幼馴染義妹眼鏡会議


 私、宮崎静は後悔してばかりだ。


 子供の頃から仲良しだった真は、私のせいで悪者になってしまった。

 今なら『あんなのじゃれ合いで冗談だよ』って言えるけど、あの空気感の中でそんな事は言えなかった。


 真をかばう奴はクラスの敵。そんな空気が漂う。子供は単純で馬鹿だけど、子供だけの残酷な世界観がある。大人になったら絶対わからない空気だ。


 中学になっても真は暗いままであった。

 ……私は真の存在を見ないように努めた。


 触れたら自分が傷つくのがわかっていた。だって、私だけが止められたのに……私はただの傍観者として……放置していたんだ。

 色々な噂を聞いた。斉藤さんに襲いかかった。告白してきた女子をこっぴどく振った。友達が連れてきた友達を叩きのめした。

 どれも真実かどうかわからない。……でも、昔の真だったら絶対そんな事はしない。



 女子グループの中でうまく立ち回るのも骨が折れる。部活も教室もカーストだらけ。

 卒業式の時に、一人でいる真を見かけた。

 思わず懐かしくて、気がつくと声をかけていた。


『真〜! 久しぶり、卒業おめでとう! この後クラスの打ち上げ行くの?』


 なんだか嬉しくて昔に戻った気分であった。

 ……でも、真の様子がおかしい。


『……宮崎さん、おめでとうございます。それでは失礼します』


 確かに笑顔だった。でも……寒気がする笑顔だ。感情が感じられなかった。心がどこか遠いところに飛んでいた。


 衝撃を受けた。心のどこかで、昔みたいに喋れるかと期待してた自分がいた。

 予想以上に自分の心にダメージを負った。


 私はそれ以上言葉が出なかった。話すのが怖かった。

 真の背中を見送りながら、私は思った。


 ――高校に入ったら、一緒の学校だし、もっと話したら普通に戻るよね? ……うん、入学してからにしよ!


 本当にこの時の私は馬鹿だった。真は初恋の人。そんな事を忘れるくらい私は現実から目を背けていた。








「で、斉藤さんと私は駅前で真に会ったんだ。その時も綺麗な女性と、篠塚さん? と一緒に歩いていたよ」


 ここは学校の近くにあるサイゲリア。リーズナブルな価格が学生には優しいファミレス。四人がけの席には、真と同じクラスの斉藤さん、義妹である遥さん、それと幼馴染である私の三人が座っている。


「うん、超綺麗だったよ。ていうか、篠塚さんもヤンキーみたいな格好してるけど可愛いよね? みゆ的には肌が綺麗だから超羨ましい〜」


 もともと私達はそんなに話した事がなかった。

 私達には共通点があった。高校に入って、真と普通に接しようとしたら――全く相手にされなかった事だ。

 ――後悔の念を心に抱いている。


「ほえ? ヤンキー女って篠塚さんって言うんだ。むむむ、お兄ちゃんと一緒に帰って来た子だよ」


 私と遥ちゃんは篠塚さんの事はよく知らない。あの日の朝、真を待ち伏せした時も、篠塚さんが絡んできた。桃ちゃんの昔の友達らしいけど――


 この場には桃ちゃんはいない。悪い子じゃないけど、きつい性格の子だからいるとややこしくなるから。


「ねえ、斉藤さん、どんな子なの? ……また、真に悪い噂が流れたら」


 斉藤さんはパーマをかけた髪をくるくる手で遊びながら答える。


「うーん、ヤンキーって言われてるけど……、ぶっちゃけわかんない。だって、教室で一人ぼっちだし。ていうか、真君と仲が良かったなんて素振りは無かったよ。……でも、あの時は楽しそうに喋ってたね」


