パンケーキ


 冴子さんおすすめのお店は一本脇に入った小道にあった。

 小さなケーキ屋さんがそこにあった。どうやら、パンケーキ専門店では無く、ケーキ屋さんで出しているパンケーキが有名なお店らしい。


 小綺麗な入り口はガラス張りになっていて店内の様子がよくわかる。

 お客さんはまばらに入っていた。


「うん、お姉ちゃんの言ったとおりだね。昼時は空いてるみたいだよ? じゃあ行こう!」


 あんりが俺たちを引っ張ってお店の中へと向かった。


 扉を開けた瞬間、いらっしゃいませの声と一緒に甘い香りが漂ってきた。

 店の入り口すぐにケーキが陳列しているショーケースがある。焼き菓子もところ狭しと置いてあった。

 店の奥はカウンターになっており、なにやら若い店主がお客さんの目の前で何かを作っていた。


「お姉ちゃん、ケーキ美味しそうだね! これのモンブランも食べていいかな?」


「もちろんよ、ほら、店員さんに案内してもらおうね」


 ショーケースの前に立っていた店員さんがパグ子に声をかけてきた。


「お客様、店内でよろしいのか? 我が案内しよう! さあ、マスターのデザートをたんと召し上がれ!!」


 パグ子が店員さんを見て恐れおののいた――

 犬っぽい店員さんは、絶世の美少女であった。


「あわわ、すごく綺麗……」


 店員さんは変な口調であるが、とても丁寧な所作である。

 わたわたしているパグ子の手を取りながら、俺たちは店内のカウンターへと向かった。





 俺たちはカウンターに並んで座った。

 どうやらパグ子は緊張しているようで、辺りをキョロキョロと見てしまう。


「う、うぅ、中学生が行くような感じの店じゃないよ……、お洒落だから緊張しちゃう……」


「だ、大丈夫だ、パグ子、俺もこういう店は慣れてないぞ? というか外食なんてほとんどした事がない。ボッチ飯は得意だが。……あんりは?」


「私は、お姉ちゃんに連れられて色々行ったからね! ふふ、ここはそんなにかしこまった店じゃないよ」


 肌が白くて綺麗店員さんがお水を持って近づいてきた。

 ……何故か高校の制服を着ている。アルバイトの子か?


「は〜い、三名様、そんなに固くならないでね! ふふ、うちはカジュアルな店だからね? はい、メニューはこれだよ!」


 そう言えば、俺が真ん中に座っている。

 メニューは一枚しかない。


 あんりとパグ子が肩を寄せてメニューを見る。


「うわぁー! パンケーキ以外も沢山があるね! 真君どうしようか!」


「いや、今日はパンケーキを食べに来たんだろ? ならパンケーキ一択だ」


「お兄ちゃん、私クレープがいいな……」


 あんりは楽しそうな声で俺に言った。


「うーん、じゃあ、みんなでシェアしようよ! 私はパフェに目移りしちゃった!」


「俺はパンケーキだ。――大きいからみんなで食べよう」


「私クレープ!!」


 あんりは、うさぎ顔の肌が白い綺麗な店員さんに声をかけてオーダーを伝えた。







「おっしゃっ! 気合いれて作るぜ!! カエデ、クリス、頼むぜ!!」


「はーい、了解!」

「はっ! マスターの仰せのままに……」


 随分と若い店主に見える。俺たちよりも若干年上だけど、なんだかすごく苦労が顔ににじみ出ていた。


 二人の助手はテキパキと、マスターの指示を聞いて動く。

 マスターは魔法のような手さばきでデザートを作り始めた。


 あんりも、パグ子も口を開けてそれを見ている。


「ほえ……、パグ子ちゃんすごいね……」

「な、何がなんだか……、あっ、クレープ焼いてくれてるよ! お姉ちゃんのパフェってあのグラスでしょ!!」


 二人は自然な笑みを浮かべていた。

 俺はそんな二人を見て、心の底から幸せを感じる事が出来た。


 だって、俺たちは過去に縛られていた。

 俺もあんりも――パグ子も信じられる友達なんていなかった。


 待ち合わせをして――

 街歩きをして――

 知り合いを紹介して――

 手を繋いで歩いて――

 三人で並んでデザートを待ってて――

 笑い合って――


 過去に縛られていない。今を楽しんでいる。もう、誰も信じられないなんて言えないな……。全く――



「お姉ちゃん! 見てみて!! クレープなのに、火が出てるよ!!」

「パグ子ちゃん、あれはフランベって言うんだよ! 異世界転移のグルメ小説で読んだもん!」


 あんりのその一言で、何故か店内に静寂が一瞬だけ広がる。

 どうした、店主? 顔が青くなってるぞ?


