奈々子2
私、
「お前が奈々子かーー!! お兄ちゃんの事を傷つけたヤツの一人ね!!」
「え、ええ!? だ、誰?」
「ちょっと、遥、お、落ち着きなって!」
「ほえ? なんかイメージと全然違うね? き、如月、ほ、本当に奈々子、さん……であってる?」
「馬鹿ね、私が間違えるはずないじゃない。真君にちょっかい出してきた馬鹿女は全員覚えているわよ」
「如月も馬鹿だけどね!」
「う、うるさいわよ……、あんただって馬鹿じゃん!」
私は驚きながらも小さく頷いた。確かこの子は遥さんと言って、新庄君の妹だ。
天然だけど運動神経が良くて可愛いから学校で目立った存在。
……今の私とはかけ離れた人種。
「うーん、まいっか! ねえねえ、奈々子さん、一緒にパフェでも食べてお話しよ!」
「はぁー、遥……、なんだってこんな悪い噂しかない女に関わるのよ」
「うるさい! 如月だって悪い噂っていうか、結構ヤバい状況になっちゃったでしょ!」
「……は、反省してるわよ。も、もう変な事はしないわよ。っていうか、行き過ぎたツンデレのあんたに言われたくないわよ!」
私は二人の勢いに押されて呆けてしまった。
漠然と、この人たちはお喋りだなー、と考えていた。
「あれ? 奈々子さん、なんか汚れてない? ちょいまち……、ごそごそ……ごそごそ……、あった! うん、動かないでね!」
「え、あ、ええ? し、新庄さん!?」
さっきまでイジられていた私の制服は汚れていた。後ろから黒板消しを投げつけられたんだ。
汚れは払ったはずだけど、背中の汚れは落とせなかった。
どうせいつもの事だから気にしていなかった。
遥さんはちょこまかと私の身体を自分のタオルで何度も拭いてくれる。
「た、タオル、よごれちゃうから……」
「へ? タオルなんか汚れても別に洗えばいいじゃん! お母さん洗ってくれるし。……でもね、制服が汚れたまま家に帰ったら……奈々子さんのお母さん悲しむかも知れないし……」
「――――っ」
「よしっ! これで大丈夫! ささ、早く行こう! いざパフェを食べに!」
「いや、趣旨が違って来てるから……」
遥さんの隣にいる如月さんがため息を吐いていた。でも、心底嫌そうな雰囲気ではなかった。まるで妹を心配しているお姉ちゃんみたいな感じであった。
もう誰とも関わろうと思わなかった私の殻を、遥さんはこじ開けて入ってきた――
***********
「へ? な、奈々子の話を聞くと……わ、私たちに比べてマシじゃない? って思えてくるんだけど?」
「わ、私は……さ、逆らえなくて……、ていうか、段々真君の事を本気になって……、でもグループのノリに逆らえなくて……」
「あははっ、如月は馬鹿だなー、私と同じくらい馬鹿だもんね。ちょっとしつこくしすぎたのも悪かったもんね」
「は、反省してるわよ! ……文芸部でおだてられて調子乗ってたのよ。も、もう間違えないわよ。……本当に真君の事が好き過ぎておかしくなったのよ」
「こ、怖!? 如月は病んでる性格を直さなきゃね?」
私達の共通点は新庄君を傷つけてしまった事。
取り返しのつかない過去は変えられない。罪悪感が心を埋め尽くす。
どうやら私達以外にも、違うクラスの女子も新庄君を傷つけてしまった過去があるらしい。
遥さんはそっちの二人とは定期的に話し合いをしてるけど、私たちが変な動きをしないように釘を刺しに来たようだ。
……如月さんは色々手遅れだったみたいだけど。
それで、私は中学のときの事件を二人に話した。
初めは一人ぼっちの新庄君が可哀想とかそういう感情で動いたわけじゃなかった。
誰からも好かれて、クラスの人気者である私だったら、殻にこもっている新庄君をこじ開けることができると思った。
誰からも嫌われている生徒でも、私ならうまく接してあげられる。
クラスでぼっちを救って、自分は良い人を演じる。そうすればさらにみんな私の事が好きになる、そう思っていた。
新庄君とは段々と仲良くなっていった。心が開いていくのがわかった。
段々と傷が癒えていく新庄君を見ていたら嬉しくなった。
正直、自分の評価なんてどうでも良くなってきたんだ。
最後のダメ押しとしてカラオケに誘って、楽しい時間を過ごせればいいと思っていた。
痴漢疑惑があった新庄君と二人きりになって、また新庄君に変な噂がたっても良くないと思い、私は部活で知り合った他校の男子生徒の友達を呼んだ。少しチャラチャラしているけど、私には優しい人から大丈夫だと思っていた。
……でも、私はカラオケに行くことが出来なかった。電話で新庄君に私の友達と仲良くしてね、としか伝えられなかった。
