頭では理解しても
「あばばばっ……、お、お兄ちゃんが友達と帰ってきた……」
何気なく部屋の窓からお外を見ていたらお兄ちゃんが綺麗な女の人と……、噂のヤンキー女と一緒だった。
着替えていたパジャマを放り投げるくらい衝撃的過ぎて、私は部屋の真ん中で正座した。
「と、友達なんていないはずなのに……、ただの強がりだと思ってたのに」
胸がズキンと傷む……、久方ぶりに思い出す感情……嫉妬心……。
子供の頃、私はお兄ちゃんの事が大好きだった。いつも幼馴染の静ちゃんと遊んでいたお兄ちゃんを困らせたかった。
学校でお兄ちゃんの悪い噂が流れた時、私は面白半分でお母さんに告げ口をしちゃった。
だって、そうすればお兄ちゃんは私と遊んでくれると思った……。
私は知っている。みんな私の事を馬鹿な子だと思っている。
でもそれで良かった。馬鹿なフリをするとみんな愛してくれる。
馬鹿のフリをしていたら、本当の自分がわからなくなっちゃった……。
お兄ちゃんは静ちゃんと話さなくなった。というか、誰とも喋らなくなった。
暗くなったお兄ちゃんは好きじゃなかった。一緒にお出かけしてもつまらなかった。
何を言っても反応してくれない。私はイライラしちゃって、いつしかお兄ちゃんに暴言を吐くのが普通になっていた。
お母さんもお父さんも私に優しかった。でも、本当に期待されていたのはお兄ちゃんなんだ……。
私の事は――お人形さんとしか思っていなかった。
それに――どこかのタイミングで優しくなればお兄ちゃんはコロッと私になびくと思っていた。ギャップよ、ギャップ。
中学になってもお兄ちゃんの悪い噂はどんどん増えていった。
それが真実かどうかはわからない。
お母さんも呆れてきつい口調でお兄ちゃんを責める、私もそれに引っ張られてお兄ちゃんを責めてしまう。自分が止められなかった。
お父さんは違った。厳しい人だけど、お兄ちゃんに普通に接しようとしていた。
だけど、それが原因でお母さんと仲が悪くなっちゃったけどね。
……今は単身赴任で遠くにいるけど……あのまま家にいたら……。
頭の中の整理がうまく出来ない。
お外にいたお兄ちゃんは穏やかな顔をしていた。
あんな顔見たのは……子供の頃以来だよ!?
お兄ちゃんは暗くなったけど、小綺麗になってどんどんかっこよくなっていった。学校の成績もメキメキと上がり、自慢のお兄ちゃんに変身した。
そろそろ仲良くしてもいいかな? って思ったのは中学を卒業した頃だった。
私は優しくするタイミングを間違えたんだ……。もっと早く優しくしていれば……。
もっと早く仲直りすれば良かった。
馬鹿なフリをした私はそんな事が出来なかった。
そんなタイミングを計算をしてたこと自体、私は本当に馬鹿だった……。
それ以来、お兄ちゃんと仲良くなろうと思って、話しかけるたびに私は自分の心が傷つく。
だって……お兄ちゃん……、私の事、他人みたいな目で見るんだもん。
何度も何度も話しかけた。
返ってくる言葉は全て空虚であった。
それでも私はめげなかった。もっと馬鹿になればいい。悲しい気持ちは寝て忘れてしまえばいい。
「なんであんなヤンキー女と……、すっごく悪い噂がある子じゃん! ……と、とりあえず、お兄ちゃんと話をしてみよ」
私の心が沈んで行く。
後悔がズシンと身体を重くする。
なんでこんな気持ちになっちゃうんだろ?
どこで間違えたんだろ?
……お兄ちゃんは、わ、私が噂を信じていると思っているのかな?
冗談で言っていただけなのに……。お兄ちゃん……私……遅かったの?
