特別な日
あんりは俺を抱きしめながら話を聞いてくれた。
俺は起こった事実だけを客観的に訥々と話し続けた。
そうしないと感情が揺れ動いて苦しくなる――
途中で感情が高まって胸が苦しくなったり、言葉に詰まることがあったけど、その度に
あんりの抱きしめている力が強くなる。
「――その時、誰も俺を信じてくれなくて」
「図書室で斉藤さんと仲良くなって――」
「みんなから嫌われて――」
「――もしかしたら今度こそは本当に、って思っても――」
「でも、やっぱり寂しくて――」
「カラオケで――」
「心を殺して壁を作って――」
誰かに自分の過去の事を聞いてもらうなんて初めての事であった。
自分の感情が悲鳴をあげて俺の胸に食い込む。
同情なんていらなかった。友達なんていらなかった。誰も信じなければそれでいいと思った。
不安で不安で仕方なかった。
過去の事をあんりに話して、あんりからも嫌われたら?
そんな事はありえない、そう心が言ってるけど、もしも――
あんりに突き放されたら……その時、俺は本当に壊れるだろう。
だから過去の事は言いたくなかった。だけど、違う。大切な友達だから、俺を信じてくれるなら、言わなきゃ駄目だって感じたんだ。
いつまでも過去を放置するだけじゃ駄目だ。ちゃんと向き合わなきゃ駄目なんだ。
今日の……デートで改めて分かったんだ。あんりが俺にとって一番大切な人だって――
俺が全て話し終えると、カラオケボックスの中では静寂だけが広がった。
俺はあんりの顔を見るのが怖くて見れなかった。
あんりは俺から身体を離した。
あんりの両手が俺の頬を触れる。
温かい両手が優しく俺の頬を撫でる。
きっと俺はひどい顔をしている。せっかく楽しい気分のデートだったのに、俺のわがままで嫌な気持ちで終わらせてしまった。申し訳ない気持ちで一杯であった。
あんりと目が合わせられなかった。
あんりの声が聞こえてきた。
「真君……、私を見て」
俺は下に向けていた目を恐る恐る上げる。
あんりと目が合ってしまった。
「あっ……」
あんりはぐしゃぐしゃに泣き崩れていた。
同情じゃない、憐れみじゃない――
悲しみと愛情を感じさせる泣き顔であった……。
俺はあんりを泣かせたくない。だけど、俺も涙が止まらない。なんでこんなに泣き虫になっちゃったんだ……。俺は強いはずだろ? 鋼の意志で生きてきたんだろ?
「まことくん、ねえ、今でも……誰も信じられない?」
「――――――っ」
叫びたかった、そんな事ない、俺はあんりを信じられる。たとえ何が起きたとしてもあんりだけは信じる!!
俺は首を振りながら強く否定をした――
声にならない叫びが飛び出していた。
俺はポメ子さんに出会えて学校が楽しいと思えるようになったんだ。
ポメ子さんと過ごすショッピングモールが居心地が良かったんだ。
仏頂面の篠塚が俺の心にどんどん入り込んで来たんだ。
いつの間にか、俺の心のほとんどがあんりによって徐々に癒やされていたんだ。
ディスティニーで二人で花火を見た時――俺はあんりに友達としての確かな愛情を感じた。
それが、あの日の夜抱きしめられて、愛情が恋心だと知ってしまったんだ。
あんりが俺の顔を自分の方へ寄せる。
俺の頬があんりの柔らかいほっぺたの体温を感じる。
あんりは俺の耳元で囁いた。
「――私は何があっても真君を信じてるよ。いまも、これから先ずっと、未来永劫何があっても……、だから、真君も私を――信じて――」
俺は嗚咽を噛み殺して、あんりをただただ抱きしめた――
『信じてる』
俺にとって悪魔のような言葉が――俺の中にあった最後の何かを粉砕した気がした。
急速に心が落ち着いていくのを感じる。
鼓動はいまも速い。だけど、呼吸は深くゆっくりとしたものに変わっていった。
そして、俺はその言葉を口に出した――
「俺はあんりを『信じている』――」
あんりは俺に寄りかかるように、身体の力を抜いた。
俺はあんりの重みが心地よく思えた。
どのくらい時間が経ったんだろう。受付から連絡は無い。
ずっと抱き合っていた俺達はゆっくりと離れた。
そして、お互いの顔を見て笑いあった。
「……ごめんな、あんり。せっかくのデートが最後で台無しにしてさ」
「ううん、真君の過去を聞けて良かったよ。だって、絶対に喋ってくれないと思っていたもん」
「そうだな、喋るつもりはなかった。だけど……、『信じている』か……」
「うん、真君を信じている。……私だって真君がいたから前に進む事が出来たんだよ」
あんりが前に進む。なら俺も前を向くんだ。いつかあんりに釣り合うような男になるために――
「あれ? 真君? なんか吹っ切れた顔になったね……。う、うぅ……、ちょっと見つめられると恥ずかしいよ……」
「いやいや、俺だっていつも泣いている所を見られている。いつかあんりにカッコいい所を見せてあげたいと思ったんだよ」
あんりは小さく呟くと同時に、受付のベルの音が鳴った。
「――馬鹿、もう何度も見てるよ」
その声は受付のベルの音で聞き取りづらかった。
*********
不思議な気分であった。
こんなにも心が軽い時があっただろうか? 俺は自分勝手に過去を話して泣いただけだ。
「真君っ、行こ! そろそろ帰らないとママが待ちくたびれちゃうよ」
「うん? ま、待て? お母さんが待ってる?」
「うん、今日は真君の書籍化お祝いで夕飯準備して待ってるって……、あっ、さ、さっきメールが来てて……、だ、駄目だった?」
まさか、そんなお祝いを準備していたなんて……、た、確かにあのお母さんならやりかねない。覚悟を決めるか……。
「よし、行こう。あんりの友達として恥ずかしくない姿をお母さんに見せよう」
「ぷっ、なんか結婚するみたい、あっ……」
あんりは自分で言っておきながら顔が真っ赤に染まってしまった。
そういう俺もあんりの言葉にひどく敏感であった。照れくさくて横を向いてしまった。
……今日はなんだか特別な日だ。あのディスティニーの時と一緒だ。忘れられない思い出になったんだ。
あんりは照れながらも俺に近寄る。
その距離感は以前よりも近く感じられた。
「ポ、ポメ子さんや、ちょ、ちょっと近すぎじゃないか?」
「にゃん太、今日はいいの! 特別な日なんだから……」
少しむくれたあんりは俺の腕を取った。
そうして、俺達はカラオケボックスから出て駅を目指すことにした。――
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