「よ、よっしゃ!! クリス、後は大丈夫だから裏で洗い物頼むぜ!! パンケーキあと一分! カエデ、頼むぜ!」


 クリスと呼ばれた少女は俺たちにペコリと頭を下げて裏へ下がった。





 高校の制服を着た店員さんが、俺たちにデザートを運ぶ。

 あんりもパグ子も目をキラキラさせていた。


「うわーー!! お姉ちゃん、クレープがソースに浸かっているよ!! 巻いてないよ!!」


「うん、すっごく美味しそう!! このパフェも凄いよ! なんかキラキラした飴が乗っているね! あっ、真君のも来た!」


 店主と目があった。


「おう、待たせたなっ! 佐藤錦とアメリカンチェリーのふわふわパンケーキだ! 楽しんでくれ!!」


 俺の前にどんっ、と置かれたお皿。

 皿いっぱいに乗っているふわふわパンケーキの上に、アイスクリームが乗っていた。

 さらにその上にチェリーのかき氷みたいなものが振りかかっていて、シロップ漬けされたチェリーがふんだんに乗っていた。


「――おおっ」


 思わず声が出てしまった。

 大きさもそうだが、匂いが食欲をそそる。


「真君のパンケーキすごく美味しそう!! ――早く食べよ!!」

「お、お兄ちゃんも、ク、クレープ食べていいわよ……」


 俺たちはまずは自分達のデザートに手を伸ばした。

 ナイフとフォークを使ってパンケーキを切ろうとしたら――、生地に抵抗が全くなかった。

 俺は首を傾げつつも、食器をスプーンに変えて一口分を取った。


 パンケーキを口に入れた瞬間――


「――――――――っ!?」


 口の中で溶けた。


 佐藤錦のさっぱりとした甘さと、アメリカンチェリーの濃厚なコク、それにふわふわなパンケーキ生地の旨さ、バターの焦がした香り、それを中和してくれるアイスクリームと生クリームの役割――



 ――美味しい……。



 違う、ただ美味しいだけじゃない。

 大切な人と一緒に食べているからだ――

 日常的な事が、本当に大切に思えてくる。


 何故か、これを食べると――それが――頭に駆け巡る。

 このパンケーキは確かに美味しいが――、美味しいを超えた何かが俺の胸に響くんだ。

 なんだ、この胸の奥からこみ上げてくる思いは? 懐かしさは?

 ふと、義妹の事を思い出した。

 草餅が大好きだと思っている義妹。

 子供の頃の勘違いなのに、今でも覚えていて――

 過去を思い出しても、嫌な気持ちにはならない。

 そうか……俺は過去に向き合えるんだ。もう、俺は一人じゃない。


 全くなんなんだ、このデザートは? 

 甘いものでこんなにも人の感情を揺さぶるのか?


「おいしーー!! クレープってこんなに美味しいんだ!! ねえねえ、お姉ちゃん食べてよ!!」


「このパフェもすごいよ!! なんか、もう……言葉が出ないよ……。あっ、真君は? ……だ、大丈夫!? 真君?」


 二人がお互いのデザートを笑い合いながら食べさせ合っている。

 俺はそれを見ているだけで――胸が締め付けられる思いだ。

 みんなの顔を見ていればわかる。みんな同じ想いだ――

 悲しいわけじゃない――嬉しいんだ。


 だから、笑え。感情を隠すな――

 心に感じたまま――


「あ、あんり……、こ、これ……すごく美味しくて……、今まで食べて事がなくて……、わけわからないけど……涙が出てきた」


 あんりがそっと微笑みながら、自分のパフェをスプーンですくった。

 それを俺の前に運んだ。


「……そうだよ、真君。みんなで食べるスイーツは美味しいんだからね? 美味しいものは心を癒やすんだよ? へへっ、私のも食べてね」


 そうか……、癒やされているんだな……。


 あんりは「あーんっ!」と言いながらスプーンを俺の口に移動させる。

 俺は周りを見渡した。


 パグ子は小さく頷く。――なんだそのガッツポーズは?

 店主も店員も俺を笑顔で見ていた。嫌な笑いじゃない。大人が見守っている雰囲気が漂う。店内は妙に静かであった。お客さんが入ってくる気配がない。


 俺は――本当は自分で食べたかった。

 だって、あんりが食べさせてくれたら――



「……っ、美味しい。……お、おいしい、よ。あんり……」



 嬉しくて泣いちゃうだろ?




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