だって、私はあの時……、ギャル系の生徒から無理やり呼び出しを喰らっていたから……。新庄君と約束したのに、行けなくて内心すごく焦っていた。取り返しがつかなくなると思ってしまった。
私は誰とでも仲良くなれる。男女関係なく友達になれると思っていた。
だけど、それは自分から見た私。
他人から見た私は違った。
『あんたさ、調子乗ってない? なんで剛君と仲良く話してんだよ? あいつは私の彼氏なんだよ』
『奈々子ってさー、男子に色目使いすぎっしょ』
『新庄に関わるのだって点数稼ぎだろ? いいこちゃんぶってんじゃねえよ』
『女子同士のいじめなんて持ち回りだろ? お前もあいつをイジってただろ? なら次はあんたの番だよ』
私はどこで間違えたかわからなかった。
でも私は間違えた。男子にはわからない女子の世界。
正直いじめなんてどんな人気のある子でも回ってくるくらいの日常的な事。
だけど、いじめにあって……本当に心が傷つくのが理解できた。
テレビドラマみたな過激ないじめではない。シカトする、私物を隠す、その程度のいじめ。
それだけなのに、心が……本当に苦しくて、寂しくて……。
私のいじめは他校まで伝わった。誰も私に関わろうとしなくなった。
それでも、新庄くんなら、と思って話しかけようと近づいた事がある。
だけど、新庄くんは私を見ていなかった。
あとになって私は知った。私が友達だと思っていたチャラい男子は、私と仲良くしていた新庄君を目の敵にしていた。嫉妬を拗らせて、カラオケボックスで新庄君を虐めようとしたらしい。
幸いといっていいのか、新庄君は男子の手を振り払って逃げることが出来たみたい。
でも、新庄くんは暴力男としてさらに悪い噂が広がってしまった。
……でも、まるで私が新庄君を騙すみたいな結果になっちゃった。
「ずびーっ……奈々子……、あんた超可哀想だよ。……わ、私達はお兄ちゃんと関われないけど、奈々子ならまだ間に合うよ」
「……えー、私は駄目なの?」
「馬鹿如月! あんたは駄目にきまってんでしょ! もう、これ以上お兄ちゃんを傷つけたらぶち殺すよ」
「ちょ、は、遥、冗談に聞こえないから……」
「ていうか、いじめってそんなに長く続くんだねー。私も靴を隠された事あったけどさ、結構一瞬で終わったよ?」
私は自分の殻に閉じこもった。誰も信じられなくなった。
今こうして話していても身体が震えてしまう。
高校に入っても嫌がらせは続いた。流石に中学の頃よりも頻繁じゃないけど、たまに直接的な嫌がらせを受けてしまう。
きっと、私が気持ち悪いからだ。
殻に閉じこもれば大丈夫だと思った。
何も感じなければやり過ごせると思った。
だって私は新庄君を傷つけた。
そのバチが当たったんだ。調子に乗っていたんだ。
だから私は傷つけられて当たり前。私が全部悪いんだから。
それでも、クラスで孤立したときの寂しい気持ちは当事者にしかわからない。
あれは地獄だ。……そんな地獄を新庄君はずっと体験しているんだ。
新庄君が少しでも私を信じようとしたのに……、私が全部ぶち壊したんだ。
だから、私は心に壁を作った。
鉄の意思で自分の感情を抑える。誰とも関わらないで生きて行く。
「ねえ、奈々子、まだ大丈夫だって。ちゃんと説明して――」
「無理よ」
私が関わると碌な事が起きない。
それに、信じていたクラスメイトに裏切られた事を思い出してしまう
私はこのままでいい。誰とも関わらず、ゲームの世界で過ごせればいいんだ。
口元にパフェのクリームを付けた遥さんはぐちゃぐちゃな顔で身を乗り出して、私の手を握りしめてきた。
驚いて声が出せない――
「……嫌だよ……、そんな顔見るのはもう嫌なの。わ、私は、わ、私達は、お兄ちゃんを傷つけた……、だからもう関われない」
「だけど、奈々子、あんたは違うよ。今度の遠足は私と一緒にディスティニー周ろう? ん、というか周るから! 嫌だって言っても逃さないよ!」
「あれ? 私は? ちょ、忘れないでよ!」
「如月は文芸部の人と周って誤解を解きなよ! 馬鹿っ!」
「……まあ、そう、ね。うん……、みんなには悪い事しちゃったしね……。ちゃんと話して遠足を……」
私は断ろうとした。だって誰も信じちゃいけない。
もしかしたら遥さんだって裏切るかも知れない。知らず知らず私が遥さんを傷つけるかも知れない。
そう伝えようと思って顔をあげたら、遥さんの泣き笑顔が私の胸を貫いた――
「ね、奈々子、一緒に行こ! だってもう友達だもん!!」
友達という言葉が胸に食い込んで、私はこみ上げてくるものを抑えきれなかった――
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