さんか、良いレシーブだったぜ。助かった」
「あ、う、うん、こ、こちらこそ」
う、ううぅ、普段の甘い二人を知ってるからなんて返事していいかわからないよ!?
ヤンキー口調が可愛く聞こえちゃう。
「野球見に行くんだろ? 早く行こうぜ」
私達は急いでグラウンドへと向かう。
グラウンドでは歓声が響いていた。
うちのクラスは四回を終えて同点であった。
私は思わず愚痴ってしまった。
「あの馬鹿山田、バレーを見てたから……、もう、勝てなかったらどうすんのよ……」
「へ? た、田中さん?」
あがががっ!? お、思わず本音が出てしまった。
大丈夫、篠塚さんよりはマシなはず。うん、忘れよう。
「そ、それよりも、ほ、ほら、新庄君がこの回からでるみたいだよ!」
「あ、うん、斉藤さんに聞いたから知ってるぞ。……新庄、大丈夫か? 全然野球の練習してなかったが……わ、私のせいかも……」
うわぁ、ヤバいって、打席にいる新庄君を見つめる視線が尊すぎて同じ人間には見えないよ。
新庄君の次は山田の打席。
キョロキョロ辺りを見渡している山田と目が合った。
山田はおおきな声をあげながら私に向かって大きく手を振っていた。
ば、ばか、恥ずかしいよ。……ん、山田は新庄君に何か叫んでいる。
新庄君が一瞬だけ篠塚さんの方を見た。
あれ? 新庄君の気配がなんだか……。
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