ちゃんと、冗談よ冗談、って言っていたはずなのに……。
――本当はわかってる。家族なのに、悪い噂を冗談でも信じた私がバカで悪かったんだ――
私はパジャマの下を履かずに部屋を飛び出した。
お兄ちゃんは部屋の扉を開けるところだった。
「お、お兄ちゃん! きょ、今日はお兄ちゃんが好きな草餅買って来たよ! い、一緒に食べ――」
お兄ちゃんは私に深々とお辞儀をするだけであった。
「遥さん、すみません、お腹一杯です。おやすみなさい」
確かに笑顔だった。でもその笑顔を見ると心が苦しくなる……。まるで私の事を家族として見ていない。
いつからだろう? お兄ちゃんは私の事を遥さんと呼ぶ。それが……ひどく距離を感じさせて……胸が痛かった。
扉がバタンと静かに閉まる。
私は廊下でパンツ丸出しで立ち尽くしていた。
「――大丈夫、大丈夫、遥は寝れば忘れちゃう。……だから、大丈夫。んんーーっ!」
スパンッとお尻を両手で叩いて気合を入れて、部屋に戻った。
***********
『更新お疲れ様! えっと、ポメ子です。今回の話はいつもよりも明るくて、楽しい気分になれました! ……体調に気を付けて頑張って下さい! 応援してます!』
いつの間にか日課が出来ていた。
朝のHR前にスマホをチェックする。必ずポメ子さんのメッセージが受信されていた。
あの日から数日が経ったが、俺と篠塚は学校で喋ることは無かった。
篠塚の理由は知らないが、俺達は信じていた誰かに裏切られている。
友達を作るつもりは無かった。
スマホをチェックし終えると、俺は本を取り出す。
隣の席の篠塚も本を読んでいる。
静かな空間であった。
それが俺達にとって心地よかった。
帰りのHRで遠足の班作りについて話し合った。
先生は適当に班を作れ、とだけ言って、後はクラス委員に任せた。
クラス委員は教壇の上でぎこちなくクラスメイトに案を出す。
様々な話し合いの結果、好きなように班を組む事になった。
クラスメイトは楽しそうに班作りをしている。
動かないのは俺と篠塚だけであった。
どうせ俺たちはあぶれるんだ。一人で行動することになる。
だから時間を過ぎるのだけを待った。
大きなため息が隣から聞こえた。
それと同時に椅子をガタンと音を立てながら、篠塚が立ち上がった。
「はぁ……、仕方ねえな」
俺を睨みつけるように見たあと、ツカツカと黒板の方へ向かっていった。
クラス委員は篠塚を見て怯えている。
クラスメイトもざわついた。
「え、ふ、不満あるのかな?」
「超怖っ」
「どうせ遠足サボるんでしょ」
篠塚は先生に一礼をして、チョークを勢いよくクラス委員から奪い取った。
「ひぃ!?」
「あん? 黙ってろ。早く帰りてえんだよ」
ガツガツとチョークで黒板に文字を書き出した。
意外にも綺麗な大きな文字で『篠塚、新庄』と書いて、大きく丸で囲った。
斉藤さんが悲鳴みたいな声を上げていた。
「え……!? な、なんで!? や、やっぱり……」
篠塚はそんな声を無視して先生に向かって言い放った。
「私たちの班だ。文句ねえだろ? 別に二人でもいいだろ、どうせあぶれ者同士だ」
「え、あ、せ、先生……」
テンパったクラス委員は先生に助けを求めた。
先生は特に問題がないと言わんばかりの口調であった。
「――別に二人でも構わんよ。では、これで決定だ。はい、解散!」
篠塚は「ふんっ」と鼻を鳴らして再び席へと戻った……。
って、なんで勝手に決めたんだ?