 そう、私達が見かけた時は駅前でとても楽しそうに喋っていた。

 それがとてもショックだった……。


「ねえねえ、さっき如月がお兄ちゃんの事探してたよ? 適当に答えちゃったけど! ……うーん、正直、遥が言えた事じゃないけど……、如月と奈々子はちょっと……」


 如月さんは地味だけど、特定の男子にとてつもなく人気がある。

 なんでも、優しくて、話を聞いてくれてすごく良い子だ、って評判だ。

 周りにいる男子たちは常に如月さんを姫として扱う。

 斉藤さんの周りにいる男子とは系統が違う。


「でもでも、お兄ちゃん、今朝は優しかったよ! 草餅受け取ってくれたし!」


「く、草餅?」


「優しかった……?」


 真の義妹である遥さんはおバカで天然と有名だ。

 でも、たまにまともな事を言う。だけど、基本おバカだ。遥さんの考えている事がよくわからない……。

 彼女もお兄ちゃんに拒絶されたらしい。


 遥さんはすごい勢いで首を縦に振った。


「うんうん、前よりもあの笑顔が怖くなかったよ! ……もしかして篠塚さんのおかげなのかな? それとも私のパンツのおかげかな?」


 やっぱりこの子はよく見ている……、おバカだけど。……ところで、パンツって何?





 しばらくの沈黙の後、私は深呼吸をして二人を見つめる。


「ねえ、みんな真に対して好意を抱いていたわよね? 私は初恋、斉藤さんは淡い恋心、遥さんは……」


「私はお兄ちゃん大好き!」


「でも、私達は間違えた――」


 その言葉を発するとみんな黙ってしまった。

 あの気持ちを思い出してしまう。後悔という深い谷に突き落とされる。


 でも、前に進まなきゃ。

 私は顔を上げた。


「本当に後悔しているわ。……今でも真の事を大切に想ってる。でも……全部私達のせいなのよ。もっと謝るのが早かったら、もっと早く話しかけていれば――、そんな取り返しのつかない事ばかり考えちゃう」


 二人は無言で私を見ている。


「今のままの私達が、真に謝ろうとしても駄目よ。自分勝手な事しか言わない私達を信じてくれない」


 そう、私達は自分勝手な気持ちを真に押し付けていた。


「ええっと、みゆたちはどうすればいいの? 静ちゃんが言っている事はわかるけど……、謝れないの?」


「わ、私も謝りたい……。でも、お兄ちゃんには壁が……」


 全部私達のせいだったんだ。

 私達が真を変えてしまったんだ。私たちの力では元に戻せない――


 それでも――


「行動するしかないわ。……絶対に元の優しい真に戻すの。私達が謝るのはそれからよ」


「行動……、うん、みゆ超頑張る!」

「遥も遥も!!」


「いいえ、私達が真に対して頑張ろうとしちゃ絶対駄目。私達は真と関わっちゃ駄目なの……」


 斉藤さんが不満そうな声を上げた。

 遥さんは真面目な顔で黙って話を聞いている。


「ぶーー、みゆは真君と仲良くしたいよ〜」




 遥さんの顔が、知性が宿ったかのように瞳に光が灯った。


「えっと、そうだよね。……私達はお兄ちゃんを傷つけた……、それは取り返しのつかない事実。本当なら私達はお兄ちゃんの近くに寄る事さえ許されない……。だから、お兄ちゃんのパーソナルスペースに立ち入っちゃ絶対駄目! 後悔なんて言葉じゃ生ぬるい、好きになる資格なんてない。――だから、私は、お兄ちゃんの心を少しでも戻してくれた――ヤンキー女を応援するの!」



「え?」

「え?」



 間抜けな声が漏れてしまった。まさか、思っていた事を全部、遥さんに言われるなんて……。

 斉藤さんは口をポカンと開けながら遥さんの事を見つめる。


「……遥ちゃん、超えらい。……そうよね、過去の傷は残る……、うん、自分の気持ちは押し込めて……、今度こそ、真君が――」


「え、ええ、篠塚さんと真が仲良くなるように、全力でサポートするわ!!」


 こうして、私達は真君と篠塚さんの仲を応援することを決意した。篠塚さんには間違って欲しくない。これ以上、真を傷つけたくない。あの真の心を少しでも埋めてくれた篠塚さんだ、絶対大丈夫。

