無自覚

 昼食の時間、何故か俺は姿勢を正して空き教室の椅子に座らされていた。

 あんりがほっぺたを膨らませてプンプンしている。

 な、なんだ? 俺が何か変な事をしたのか?


「……ま、真君はかっこいいから誰にでも笑顔を見せちゃ駄目だよ? ……もう、本当に自覚してね?」


「い、いや、俺はそんなにかっこよくないし……」


「え、ま、まさか自覚してないの……、はぁ、あんな笑顔見せられたら女子は大変なの!」」


「そ、そうなのか?」

「そういうものなの!」


 何故かお説教を喰らっていた俺は微笑ましい気分になっていた。

 あんりは怒っているけど、本気で怒っているわけではない。

 うん、でも怖いから反省しよう。何を反省していいかあんまりわからないが……。


 あんりは席に着いて、スマホ片手に喋り始める。


「はぁ……、もうテスト週間に入っちゃうね。ちさちゃん大丈夫かな……?」


 スケジュール表を見ているのだろう。来週からテストが始まる。その後には何故かこんな暑い時期に球技大会があって、その後夏休みまでイベントごとはない。


「まあ大丈夫だろう。……あの男が作った問題用紙を見せてもらったが……異常なほどわかりやすかった。そうとう頭が良くなければあんな構成できないだろう。……もしかしたら大学レベルの問題も解けるんじゃないのか?」


「あー、確かにね。あれをやれば基礎学力と期末テスト、両方とも大丈夫かも……」


 少ししゃくに触るがパグ子の勉強は堂島に任せればいいだろう。……勉強が安定すれば執筆もうまく行く。

 むしろ俺の方が怖い。冴子さんの原稿の戻しがいつくるかわからん。初めての事だからドキドキするな。


「あんりもテストは大丈夫だろ? あっ、球技大会は一体何をするんだ? 興味がなかったから全然気にしてなかった……」


「んとね、確か……」


 あんりはスマホで予定表をチェックする。結構こういう所はマメな性格をしている。

 一生懸命スマホを操作するあんりはとても可愛らしかった……。


「あっ、一年生の女子はバレーボールで、男子は野球だって! うぅ……、わ、私運動音痴だからちょっと球技大会は苦手だよ……」


「や、野球か……、い、一度もやった事ないぞ」


 球技大会での俺の定位置は審判役であった。

 それが一番無難で波風を立てない。


 小学校の頃に野球が流行った時期もあった。

 クラスの男子生徒は休み時間になると、俺を除いた全員でグラウンドに向かったものだ。

 俺は一人教室で本を読んでいた。図書室に行く時もあった。

 グラウンドから響く歓声が今も思い出せる。……あの時は寂しかったんだろうな。


 サッカーの時と同じだ。野球をしてみたかった。

 誰もいない河原の橋の下で壁に向かって石を投げた事があった。

 初めは見当違いの方向に石は飛んでいったが、だんだんと狙った所に飛んでいくようになった。

 だけど、心の寂しさは埋められなかった。

 ……途中で虚しくなったやめた覚えがある。


 ――昔の俺も俺だ。過去は全部俺の糧にして前に進むんだ。


 いつもなら過去の事を思い出して暗くなるが、今は違う。


「ん? 真君?」


「ああ、問題ない。野球か……、やってみるか」


 あんりは顔をぱぁっと明るくさせた。


「うん! わたし真君が活躍するの楽しみにするよ!」

「いやいや、俺は未経験者だ。せいぜい代打くらいしか――」



 穏やかな時間であった。あんりと話すと本当に俺の心が癒やされていくのが分かる。

 それに、朝の遥の件だって、あんりが声をかけてくれたから勇気が出てきたんだ。


 あの行動が正解か間違えかわからない。だけど、遥から懐かしさを感じられたんだ。


 俺たちは弁当を片付けて空き教室を出ようとした――






 二人で教室に戻ると、廊下には宮崎と斉藤さんと遥がなにやら深刻そうな顔で話し合っていた。なにやらこの三人は妙に仲が良い。


「ちょ、ちょっと遥さん!? な、なにこの中間の成績……、や、ヤバいでしょ」

「う、うん、わ、私もちゃらちゃらしてたけど勉強はしてたじゃん。一応クラスの真ん中よ」

「え、やっぱりまずいの? あばば……、ど、どうしよ、ら、来週の期末テストの勉強なんてしてないよ! 先週末は奈々子と如月と遊んでたよ!」


 遥は顔面蒼白で立ち尽くしていた。

 三人は俺に気がついていなかった。少し気になったが、俺とあんりは次の授業の準備をするために教室へと入った。


 こればかりはどうしようもない。遥は運動神経がすごく良い。そのかわり頭が恐ろしいまでに馬鹿であった。……野生の勘が良かったり、追い詰められた時の集中力はすごいが……期末テストか……。流石に一年の学期末程度だ。成績が悪くても赤点を取ることはないだろう。


 ――俺はこの時はそう思っていた。






「なあ、真、私ちょっと走ろうかなって思ってるんだ。……今から運動したら少しは体力付くと思うか?」


 自分たちの席に着くなりヤンキーあんりが俺に尋ねてきた。

 難しい所であった。多分テスト後の球技大会を意識しているのだろうが、体力の問題では無いと思う。


「……ディスティニーを一日中歩き回れるなら体力はあると思うぞ? それに球技だからな。クラスの女子が交代しながら試合するから体力はというよりは、ぶっちゃけ技術的なものの方が必要だろ」


 あんりが難しい顔をしながら唸る。


「うーん、中学の頃は見学してたからな。……バレーなんてしたことない。はぁ、今年も見学かな」


「しかし意外だな、あんりは運動神経がいいと思ったのに――」

「ば、ばか!? が、学校であんりって……」

「あっ……しまった、し、篠塚が自然に真っていうから……、い、いや、悪かった」

「うぅぅ、ま、まあいいよ。このままあんりって呼んでよ」

「……ポメ子さんや、若干口調に乱れが……」

「ま、真君のい、意地悪……、うぅ、だ、大丈夫だって、小声で喋っているから誰も聞こえていないはずだから……」


 そう俺たちは小声で喋っている。絶対二人にしか聞こえていないと思っている。

 こんな会話を聞かれていたら身悶えしそうだ。


「あ、あんり、じゃあ俺と一緒にバレーの練習するか?」

「う、うん、で、でも真はバレー知らないだろ?」

「ああ、ルールさえ知らん」

「……駄目だろ!? ……ま、まだ時間があるから今度考えようぜ」

「ああ、了解。……今日もうちで執筆するか?」

「えっと、今日はちょっと家でママとパパに呼び出しくらっているから、また明日にするぜ。……ぜ、絶対明日は行くからな」

「明日、楽しみにしてるよ……」


 そういえば俺も書籍化するにあたって、色々足りないものが出てきた。

 流石に急な一人暮らしだから、抜け落ちたものが多々ある。


 ……実家に……行ってみるか……。どの道、今後もお義母さんとは色々話さなければいけないんだから――


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