俺達は別に――
篠塚は席に座ると、俺に言い放った。
「別に慣れ合うつもりはねえけど……早く帰りたかっただけだ」
「そう……、まあいいか」
そのままHRは終わり、俺と篠塚は早々と教室を出た。
二人は別々の道を歩く。別に友達じゃない。
だけど――――
「って、なんで一緒の班にしたんだよ!? ポメ子さん!」
「あん? 面倒だったんだよ! ったく、あのままだったら変な奴と一緒の班になってただろ!?」
「……そうだね。斉藤さんの班は勘弁したい」
「だろ? にゃん太はもっとハキハキしろや」
「俺はポメ子さんみたいにヤンキーじゃない。……もう学校の話はやめだ」
「そうだな……」
一人で回る遠足の寂しさを俺は知っている。
誰もが友達と楽しそうにしているのに、圧倒的な疎外感と孤独感がつきまとう。
心を強くしたとしても、それを全て消し去るのは難しい。
何回経験しても慣れないものであった。
俺達は寂れたショッピングセンターのフードコートにいた。
特に示し合わせたわけじゃない。
ここに来ると大体ポメ子さんがいる。
別に篠塚に会いに来てるわけじゃない。家よりも執筆が捗るだけだ。
ポメ子さんはキーボードをカチカチ鳴らしながらジュースを飲む。
「で、最新話どうだ? っていうか、書籍化どうすんだ?」
「今夜分は書き上がった。あとは推敲したら終了っと。書籍化ね……」
正直迷っている。非常に光栄な事だ。自分が好き勝手に書いた小説が書籍になるなんて喜ばしい事だ。
だけど、俺は未成年だ。親に……家に迷惑をかけてしまう。
「まっ、ゆっくり考えろって。お姉ちゃんと会うのは明後日だろ? あいつはボケボケしてるけど、仕事にかける情熱は本物だからな。……だから恋人できねーんだよ」
なんだろう? ポメ子さんの時の篠塚は威圧感が少ない。
今だって、冴子さんを思う気持ちが伝わって来た。
「ああ、本当にお姉ちゃんが好きなんだな」
「ば、馬鹿野郎!? べ、別に……まあ、家族だからな」
「そっか、家族か……」
お父さんは元気だろうか? もうずっと会っていないけど……、お父さんか……いたら賛成してくれただろうか?
「おい、にゃん太! 暗い顔してんじゃねえよ! ほら、今からバトルするぜ」
「お題は?」
「うーん、遠足でどうだ?」
「了解、500文字でいいかな?」
「おう、負けねえぞ!」
ショートショートを書いて、作品の出来をお姉さんに見てもらって勝負する。
俺とポメ子さんとでしか出来ない勝負。
別に仲良くなるつもりなんてない。篠塚も心の奥で感じているはずだ。
――裏切られるのが怖い。
だから必要以上踏み込まないように注意しているのに――
「おっしゃーー!! 速度は私の勝ちよ!」
「ポメ子さんや、語尾がおかしいって」
「う、うるさい! にゃん太の見せやがれ!」
俺達はスマホを交換した。人にスマホを渡すなんて、怖くてしたことがなかった。
奪われた事はあった。二度と思い出したくない。
俺のスマホでショートショートを読んでいるポメ子さんの表情は――とても――楽しそうに見えた。
俺は自分の顔に違和感を感じて手を触れてみた。
なにやら、顔が歪んでいる。
違う、これは――笑っているんだ。
そうか……俺は今……楽しいんだ。
楽しいはずなのに、何故か心の奥からこみ上げて来るものがあった。
俺はポメ子さんのショートショートを読みながら必死でそれを抑えた――
ポメ子さんのあっけらかんとした言葉がひどく堪えた。
「あん? にゃん太泣きそうなのか! よし! 会心の作品だろ!」
俺は――正直に答えた。
「ああ、本当だな。……ポメ子さんはすごいね。ははっ」
「ふふっ……そっか……」
ポメ子さんの優しい笑みが心に染み渡った。
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