 これは遊びじゃない。こんな事で私達が犯した罪は消えない。罪悪感は消えない。


 それでも――前に進まなきゃ。


「では、具体的な話に移りましょう。……まずは、遠足で邪魔が入らないように……、如月さんと、奈々子さんを足止めして……」


 三人だけの秘密の時間。

 なんだろう? 不謹慎だけど、初めて心置きなく話せる――仲間ができたのかも知れないわ。


「あばばばばばっ! そういえば、遥、お兄ちゃんにお兄ちゃんって呼ぶなって言われてたんだ!! どうしよ、どうしよ!? うーん、うーん、まいっか! 今までで通りおバカでいれば!」



 ……先行きが少し不安だけれども。




 ****************





 いつも通りの寂れたフードコート。

 俺達はジュースを片手に小説談義に華を咲かせる。

 学校の話なんて一切しない。ここにいるのは、ポメ子さんとにゃん太であった。


「くっしゅんっ!」


「なんだ、にゃん太風邪か? 飲み物温かいのに交換するか?」


「いや、大丈夫だ。それよりポメ子さんは映画の『俺の肝臓を食べた君に送る』は見たか?」


「おう! やっぱストーリーの作り方と展開がすげえよ! いやー、あんな小説書きてえよな」


「だよね? あれは良かった……。感情をあそこまで揺さぶられるなんて」


 俺達が書いているのはラノベだ。だけど、ラノベは、小説は、作者その人の人生が詰まっている。

 ニュースも、映画も、ゲーム動画も、一般書籍も、絵本だって、近所のおばちゃんの小話だって小説の糧になる。

 短い人生だけど、その全てをぶつけて小説を書き上げる。

 気がつけば色んなストーリーを自然と追い求めていた。


 いつしか、自分でも物語を作りたくなって、小説を書き始めた。


「ってか、お姉ちゃん遅いな……」


 ポメ子さんはスマホを操作してメッセージを確認する。


「……にゃん太、わりい。あいつ、仕事で少しだけ遅くなるらしい」


 忙しい仕事の中、わざわざ時間を作ってくれたんだ。少しくらい全然大丈夫だ。


「いいよ……、あっ、そういえば、遠足の件だけど、どうする?」


 遠足はディスティニーランドと言われる遊園地に行く。

 俺は遊園地の楽しみ方なんて知らない。もしもポメ子さんが赤点覚悟で休むなら、俺も休む必要がある。流石に高校生にもなって無理して行く必要はないだろう。



 ポメ子さんは何故か動揺していた。


「あ、ああ、ディスティニーランドね。適当に回ればいいだろ?」


「うーん、ネズミのムッキーだっけ? あのマスコットってちょっと怖いだろ?」


 ポメ子さんは俺を睨みつけた。


「あん? ネズミじゃねーよ!? 馬鹿野郎! あれはチンチラだ! か、可愛いだろ! 可愛いは正義だ。にゃん太、まちがえるんじゃねーぞ!」


 なるほど、ポメ子さんがディスティニーランドが大好きだっていう事がわかった。


「じゃあ、遠足は絶対休んじゃ駄目だろ。ポメ子さん、せっかくだから楽しみな」


 ポメ子さんは不満顔であった。


「……てめえ、私は……、ふん。いいか、にゃん太はディスティニーランドの深淵を見ていない。わ、私がみっちり教えてやんよ!」


「はいはい」


「ば、馬鹿にすんなーー!」



 小説以外の話をするのはめったに無い。

 それでも悪い気はしなかった。


 ……楽しいと思える気持ちと……もしも、ポメ子さんに裏切られたら、と思う気持ちが心の奥底にある。


 意識的にそれを思い出さないようにするが、距離が縮まるごとにそれが浮かび上がる。


 ポメ子さんは眉をひそめながら俺に言った。

 最近わかった。眉をひそめる時は照れている時が多い。


「――いいか、にゃん太も……遠足を楽しむんだよ。わかったか! ふんっ」


 ポメ子さんはそっぽを向いた。

 怖い口調で言っているけど、ひどく可愛らしい表情であった。


 それが、俺の心の奥にあるものを――再び封じ込めてくれた。


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