テストと球技大会


「ねえ真君、あれって遥さんだよね? ……き、器用だね」

「あ、ああ、どこに目が付いているやら……」


 学校の登校中に遥を見かけた。

 遥は歩きながらノートと教科書を見ていた。この登校時間の人混みの多さなのに、小器用に人を躱して歩いている。しかも歩く速度が早い。


 遥はよく寝る子である。……連絡先は今も知らないが、ノートを返してもらうために実家によった時におかあさんが俺に教えてくれた。


『あの子ったら、寝る時間以外はずっと勉強してるのよ……。いつもと同じ時間に寝てるみたいだけど、身体が心配だわ……』


 ……昔の俺は、義妹である遥を贔屓していると思っていたが、言っても勉強しない遥をどうしていいかわからなかったようだ。




 そのうち、歩いている遥の元へ女子生徒が近寄る。

 奈々子さんと如月であった。

 如月の顔も今は認識できる。俺は高校に入ってからも如月といざこざがあったけど、正直初めは誰だかわからなかった。


 遥は顔を上げて二人に挨拶をして、またノートと教科書に顔を向ける。

 奈々子さんと如月さんはそんな遥を見守りなが寄り添っていた。


 俺とあんりはテスト勉強をしていない。というよりも、その範囲はすでに勉強を終えた所だ。一回だけ祖父の家で二人で勉強会というものをしたけど、お互い特に問題ないと確認し合っただけであった。


 そんな事よりも――


「うぅ、バレーボールってチーム戦だよな? 真以外とうまくできる気がしない」

「あんりや、まずはルールを覚えよう。俺も野球のルールを知らない。……手っ取り早くスポーツ漫画でも見て覚えるか……」

「あっ、おすすめのスポ根小説があるぞ! えっと、帰りに本屋さんによってみない?」

「もちろんだ。ちょうど神崎先生のテツロウの新刊もでるしな」

「へへ、そういや神崎さんがまた真に会いたいって言ってたぞ? ……真、神崎さんに気に入られちゃったしな」


 生徒が多いからヤンキー口調で話すあんり。

 ……俺が神崎先生に気に入られる要素はあったのか? わからんが、色紙だけは用意しておこう。

 神崎先生は大人気作家だ。そんな神崎先生はあんりの事をライバルと認めている。

 ……俺も頑張って追いつかなきゃな。


 こっそりと気合を入れつつ、俺はあんりと一緒に学校へと向かった。





 教室の前には斉藤さんと宮崎が何やら話し込んでいた。

 斉藤さんが俺に気がつくと会釈をする。宮崎も振り返り、俺を見つめた。

 複雑な感情が入り混じっている瞳だ。

 それを深呼吸とともに押し込んだのがわかった。宮崎も軽く会釈をして、自分の教室へと帰ろうとした。


 ふと宮崎の姿を見送ると、宮崎の教室――義妹の遥と同じ教室――の前が騒がしかった。

 なにやら教室を覗いている生徒が多数いる。


「……なあ新庄さんって真面目に授業受けてるの見たことないよな」

「うん、寝てる姿しかないよ」

「普段が普段だから女っぽく見えないけどさ……、真面目だと超可愛くない?」

「……不本意だが同意する」

「遥ちゃんが真面目に勉強してる!? ヤバ……わ、私もしようかな」

「食べるか寝てるか笑ってる新庄さんが……」

「おいこら、邪魔するんじゃねえぞ。新庄さんはやればできる子なんだよ!」

「補習になったら困るんだよ! 夏休みの部活の助っ人を頼めねえだろ!」

「……でも、誰に言われても勉強しなかった遥さんがどうして?」


 あんりがそっと俺の制服の裾を掴む。そして、遥の教室の前に足を運んだ。

 俺も釣られて歩きだす。

 廊下から遥が勉強している姿が見えた。

 勉強しているフリじゃない。真剣に勉強している。時折クラスメイトが話しかけても全く気が付かない。勉強している遥を茶化そうとする生徒を宮崎が真顔で止める。


 ……宮崎は優等生だからな。


「……大丈夫そうだな。あいつはやれば俺よりもできる子だからな」


 実際、遥は入試の際に驚くべく点数を取った。おかあさんはその点数を見て、高校になったら勉強してくれると思っていたらしい。中間テストも大丈夫だと思って確認しなかったみたいだ。

 全く、あいつのやる気スイッチがよくわからん。


「真、なんだがお兄ちゃんっぽい顔してるぞ? ふ、ふん、う、羨ましくなんかないぞ!」


 何故か拗ねたあんりに微笑んで、俺達は自分の教室へと戻った。






 自分たちの席に着くと、俺達はいつも通り本を読み始める。朝のルーティーンは変わらない。

 ……少し変わった光景を目にした。

 斜め前の席に座っている山田がこの時間にいる。いつも野球部の朝練でいないのに?

 そんな山田は隣の席の田中に勉強を教わっていた。

 山田はぐいぐいと田中に近寄る。田中は顔を赤くしながら小さな声で悪態を付いていた。


「……ちょ、近い……」

「ん? なんだって? ていうか、マジで期末乗り越えないと顧問がブチ切れるんだ。田中、頼む!」

「べ、別に、いいけどさ……」

「球技大会も楽しみだしな! あ、そうだ、田中も俺の勇姿を見てろよ!」

「え、あ、うん……、あ、そ、そこ違うから……」

「かぁーっ! ていうか、田中超頭いいな! 地味可愛いし、すげえな!」


 山田は天然だ。きっと本人は自覚してないかも知れないが、誰彼も好かれる善良な男だ。

 誰にも分け隔てなく接する。授業のサッカーの時も、こいつが俺に率先して話しかけてきたしな。……というか、山田、お前は田中のことを口説いているのか? なんだこの甘い空気は? 胸が一杯になってくるぞ……。


 あんりが俺に小声でささやく。


「……えへへ、やっぱりいい感じだよね? なんか微笑ましいね」

「ああ、末永く見守ってよう」


 田中の背中がびくっと動いた気がしたが、まあ山田のせいだろう。

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