テスト開始


「みんな、お疲れ様だ。これで期末テストが終わりだ。今学期のイベントは球技大会だけだ。このHRの時間で班を決めたいと思う。委員長、前にでて決めろ」


 担任である真島先生が指示を出す。


 テストが終わった教室は、笑顔の生徒や、絶望の表情の生徒、みんなテストの出来に一喜一憂しているが、今だけは等しく開放感があるのだろう。弛緩した空気が流れていた。


 真島先生はこういう決め事の時は生徒の自主性に任せる。時折口を出す程度だ。


 委員長が「ひゃ、ひゃい!」と舌をかみながら前にでる。

 手慣れたもので、黒板にチーム編成の詳細を書き始めた。


 男子の野球チームはAのみ。

 女子のバレーチームはAとBの二チーム。

 学年関係なくトーナメントを行う。


 野球は時間がかかる競技だから特別ルールとして五回イニングで試合終了だ。コールド試合も適用される。学校としてはどんどん試合を消化したいからな。

 その点、時間はかかるが、大人数が参加できる野球やサッカーが丁度いいのだろう。


 グラウンドが広いから同時に二試合できる。クラス数も多くないからすぐに終わる。


 男子は決めるも何も、全員同じチームだ。

 守備位置や出場順を決めるだけだ。

 そんな事を考えていたら、委員長が山田を指名してチーム編成をお願いしていた。

 なるほど、このクラスで山田だけが野球部である。山田は体育の授業の時に男子の動きを見ているから適切に分ける事ができるだろう。


 俺とあんりは班決めが苦手だった。

 過去の嫌な記憶を思い出してしまう。だが、今回はそこまで何も感じない。

 ……野球に出れなければあんりがいる体育館にいけばいい。


 あんりは小声で俺に言ってきた。


「……バレーに出れなかったら真君の所に見に行くね」


 全く、俺と一緒の事を考えているではないか。少しだけ心がこそばゆい気持ちになり、俺は小さく頷く。

 顔が赤くなっていなければいいが。


 というわけで、チーム編成は流れに身を任せて次の投稿のプロットを考えていた。

 それに今朝、冴子さんから校正の指示のメールが飛んできた。まだ添付ファイルを確認していないが、帰ったら速攻確認して締め切りを倒そう。


 前の方は山田を交えてガヤガヤと騒いでいる。

 俺は何気なしに黒板を見た。

 どうやら俺の予想通り補欠として収まっていた。……だが、少し気になる感じの書き方であった。

 何故か俺の名前に大きく丸をしてあり、奥の手と書かれてあった。

 ……いや、俺は野球未経験者だぞ? あ、あとで山田に言っておくか……。


 あんりが隣の席で素っ頓狂な声をあげる。


「ふえ!? あ、いや、え、一回戦目からでるの!? ま、真君、どうしよう!?」


 ま、まて、あんり、落ち着け!? く、口調がバレるぞ!

 だが、意外にもクラスメイトはあんりの口調に誰も突っ込まない。むしろ生暖かい目で見守っている。疑問に思ったがあんりを落ちるかせるのが先だ。


「だ、大丈夫だ。俺が見に行くから」

「き、緊張しちゃうよ……、あっ、き、緊張なんてしねえよ! お、おい、みてんじゃねーよ!」


 クラスメイトは何も言わずに視線をそらした。

 宮崎さんが自分の席で笑いをこらえている。

 あんりは恥ずかしさを隠すように、机に突っ伏した。


 俺は俺で、あんり以外のクラスメイトと話す必要が出来てきたので少し気が重たくなった。





「おう、新庄! やっぱ結構いい筋肉してんな! 大丈夫、筋肉は裏切らねえ! 俺に任せろ!」


「い、いや、話を聞け。俺は野球未経験者だぞ? 奥の手ってなんだ?」


「んあ? まあ気にすんな! がははっ、球技大会楽しみだな!」


 山田は俺の背中をバンバン叩いて部活へと行ってしまった……。何も建設的な話が出来ていない。全く俺の話を聞いていなかった。というか、あいつの中で奥の手という事は決定事項らしい。

 一応ポジションはライトという場所になっている。これは確か外野と呼ばれる場所だ。

 球技大会まで時間はない。頭に叩き込むか。……だがプロ野球を見てもあまり興味がわかない。


 俺は河原で石を投げた事があるだけだ。

 バットさえ振ったことない。……大丈夫だ、補欠だからきっと俺の出番はない。山田がなんとかしてくれると信じよう。


 あんりはあんりで、久しぶりに眉間にシワを寄せている顔を見れた。普段は眼鏡をかけているが、今日は視えているのにシワを寄せている。

 怒っているというよりも困っている顔だ。


 そんなあんりはAチームのリーダーである宮崎さんの元にいた。

 俺もあんりも誰かと話す事が苦手だ。特に学生が苦手だ。過去の事を思い出してしまうからだ。


「……肌綺麗……」

「お、お手入れは何を使ってるのかな?」

「え、この金髪って地毛じゃない? うわ、超髪サラサラ」

「顔ちっさいね……、うん、私と並んだらすごいよ」


「はいはい、篠塚さんが困ってるじゃん。話進めようよ!」


 あんりは立ち尽くしていた。時折チラチラを俺をみているが、俺もどうしていいかわからない。あの中に入っていいのか判断がつかない。


「わ、わ、わたし、バレーなんか、やったことないぞ。そ、それに運動神経も悪いし……」


 眼鏡姿の宮崎さんがにっこりと微笑む。なんだかお母さんみたいな顔だ。


「んっとね。私もバレーしたことないのにリーダーしてるの。ルールも知らないよ? だから、うちのクラスは勝ち負けよりもバレーを楽しも! ね、篠塚さんも一緒に楽しめばいいじゃん!」


 派手な格好をしなくなり、昔の姿を彷彿させる斉藤さん。……あの時と同じ柔らかい笑顔だ。……まだ、俺には斉藤さんとどう接していいかわからない。

 言葉遣いは派手な格好の時と変わらないけど、図書室で話していた斉藤さんの言葉を思い出してしまう。


 あんりは戸惑いながらも小さく頷く。


 そんな時、教室に弾丸のように入ってきた生徒が現れた。


「みゆちゃーん!! テスト終わったよ!! やっと、これで私は自由になれ――、へ?」


 義妹の遥が教室に突撃した。

 そして、斉藤さんと話すあんりと、少し遠くで見守っている俺を見て、ちょっと恥ずかしそうに咳払いをした。


「ご、ごほん、え、えっと……」


 遥は俺を見ながら頭を下げた。


「あ、ありがとうございます……、お、おかげで、テストは……、えっと、結果が分かったら報告します……」


 何故か敬語であった。多分俺とどう接していいかわからないんだろう。

 ……大丈夫だ、俺もまだわからない。


「あ、ああ、結果が分かったら教えてくれ。……遥、お疲れ様」


 俺がそう言うと、遥は何度も頷きながら斉藤さんの陰に隠れてしまった。

 苦笑する斉藤さん。そして、あんりを見つめる遥。戸惑っているあんり。

 斉藤さんが口を開いた。


「あ、そうだ、遥ちゃん、バレー得意じゃん。私には後で教えてもらうとして……、ちょっと篠塚さんにもバレーボールを教えてよ?」


「「へっ?」」


 あんりと遥が同時に変な声を出した。








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